沖縄県立中部病院地域救命救急科
高良剛ロベルト
はじめに
今回は、幻覚性キノコ、いわゆるマジックマ ッシュルームについて述べてみたいと思います。
これらのキノコは遠く3,000 年以上古来より 南米では宗教儀式や病気治療に用いられていた と言われます。近年ではその幻覚作用を求めて の乱用が社会的問題となりました。ほんの8 年 前までは、いわゆる「合法(脱法)ドラッグ」 と呼ばれ、堂々と市販されてもいました。幻覚 性キノコは150 〜 180 種程度があるとされてお り、日本国内にも存在しています。我が沖縄県 にも自生しており、今回はそれらについて述べ たいと思います。
種類
日本国内ではオオシビレタケ、ヒカゲシビレ タケ、センボンサイギョウガサ、アオゾメヒカ ゲタケなどが知られていますが、沖縄県内でも 八重山諸島においてPsilocybe cubensis(の 亜種?)が確認され、ミナミシビレタケという 和名が付いています。牛や馬の糞に生え、八重 山諸島で1 〜 6 月頃に見られるようです。食べ てみると美味しくはないようです。画像は入手 できませんでしたが、インターネット上では容 易に見つけることが出来ます。下記サイトにて 詳細な画像がごらんになれます。
(「八重山諸島のきのこ」
http://www7a.biglobe.ne.jp/?har-takah/ シビレタケ属の一種)
乱用と取り締まり
1990 年代、東南アジアなどでマジックマッ シュルームの幻覚作用を目的に服用することが 流行った時期がありました。かの有名な漫画 「課長島耕作」にも登場しました。バリ島でマ ジックマッシュルーム入りのオムレツを食べる エピソードが描かれております。八重山諸島に も自生していることを知って、旅行者が乱用 し、中毒を起こして離島診療所にて治療を受け るということも度々あったようです。
近日公開される、私も大好きな映画「海猿」 シリーズの主役を演じている俳優さんが、2001 年にマジックマッシュルームを乱用し、錯乱状 態となり救急車にて病院搬送、入院治療を受け るという事件があり、社会的問題となりまし た。その翌年、麻薬及び向精神薬取締法にてサ イロシビン、サイロシン及びその塩類を含むき のこ類が麻薬原料植物に指定され、その所持や 売買が取り締まられることとなりました。以下 抜粋
(麻薬原料植物)
第二条 法別表第二第四号の規定に基づき、 次に掲げる植物を麻薬原料植物に指定する。
一三-〔(二-ジメチルアミノ)エチル〕-イ ンドール-四-イルリン酸エステル(別名サイ ロシビン)及びその塩類を含有するきのこ類 (厚生労働大臣が指定するものを除く。)
二三-〔二-(ジメチルアミノ)エチル〕- インドール-四-オール(別名サイロシン)及 びその塩類を含有するきのこ類(厚生労働大 臣が指定するものを除く。)
それまでは、「合法(脱法)ドラッグ」と言 われ、「観賞用」などと称し、インターネットの通信販売やアダルトショップなどで販売され ていたようでした。
近年では当時のような乱用による中毒にて医 療機関を受診する症例は減っており、この10 年ほどは西表島にある県立診療所にマジックマ ッシュルームによると思われる中毒症状での受 診は無いようですが、10 年前、私が西表西部 診療所勤務当時には一例のみ、知人の喫茶店で オムレツを勧められて食べた帰り、意識が朦朧 となり自動車の自損事故を起こした方が、後 日、マジックマッシュルームを食べさせられた のではないかと訴え、検査希望にて診療を受診 されたことがあったのみでした。
乱用と中毒症状
マジックマッシュルームは生でも食されるよ うですが、乾燥させたものをオムレツなどとし て摂取することが多いようです。季節や摂取量 により中毒症状の現れ方はまちまちであり、摂 取量が多くきつい中毒症状や、いわゆる「バッ ドトリップ」となることも多いようです。
サイロシビンの毒素の構造は脳内の神経伝達 物質であるセロトニンと類似しており、中枢神 経系のセロトニン受容体に作用して幻覚・幻聴 などを引き起こすと考えられています。リゼル グ酸ジエチルアミド(LSD)とも似た構造で、 激烈な幻覚も似ているようです。
中毒症状の現れ方(日本中毒情報センターより)
また、摂取後数日から2 〜 3 ヶ月経過の後 も、幻覚や妄想が再燃する「フラッシュバッ ク」が起こる場合もあります。
成人では致死的中毒に至ることは希のようで すが、小児の大量服用では重篤な症状に陥るこ ともあります。
また、成人でも幻覚や妄想による高所からの 飛び降りや、自傷行為にての死亡例はあります。
また、うつや不安に対する治療薬としての期 待も持たれているようで、いくつかの研究が見 受けられます。
対応、治療
マジックマッシュルームによると思われる中 毒症状の患者を診た場合の対応は主に全身管 理、対症療法となります。
1 呼吸循環の監視、サポート
2 興奮・不穏に対してはベンゾジアゼピンが 第一選択となります。その次の選択としてハ ロペリドールなどの神経遮断薬があります。
3 解毒剤は特にありません。
4 胃洗浄は小児で大量に摂取した場合か、成 人でも来院前1 時間以内に自殺企図で他の 薬物も一緒に摂取した疑いがある場合は行 いますが、それ以外では効果は少ないと考 えられているため、行いません。
5 活性炭 大量のきのこを摂取後1 時間以内 である場合や、他の薬剤も一緒に服薬した 場合には1g / kg(最高50g)の活性炭と下 剤を投与します。この場合、絶対に誤嚥を させないことが重要です。
6 発熱 発熱そのものの治療は必要としま せん。
きのことはいえ、違法薬物であり、これらを 乱用する者は他の違法薬物も乱用する傾向にあ ると考えるべきでしょう。