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古希は体の異変で始まった

大宜見義夫

健康文化村クリニック 大宜見 義夫

古希(70 歳)で迎えた昨年は波乱の一年で あった。老いの徴候が次々と現れたからだ。70 歳を迎えた途端、運動の後、突然足の親指のつ け根部分が赤く腫れて痛んだ。痛風発作だ。

同じ頃、中部地区医師会の人間ドックで初め て高血圧傾向(138/85)の指摘を受けた。夕 方になると足首に靴下の跡が残るようになり、 朝の血圧も高く出るようになった。

これまで血圧は上が110 前後であり、尿酸値 も若いときから7mg 〜 8mg/dl 前後のやや高値 であったもののそれほど気にはしてなかった。

明けて3 月、左耳にザワザワした耳鳴感と閉 塞感を覚え、左耳の聞えが悪くなった。その時 期は丁度、おおぎみクリニックの閉院業務に追 われ、耳鼻科を受診する余裕がなく、聞きづら いまま8 月まで放置せざるを得なかった。

痛風、血圧、難聴と次々起こる難題に直面し、 年を取るとこんなに急に老いがくるものかと戸 惑いつつ、ライフスタイルの見直しを行った。

痛風発作の原因は、推測できた。スポーツク ラブでびっしょり汗をかきながらランニングを していたが、水分を運動後に取ったために尿酸 排出に支障をきたためと考えられた。カロリー ゼロというコーラの表示に惑わされ水代わりに 飲んでいた炭酸飲料を通常のスポーツドリンク に替え、積極的に運動時の水分補給に努めた。

運動時の水分補給が功を奏したのか、服薬せ ずに半年ほどかかって足の腫れや痛みは消失し、 血圧も元の110/70 前後に徐々に戻っていた。

一方、左耳の難聴の程度は次第にひどくな り、人の話も聞きづらくなったことから知人の 耳鼻科医に相談して大学病院耳鼻科を受診し た。その結果、突発性難聴の可能性を指摘さ れ、時間がたちすぎて治療はもはや困難だとい われた。やむを得ず、補聴器の相談に行き、補 聴器を試用することになった。

ところが、不思議なことが起こった。補聴器 試用3 日目、突然耳が聞こえるようになったの である。補聴器をつけるとかえって雑音が入り 聞きづらくなった。

この不思議な改善をもたらしたのは睡眠であ った。これまで仕事に追われ、タイムスケジュ ールに振り回される生活を強いられたため、長 年ストレス性の不眠状態に陥っていた。いわゆ る交感神経緊張性不眠状態で、中途覚醒、早朝 覚醒が長年続いていた。眠剤を使うと、一応は 眠れるものの、夕方から耐え難い脱力感に襲わ れ、夕方の診療に支障をきたすため、通常の睡 眠薬は使えなかった。

難聴が進行していく中、クリニックの閉鎖業 務を終え、新居を那覇に移し新しい生活が始ま った。これを契機に、仕事量を大幅に減らし、 夕方以降はできるだけ頭を使う仕事を避け、心 身のリラックスに努めた。同時に、発売された ばかりのメラトニン受容体アゴニスト製剤を服 用したところ、初めて自然睡眠に近い眠りを得 ることができた。すると、突然、5 ヶ月以上も 続いた難聴がよくなったのである。そのこと は、眠りが浅かった日は難聴が悪化すること、 不眠の朝は血圧が上がり、熟睡の日は血圧が下 がることからも推測できた。以後、難聴は 80 %までに回復している。

昨年は文字通り波乱にとんだ節目の年であっ た。今年は、無理せず、頑張りすぎず、ジムに 通って体力維持に努め、アホな夢の実現を目指 したい。今年のアホな夢は、体調不良でお預け になっていた中央アジアのシルクロード(ウズベキスタン・トルクメニスタン)か、モンゴル 高原をバイクで走る冒険ツアーに参加すること である。