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変形性関節症のプライマリケア

大湾一郎

琉球大学整形外科 大湾 一郎

1. はじめに

変形性関節症(osteoarthritis, OA)は関節 軟骨の変性、摩耗により関節軟骨が消失し、そ の周囲で骨・軟骨の増殖性変化を生じる疾患で ある。結果として、関節の変形と疼痛が生じる ことになる。全身のどの関節にも生じ得るが、 下肢の荷重関節や脊椎などに発症しやすい。最 も患者数が多いのは変形性膝関節症(膝OA) である。OA は私たち整形外科医にとって馴染 みの深い疾患でありながら、進行を抑える有効 な治療法がなく、その患者数の多さから治療に 苦慮する疾患の1 つである。本稿では Osteoarthritis Research Society International (OARSI)が公表したOA 治療ガイドラインを 基にプライマリケアの要点を概説する。

2. OARSI ガイドラインの特徴

OARSI のガイドラインは膝と股のOA を対 象とし、2007 年から2010 年にかけてPart T からPart Vまでが公表された1)-3)。Part Tは 既存のガイドラインや系統的レビューを評価し たものである。この中で特にエビデンスレベル が高い治療法として、運動療法、患者教育、 COX-2 阻害薬、NSAIDs とプロトンポンプ阻 害薬の併用などがあげられている。Part Uで は、これらの客観データに基づいて25 の勧告 が公表されている。それぞれの勧告には、エビ デンスレベルと疼痛に対するEffect Size(治 療により疼痛がどの程度改善したかを示すもの で0.2 は小さい、0.5 は中等度、0.8 以上は大き いと判定)、コンセンサス(合意)レベル(%)、 推奨度(%)が示されている。本稿ではPart Uの勧告文のうち、保存治療に関する部分を抜 粋して紹介する。なお全文については、 OARSI、NICE、AAOS の3 つの治療ガイド ラインをまとめた川口による総説4)が分かりや すく、一読をお勧めする。Part Vでは最新の エビデンスに基づき、治療法の有効性再評価が 行われている。

3. ガイドラインに基づくOA プライマリケア

A)治療全般

OARSI のガイドラインでは、最初に「OA の最適な管理には非薬物療法と薬物療法の併用 が必要である」と記載されている。これはラン ダム化比較試験(RCT)で得られた結論では なくエキスパートの意見であり、エビデンスレ ベル(LoE)はW(Ia がメタアナリシス、Ib が RCT で得られたエビデンス、Wが最も低い) であるが、100 %のコンセンサス(この勧告文 に異論がない)で、推奨度96 %である。

B)非薬物療法

1)「すべての患者に対し治療の目的を説明し、 ライフスタイルの変更、運動、歩行や活動のペ ース調整、減量など、痛みを伴う関節への負荷 軽減に関する情報を提供し、教育する。治療初 期は医療従事者が提供する受動的な治療より も、自己管理と患者主体の治療に重点を置く。 その後も非薬物療法の大切さを強調する」

教育のLoE はTa、非薬物療法遵守のLoE は W、教育のEffect Size(ES)は0.06(教育 による疼痛緩和の効果は小さい)、この勧告文のコンセンサスは92 %、推奨度97 %

日本における膝OA の患者数は約2,000 万人 と推定されており、日常診療でOA 患者を診る 機会は多い。この勧告文はOA 治療の基本であ り、すべての患者に実践する必要があるが、患 者教育に十分な時間をかけられないことも多 い。教育用の印刷物を準備したり、教育担当の 看護師や理学療法士を配置させるなどの工夫が 必要である。

2)「定期的な電話指導により臨床症状は改善 する」

LoE Ta、ES 0.12、コンセンサス77 %、推 奨度66 %

私がアメリカに留学していたとき、発熱した 娘を病院へ連れて行ったことがあった。数日後 に病院から電話があり、症状の推移を聞かれた が、わざわざの電話に感激したことを覚えてい る。欧米では電話による確認や指導はよく行わ れていることらしい。

3)「理学療法士による評価と運動療法の指導を 受けさせることは、疼痛緩和や身体機能の改善 に有益である。評価の結果、杖や歩行器などの 補助具の必要性が明らかになることがある」

