琉球大学医学部病態解析医科学講座育成分野(小児科) 比嘉 睦
【要旨】
小児ネフローゼ症候群(NS)の約90 %は原因の不明な特発性NS である。初発 時治療として現在でも第1 選択薬のステロイド薬(プレドニゾロン: PSL)の使用 で約80 %がェ解に至るが、その内80 %が再発する。また、いったんェ解した症例 のうち35 〜 40 %が頻回再発型NS に移行することから、ステロイド薬の長期使用 による副作用が発現しやすい。ステロイド離脱や長期ェ解維持を目的とし、様々な 免疫抑制薬の使用が必要となるが、その適応や選択には薬剤の作用機序、副作用に ついて十分な理解が必要である。
本稿では、当科で経過観察中の小児NS 患者背景をもとに、免疫抑制薬の使用状 況及び、長期管理における問題点について報告する。
ネフローゼ症候群(NS)とは、何らかの原 因で肝臓での蛋白合成能を上回る大量の蛋白が 尿中に漏出することにより低蛋白血症、浮腫が 出現する疾患群である。我が国では、新規発症 例として年間約1,300 人が小児慢性特定疾患治 療研究事業に登録され、小児10 万人に5 人が 発症すると推測される小児科領域では重要な疾 患である。表11)の定義を満たせば臨床的にNS と診断されるが、蛋白尿の出現する原因・時期 によって特発性(約90%)、症候性(約10%)、 先天性(< 1 %)に分類され、その原因疾患は 表2 に示したように多岐にわたる。治療におい て、小児特発性NS の約80 %は第1 選択薬であ るステロイド薬でェ解に至るが、そのうち 80 %は再発を起こし、さらにその半数が頻回再 発型NS となる。頻回再発型・ステロイド依存 性NS では、長期間のステロイド薬投与による 成長障害、肥満、糖尿病、白内障、緑内障、高 血圧、骨粗鬆症など種々の有害反応が出現する ため、ステロイド薬からの離脱並びに同剤の減 量目的で免疫抑制薬が使用される。しかし、免 疫抑制薬はその作用機序による副作用が必須で あり、有効性と副作用のバランスを考えた使用 法が必要である。2005 年5 月、日本小児腎臓 病学会より特発性NS に対する診療の支援及び 治療法の統一を目的に“小児ネフローゼ症候群 薬物治療ガイドライン1.0 版”1)が作成された。 本稿では自験例における免疫抑制剤の使用状況 ならびに長期管理における問題点を、ガイドラ インの概説を加えて報告する。
表1 の診断定義を満たし、症候性NS を疑わ せる持続性血尿、高血圧、腎機能低下、低補体 血症が認められない場合、また、生後12 カ月以 上で先天性NS 症候群が疑われない場合は、確 定診断目的の腎生検を施行せず、表3 に示した ステロイド薬(PSL)内服による初発時治療を 開始する。しかし、いったんェ解した症例でも、 35 〜 40 %と高率に頻回再発型NS やステロイド 依存性NS に移行することから、ステロイド薬 の長期使用による副作用が発現しやすい。PSL 治療は、1960 年代に国際小児腎臓病研究班 (ISKDC)がPSL 2 カ月投与の国際法を提唱 し、標準的な治療法として国内外で広く行われ てきた。しかし、国際法治療終了後2 年以内に 約60 %が再発し、約40 〜 50 %が比較的短期間 に再発を繰り返す頻回再発型や、ステロイド依 存性NS に移行することから、再発予防を目的 として様々な投与法が提唱されてきた。我が国 で小児難治性腎疾患治療研究班が実施した臨床 試験では、国際法で治療された日本人患者 (340 名)の頻回再発頻度は約20 %と低く、長 期投与法(20 〜 30 %)と比較しても遜色がな かった。また、長期投与法によって、成長障害 や骨粗鬆症などの重篤な薬物有害反応の頻度や 重症度が国際法よりも増加しないというエビデ ンスが存在しないことから、2005 年日本小児腎 臓病学会が作成した小児特発性ネフローゼ症候 群薬物治療ガイドライン1.0 版では、初発時治 療として国際法が標準法として推奨されている (表3)。しかし、同学会が2005 年に実施した初 発時治療調査では、初期投与量のプレドニゾロ ン60mg/m2/日、4 週間投与にはコンセンサス が得られているが、その後の漸減法では国際法 を実施している小児腎臓病専門医は約60 %で、 約40 %は4 〜 6 カ月の長期漸減法を実施してお り、必ずしも治療の均一化がはかられていると は言えない状況である。2007 年9 月より日本人 ステロイド感受性NS 患者において、国際法と 長期漸減法について、有効性と安全性を検証し、 再発と薬物有害反応の少ない初期治療法を確立 するため、厚生労働省研究班による多施設共同 試験が実施されており、その結果が待たれる。
