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幻覚性きのこの現状について

佐久川さつき

沖縄県衛生環境研究所主任研究員
佐久川 さつき

沖縄県医師会の会員の皆様におかれまして は、本県の食中毒、感染症等の公衆衛生に係る 調査研究に対し、日頃から深いご理解と多大な るご協力をいただき、厚くお礼申し上げます。

さて、平成14 年度の麻薬及び向精神薬取締 法関係法令の一部改正により、麻薬成分を含む きのこが麻薬及び麻薬原料植物に指定されたこ とはご存じだと思います。以前から県内におい て幻覚作用を有するきのこが自生し、食中毒が 発生したり、また、一部の者が乱用しているな どの情報がありましたので、この法令改正を機 に、乱用防止対策と誤食による健康被害防止の ため、幻覚性きのこの実態調査研究を実施して おります。今回はこの調査研究の経過等を説明 させていただきます。

まず、幻覚性きのことは、麻薬成分サイロシ ン又はサイロシビンを含有するきのこの総称で あり、「マジックマッシュルーム」とも呼ばれ ています。牛や馬の糞上に形成されることが特 徴です。マヤ文明の時代から神聖な物として宗 教儀式に使われており、1950 年代にR.Gordon Wasson らにより世界に紹介され、1958 年に Albert Hofmann(LSD を合成した研究者)に より幻覚成分がサイロシン及びサイロシビンで あることが判明しました。

サイロシン及びサイロシビンの精神的作用 は、陶酔、思考困難、不安、幻視を含む幻覚、 身体感覚・時間感覚変化等であり、身体的作用 は散瞳、体温上昇、脈拍多過、呼吸速度の上 昇、血圧上昇などであります。摂取後の時間経 過による症状については、表1 のとおりであり ます。サイロシン及びサイロシビンの構造は、 図1 に示すとおりセロトニンと類似しているこ とからセロトニン受容体に作用し、幻覚を引き 起こすと考えられています。

表1.幻覚性きのこ摂取後の時間経過と症状

表1
図1

図1

日本では1990 年代から雑誌などで「合法ド ラッグ」として紹介されるようになりました。 1990 年にサイロシン及びサイロシビンは麻薬 に指定されましたが、当時、幻覚性きのこに関 する法規制がなく、乾燥されたきのこや胞子な どが海外から輸入販売されていました。インタ ーネットの普及に伴い、より広範囲に販売、乱 用されるようになり、2000 年から2001 年にか けて、幻覚性きのこを摂取したことによる重大 な事故が東京や大阪等の大都市を中心に発生 し、社会問題となりました。この様な状況に対 処するため、国は2002 年5 月7 日に「麻薬、 向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令」を改正し、サイロシン又はサイロシビンを 含有するきのこを麻薬及び麻薬原料植物に指定 し、輸入、輸出、譲渡、譲受、施用、所持、栽 培等の一切の取扱いを禁止しました。

幻覚性きのこは熱帯性のものでありますが、 温帯である日本国内でも自生し、誤食による食 中毒事例が各地から報告されています。本県で は特に自生地と自生するきのこの数が多く、前 述したとおり、法規制以前から乱用の情報やイ ンターネット上で「沖縄の○○地域にマジック マッシュルームがある。」等の情報が数多くあ ったことから幻覚性きのこの実態を把握するた め、2003 年度から、調査研究事業を始めるこ とにしました。

2003 年から2005 年までの3 年間、本島及び 一部離島の累計39 カ所で分布調査を行うとと もに、自生するきのこを採取し、当研究所で図 鑑等の写真資料と比較して種の同定をしまし た。当研究所で同定が困難な場合は外部の研究 機関に依頼し、形態観察又は遺伝子解析により 種の同定をしました。更に採取したきのこのサ イロシン及びサイロシビンの含量を液体クロマ トグラフ質量分析計(LC/MS)により測定し ました。厚生労働省の研究により、国内で自生 する幻覚性きのこは表2 のとおり11 種が判明 しており、この内、県内ではミナミシビレタ ケ、アイゾメヒカゲタケ、ヒカゲタケ、センボ ンサイギョウガサが自生していることを確認し ました。

表2.国内で自生し、サイロシン又はサイロシビンを含有する幻覚性きのこの種類

表2.

2005 年3 月から5 月までに採取したミナミシ ビレタケ及びアイゾメヒカゲタケの成分分析結 果を表3 に示します。いずれのきのこも平均乾 燥重量1g あたりの含量はサイロシビンがサイ ロシンより多い結果となりました。サイロシビ ンの中毒発現量は10mg であり、分析結果から 換算すると、ミナミシビレタケでは約19 本を、 アイゾメヒカゲタケでは約8 本を摂取すると幻 覚などの症状が発現することとなります。

表3.幻覚性きのこの分析結果(2005 年3 月〜 5 月)

表3.

これらの調査結果を基に、2005 年8 月、県 薬務衛生課、九州厚生局沖縄麻薬取締支所、県 保健所長会、県警察本部及び学識者等の関係者 で構成する「幻覚性きのこ乱用対策連絡会議」 において協議を行い、不法採取対策として自生 地地主等には不審な侵入者に関する警察等への 通報を依頼することとし、取締機関は監視パト ロールを実施し、当研究所は実態調査を継続す ることになりました。また、乱用防止の普及啓 発については、現段階で県民に一斉に広く知ら せることは混乱と犯罪を引き起こす可能性があ ることから、自生地地域を中心に適宜実施して いくこととなりました。

当研究所では、引き続き2007 年度から2009 年度までに累計87 カ所の自 生地調査を実施しており、 本年度を最終年度として、 結果をとりまとめる予定で あります。これらの結果を 基に、次なる段階として不 法採取による乱用の防止対 策及び誤食による健康被害 の未然防止をどのように展 開していくかが、今後の課 題となります。

最後になりますが、皆様ご存じのとおり、麻 薬及び向精神薬取締法第58 条の2 の規定によ り、「医師は、麻薬中毒者であると診断した場 合には、速やかに都道府県知事へ届け出る義 務」があります。麻薬中毒とは「麻薬、大麻又 はあへんの慢性中毒」と同法に定められていま す。麻薬中毒の診断をした場合、まずは管轄保 健所又は県薬務衛生課に連絡していただきます ようお願いいたします。

当研究所としては、これからも県薬務衛生課 等関係機関と連携して、乱用薬物に関する情報 を提供させていただきたいと考えております。 今後も薬物乱用がない社会づくりを目指して、 ご協力いただきますよう、併せてお願いいたし ます。

引用文献
1)権守邦夫・横山和正(2009)2004 年に起きたシアン 生産菌による急性脳症とマジックマッシュルームの法 規制. 中毒研究, 22 : 61-69
2)横山和正(2000)日本のマジックマッシュルームの 種類とその同定法. 平成12 年度厚生科学研究費補助金 医薬安全総合研究事業「乱用薬物の検査に関する研究」 研究協力報告
3)井上尭子(2007)科学のとびら43 乱用薬物の化学 (第二版). 東京化学同人, pp70-73,115-117
4)財団法人日本中毒情報センターホームページ中毒情報 データベース(シロシビン群キノコ)http://wwwt.j-poison-ic.or.jp/homepage.nsf
5)玉那覇康二(2007)沖縄県に生息する幻覚性きのこ の成分分析結果について− 2005 年3 月〜 5 月−, 沖縄 県衛生環境研究所報, 41 : 103-108