LoE W、コンセンサス100 %、推奨度89 %

常識的に考えて大切だと思えることでも、忙 しい日常診療の場ではつい忘れがちになる。理 学療法士との連携を密にし、より専門的な立場 からの指導は有益と思われる。

4)「定期的な有酸素運動、筋力強化訓練および 関節可動域訓練を受けさせ、これを継続するよ う奨励する。特に股OA の患者には水中運動療 法が有効である」

LoE Ta(膝)W(股)Tb(股・水中)、ES 0.52(有酸素)、0.32(筋力強化)、0.25(水 中)、コンセンサス85 %、推奨度96 %

エビデンスレベルも高く、実践すべき治療の 1 つである。私の外来ではエアロバイク(自転 車こぎ)やSLR 運動、水中運動を勧めている が、実際どの程度の患者が運動を継続している のか分からない。運動をただ勧めるだけではな く、どのように習慣化させるか、その工夫も必 要である。

5)「肥満の患者には、減量させ、体重を低いレ ベルで維持することを奨励する」

LoE T a、ES 0.13、コンセンサス100 %、推 奨度96 %

医師と患者双方が同意する内容であるが、実 践するのはなかなか難しい。患者の中には、ほ とんど何も食べない、水しか飲まないという人 がいるが、それでも痩せることができないのは なぜだろうか。米国整形外科学会(AAOS)に よる膝OA のガイドラインでは、BMI > 25 の 肥満者に対し、体重の5 %以上の減量を奨励し ている。

6)「杖などの補助具は疼痛軽減に有用である。 杖や片松葉杖は健側の手で持つように指導す る。両側罹患の場合には4 点支持や車輪付き歩 行器がしばしば有用である」

LoE W、コンセンサス100 %、推奨度90 %

T 字杖の長さは、手を下ろしたときにT の部 分が手首の高さにくるよう調節する。杖は痛み のある関節とは反対側の手で持つのが正しい使 い方である。

7)「軽度/中等度の内反あるいは外反不安定性 がある膝OA の患者では、膝装具は疼痛を緩 和、安定性を改善させ、転倒のリスクを低下さ せる」

LoE Ta、コンセンサス92 %、推奨度76 %

私自身、膝装具はこれまであまり積極的には 処方してこなかったが、検討する余地は大いに あると思われる。しかしOARSI とは異なり、 AAOS のガイドラインでは有用かどうか判断で きない(未確定)とある。

8)「履き物について適切な助言を与えること。 膝OA の患者では足底板の使用により疼痛が緩 和され、歩行が容易になる。外側楔状足底板の 使用は、内側型膝OA 患者の一部において症状 緩和に有用である」

LoE W(履き物)Ta(足底板)、コンセンサ ス92 %、推奨度77 %

患者の履き物にも注意を向ける必要がある。 靴は、靴底あるいは中敷のクッション性が高く、腰革(後足部の支え)がしっかりしたもの が良い。靴底、特にかかと部分が硬すぎたり、 腰革がふにゃふにゃに曲がるものは膝への負担 が大きくなる。OARSI では一部の患者に足底 板の有用性を認めているが、AAOS のガイドラ インでは外側楔状足底板は内側型膝OA の症状 緩和に無効で、処方するなと記載されている。

9)「温熱療法は症状緩和に有効である」

LoE Ta、ES 0.69、コンセンサス77 %、推 奨度64 %

本邦でもよく行われている治療である。

10)「鍼灸療法は膝OA 患者の症状緩和に有効 である」

LoE Ta、ES 0.51、コンセンサス69 %、推 奨度59 %

AAOS のガイドラインでは有効性は判断で きない(未確定)とある。

C)薬物療法

1)「アセトアミノフェン(4g/日まで)は軽度 〜中等度の疼痛の治療に最初に用いられる薬剤 として有効である。効果がみられない場合や疼 痛や炎症所見が強い場合には、有効性や安全 性、併用薬や併存疾患を考慮に入れて、投与薬 物の変更を行う」

LoE Ta(膝)W(股)、ES 0.21、コンセン サス77 %、推奨度92 %

消炎鎮痛剤の投与量であるが、日本は欧米の 約半分である。欧米ではアセトアミノフェンを 最初に用いることが多いが、Part Vの報告で はES は0.21 から0.14 へ減弱し、質の高い研 究では有意な効果は無いと判定されている。