頻回再発型・ステロイド依存性NS では、成 長障害、肥満、糖尿病、白内障、緑内障、高血 圧、骨粗鬆症などの種々のステロイド剤の副作 用が出現するためステロイド薬からの離脱並び に同剤の減量の目的で免疫抑制薬が用いられる ことが多い。治療ガイドラインではシクロスポ リン・シクロフォスファミド・ミゾリビンの3 剤が併記され(表4)、どれを選択するかは、そ の効果や副作用を考慮し、主治医や患者・家族 の判断でなされる。
〈シクロスポリン(CsA)治療〉
CsA は頻回再発型・ステロイド依存性NS の 約80 %に有効で、大半の症例でステロイド治 療からの離脱が可能であるが、投与中止後のェ 解維持率が不良であることが問題となる2)、3)。 また、CsA は慢性腎障害や神経毒性(白質脳 症)などの重篤な副作用があり、注意が必要で ある。
CsA 慢性腎障害は、尿検査や血液検査では 診断不可能なため、腎生検での評価が必須とな る。CsA 慢性腎障害は細動脈病変と間質病変 からなるが、細動脈病変はCsA を6 カ月から1 年間中止することで有意に改善し、間質病変も 進行しないことが明らかとなっている4)、5)。ま た、中等量のCsA(トラフ値で100ng/ml 程 度)を投与した場合には、2 年以上の長期投与 が間質病変を引き起こすリスクファクターであ ることが明らかとなっている6)。
頻回再発型・ステロイド依存性NS の再発防 止に有効でかつ安全なCsA 投与法を確立する ために、小児難治性腎疾患治療研究会が前方視 的比較研究を行った。その結果、投与後6 カ月 間はトラフ値80 〜 100ng/ml とし、7 ヶ月目か らはトラフ値60 〜 80ng/ml で18 カ月間の24 カ月間治療を行うと、約半数の症例はCsA 投 与中ェ解を維持した。この投与法では約18 % の症例で慢性腎毒性を呈したがその大半は回復 可能と考えられる軽度の細動脈病変であり、有 意な間質病変を呈した症例はなかった。この投 与法はガイドラインでも記されており、再発防 止効果に優れ有意な間質病変も引き起こさない 有用な投与法とされている。
近年、移植領域においてトラフ値よりも投与 2 時間値(C2 値)モニタリングが有用である可 能性が指摘されているが、有用かつ安全なC2 値が明らかではないため、現在進行中の厚生労 働省研究班による多施設共同非盲検ランダム化 試験の結果が待たれる。
〈シクロフォスファミド(CPM)治療〉
C P M の頻回再発型N S に対する2 〜3mg/kg/日、8 週間投与の有用性はBarratt ら の報告より明らかである7)。しかし、ステロイ ド依存性N S に対する有用性に関しては 2mg/kg/日8 週間では無効とされている。また 2mg/kg/日12 週では有効とする報告もあるが、 無効とする報告もあり一定した見解は得られて いない。副作用としては、白血球減少、性腺障 害や催腫瘍性などが知られており、我が国では 敬遠され気味である。累積投与量が300mg/kg を超えると高率に無精子症あるいは乏精子症を きたすので、特に思春期男児では慎重な投与が 必要である。長期投与は副作用の点から推奨で きず、ガイドラインでは累積投与量を200 〜 300mg/kg 以内となるように記されている。
〈ミゾリビン(MZR)治療〉
MZR は日本で開発された代謝拮抗薬であ り、小児MZR 研究会によるdouble-blind, placebo-controlled, multicenter trial によ り、頻回再発型・ステロイド依存性NS に対す るMZR 4mg/kg/日48 週間投与とプラセボ48 週間投与が比較され、その有効性、安全性が 検討された。その結果、登録症例全体では、 MZR 群とプラセボ群間で再発率に有意な差を 認めなかったが、10 歳以下の症例ではMZR 群 の再発率はプラセボ群に比して有意に低かっ た。しかし10 歳以下の症例でもMZR 治療開 始1 年後のェ解維持率は40 %以下であり、再 発抑制という点からは十分な効果は期待できな い。一方、副作用としては高尿酸血症が認め られたのみであり、その大半はMZR を中止や 減量することなく継続投与が可能であった。従 って、MZR はその有効性は低いが、副作用が 非常に少ないという点では有用である。近年、 MZR と同系統の代謝拮抗薬であるmycophenolate mofetil (MMF)がCsA と同等の再 発抑制効果があるとの報告や、MZR の高用量 投与(7 〜 10mg/kg/日)が有意に再発回数を 減少させたという報告8)があることから、高用 量投与が有効である可能性があり、今後大規 模な前方視的比較研究による検討が待たれる。
小児ステロイド抵抗性NS は発症後10 年で 30 〜 40 %が腎不全にいたる9)。組織学的には 微小変化型、巣状分節性糸球体硬化症、びまん 性メサンギウム増殖に分類される。なかでも巣 状分節性糸球体硬化症は予後不良で小児腎不全 の原因の約20 %を占める。最終腎生検所見が 巣状分節性糸球体硬化症の場合、明らかに長期 予後は不良で、ェ解率は低く高率に腎不全に移 行するのに対し、最終腎生検所見が微小変化型 やびまん性メサンギウム増殖の場合は免疫抑制 剤への反応もよく予後良好である。このため腎 生検所見によって治療法を変えるという考え方 は妥当である。しかし、初回腎生検の結果と最 終予後は相関しないという報告9)があること、 またコクランレビューでも、腎生検所見による 治療効果の有意な違いは証明できないとしてお り、今回のガイドラインにおいては病理組織別 の治療方針を示すのは困難であると判断され た。ガイドラインでは、最も権威のあるメタア ナリシスとして知られるコクランレビューと日 本小児腎臓病学会評議員からのアンケートの結 果に配慮して、プレドニゾロン、シクロスポリ ン、メチルプレドニゾロン大量療法を含めた治 療法が選択された(表5)。
通常、小児特発性NS 患者は一般総合病院に て初期治療を開始されることが殆どであり、ス テロイド依存性・頻回再発型・ステロイド抵抗性となった症例が小児腎臓病専門医のいる医療 機関へ紹介される。当科では、表6 に示すよう に現在17 名の小児特発性NS 患者(男児13 名、女児4 名)の治療を行っており、発症年齢 は平均5.19 歳(1 歳11 カ月〜 12 歳2 カ月)、 平均観察期間は6.96 年(2 年8 カ月〜 11 年6 カ月)であった。17 例中14 例が頻回再発・ス テロイド依存性NS で3 例がステロイド抵抗性 NS であった。13 例が腎生検にて組織診断がな されており、12 例が微小変化型、ステロイド 抵抗性NS の1 例が巣状分節性糸球体硬化症で あった。腎生検を施行していない4 例について は、保護者及び本人の腎生検にたいする不安が 強いこと、またステロイド少量あるいはMZR 併用にて比較的長期にェ解が維持できているた め、腎生検を施行していない。治療法として は、17 例中14 例でCsA による治療がなされて おり、内1 例では治療経過中CPM の投与もな されていた。前述したようにCsA は長期投与 による慢性腎障害の出現が問題となるため、投 与開始後2 〜 3 年で減量中止としているが、減 量中に再発する症例が多く、また中止後再発回 数が増加するため、CsA 依存性が高くなる。当 科でのCsA 投与期間は平均49.5 カ月、最長 122 カ月、平均年間再発回数は2.05 回であっ た。慢性腎障害の評価のため、追跡腎生検を2 回施行した症例が2 例、1 回施行した症例が2 例認められ、CsA による明らかな腎障害は認め られなかった。しかし今後も追跡腎生検が必要 な症例が殆どである。また、CsA の血中濃度を十分に保っていても再発し、ステロイド薬の併 用が必要な症例が8 例認められた。