2)「NSAIDs は最小有効用量で使用するべき であるが、長期の投与は可能な限り回避する。 消化管リスクの高い患者では、選択的COX-2 阻害薬、非選択的NSAIDs とプロトンポンプ 阻害薬あるいはミソプロストールとの併用を考 慮する。心血管リスク因子を有する患者では、 選択的、非選択的を問わずNSAIDs の使用は 慎重に行う」

LoE Ta、ES 0.32、コンセンサス100 %、推 奨度93 %

NSAIDs を処方するときには、患者の胃を守 ることにも注意を払いたい。ミソプロストール はPGE1 誘導体で胃酸の作用や分泌を抑制す る薬剤である。

3)「膝OA では外用のNSAIDs は経口鎮痛薬 の追加あるいは代替薬として有効である」

LoE Ta、ES 0.41、コンセンサス100 %、推 奨度85 %

私がこれまで想像していたより有効である。

4)「副腎皮質コルチコステロイドの関節内注射 は股・膝OA の治療に、特に経口鎮痛薬が無効 な中等度〜重度の痛みに対して、あるいは水腫 の認められる膝OA の治療に使用することがで きる」

LoE Tb(股)Ta(膝)、ES 0.72、コンセン サス69 %、推奨度78 %

ステロイドの関節内注射を行うときには、感 染を合併させることがないよう細心の注意を払 って行いたい。

5)「ヒアルロン酸の関節内注射は股・膝OA 患 者において有用な場合がある。副腎皮質ステロ イドの注射と比較して、その作用発現は遅い が、症状緩和作用は長く持続することが特徴で ある」

LoE Ta、ES 0.32、コンセンサス85 %、推 奨度64 %

AAOS のガイドラインでは有用性は判断で きない(未確定)とある。

6)「グルコサミンやコンドロイチン硫酸の投与 は膝OA 患者の症状緩和に有効な場合がある。 6 か月以内に効果が認められなければ投与を中 止する」

LoE Ta、ES 0.45(グルコサミン)、0.30(コ ンドロイチン)、コンセンサス92 %、推奨度 63 %

グルコサミンは2001年にLancetに Reginster の論文5)(効果あり)が掲載されて 注目されるようになった。しかし2006 年の New England Journal of Medicine の論文6) ではグルコサミンやコンドロイチンの効果はプラセボと差がなく、質の高いRCT では効果が 認められないだろうと考えられている。患者に は自信を持って効果がないと言ってよいと思わ れる。AAOS のガイドラインではこれらの薬剤 は無効で、処方するなと勧告されている。

4. 最後に

OARSI のガイドラインには外科的療法の項 目もあるが、今回は保存療法を中心にその内容 を紹介した。整形外科では日々の診療でOA 患 者を診る機会が多い。しかし、関節リウマチや 骨粗鬆症と比べると明確な診断基準がなく、骨 切り術や人工関節置換術を除いては有効な治療 法がない。このような状況下では、計画だった OA 治療を実践することは困難である。ともす れば温熱療法などの物療や、ヒアルロン酸など の関節内注射を漫然と繰り返すことにつながり やすい。こうした状況を打破すべく、エビデン スに基づいたOA 治療の実践を心がけたい。

文献
1)Zhang W, et al. OARSI recommendations for the management of hip and knee osteoarthritis, part T: critical appraisal of existing treatment guidelines and systematic review of current research evidence. Osteoarthritis Cartilage 2007; 15: 981-1000.
2)Zhang W, et al. OARSI recommendations for the management of hip and knee osteoarthritis, part U: OARSI evidence-based, expert consensus guidelines. Osteoarthritis Cartilage 2008; 16: 137-62.
3)Zhang W, et al. OARSI recommendations for the management of hip and knee osteoarthritis, part V: changes in evidence following systematic cumulative update of research published through January 2009. Osteoarthritis Cartilage 2010; 18: 476-499.
4)川口浩. 変形性関節症の三つの治療ガイドライン― OARSI, NICE, AAOS. 整形外科2009. 60 (12):1289-95
5)Reginster JY, et al. Long-term effects of glucosamine sulphate on osteoarthritis progression: a randomised, placebo-controlled clinical trial. The Lancet 2001; 357:251-256.
6)Clegg D, et al. Glucosamine, Chondroitin Sulfate, and the Two in Combination for Painful Knee Osteoarthritis. N Engl J Med 2006; 354:795-808.