ステロイド剤による有害反応として、経過観 察中、薬剤の投与が必要であった眼圧上昇が8 例、− 2SD 以下の低身長が1 例、BMI25 以上 の肥満は認められなかったが、BMI22 〜 24 の 過体重症例は6 例、高血圧が2 例認められた (表7)。
ステロイド薬やCsA といった治療薬による 副作用の問題以外にも、成長と発達の過程にあ る小児では、小児期特有の問題が存在する。
〈ノンコンプライアンスの問題〉
治療薬のノンコンプライアンスは特に思春期 の患者で問題となる。ステロイド薬による満月 様顔貌や瘡、CsA による多毛など、同年代 の友人との外見の比較や異性からの評価を気に しやすい年代では、治療の自己中断により再発 する場合があり、薬剤の重要性を家族及び患者 本人に再確認させる必要がでてくる。
〈安静・運動制限の問題〉
学校生活をおくる上で問題となってくるの が、運動制限である。小児特発性NS に限ら ず、腎疾患において安静・運動制限は患児の精 神的・肉体的副作用が大きいこと、その有効性 が過去に証明されていなことから採用されるべ き治療法ではないとされている。ただし、高血圧や血管内溢水のあるような全身的に危険な時 期は安静が必要で、抗凝固薬などを使用してい る場合も比較的安静が必要であるが、合併症の 予防目的であり、長期間には行わない。
〈予防接種の問題〉
ステロイド薬や免疫抑制薬を服用している小 児特発性NS 患者には、歴史的にワクチンの接 種がためらわれてきた時期がある。その理由と して、1)接種自体による当該感染症の発症の危 惧、2)ワクチン副反応による再発の危惧、3)仮 想のリスクを犯して接種しても、抗体獲得がで きないのではないかという危惧といったいずれ もエビデンスの乏しい不安要因による。日本腎 臓病学会では学術委員会を中心に年余にわたる 検討を重ね、2003 年に腎疾患児に対する予防 接種のあり方を、積極的な方向へと前進させた 10)(表8)。
〈Carry over の問題〉
頻回再発型・ステロイド依存性NS に対する 免疫抑制薬がCPM といったアルキル化薬が中 心であった時代、小児期発症の特発性NS が成 人期(18 歳以上)へcarry over する割合は 5.5 %であったのに対し、CsA といったカルシ ニューリン阻害薬が頻用されるようになった近 年ではcarry over 率が14 〜 42.2 %と高率に なっていると報告されている。ステロイド薬の 副作用を危惧するあまり、早期にCsA による 治療を導入した結果、CsA の長期投与による 慢性腎障害や薬剤耐性を惹起し、成人期移行例 を増やしている可能性も考えられる。
小児特発性NS 患者、特にステロイド依存 性・頻回再発型やステロイド抵抗性症例では長 期の治療・経過観察が必要となるため、専門医 への紹介が必要である。また、今後小児特発性 NS 患者をとりまく様々な問題を解決するには、 CsA に代わる再発抑制効果を持ち、かつ副作用 の少ない安全な治療法の開発が必要である。近 年、難治性ネフローゼ症候群に対しB 細胞性リ ンパ腫の治療薬である抗CD20 モノクローナル 抗体:リツキシマブの効果が報告され、平成20 年秋より関東、関西の施設を中心に小児難治性 ネフローゼ症候群に対するリツキシマブの有効 性・安全性を証明し、リツキシマブの適応を拡 大することを目的とした医師主導治験が開始さ れており、その結果が待たれる。
【参考文献】
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10)白髪宏司: 腎疾患患者への予防接種. 小児内科, 東京
医学社, 東京, 2009, 221-223.
次の問題に対し、ハガキ(本巻末綴じ)でご回答い ただいた方で6割(5問中3問)以上正解した方に、日 医生涯教育講座0.5単位、1カリキュラムコード(73.慢性疾患・複合疾患の管理)を付与いたします。
問題
小児特発性ネフローゼ症候群に関して次の1)〜5)の設問に対し、○か×印でお答え下さい。
脳脊髄液減少症
問題
脳脊髄液減少症に関して次の設問1 〜5 に対し、
○か×印でお答え下さい。
正解 1.× 2.× 3.× 4.○ 5.×