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「ゾウの時間ネズミの時間−サイズの生物学−」本川達雄著 中公新書

宮里 善次

理事 宮里 善次

本書は1992 年8 月25 日初版で、二ヶ月半後 の11 月15 日に6 版を重ねている。つまりベス トセラーになった本なので読まれた会員も多い と思う。

現在著者は東京工業大学生命理工学部基礎 生物学の教授であるが、かっては琉球大学に助 教授として赴任されている。本書はその頃に書 き始めたらものらしい。

サイズという切り口から生物を論じた発想が ユニークである。

動物の体の大小を論ずる前に、体の大きさに 関係なくあらゆる動物の細胞一箇の大きさ(基 本)はバクテリアからクジラに至るまで同じだ と断じている。

生命体としての動物を物理学的個体あるいは 力学的対象として、大きさ(長さ、体重、体表 面積)に時間的要素を加えた速さや、粘性や拡 散など、いわゆる生物学的視点に物理化学的な 視点を絡ませて説いている。

文中に物理学でおなじみの法則などがでてく るが、物理、化学、生物を別々に教えられてき た世代としては新鮮な驚きである。

とは言え細胞内の酸素の拡散や、流体中の抵 抗や粘性など、対象があくまでも生命体であ り、どの大きさで、どのように呼吸器や循環器 などの特化した器官をもつようになったのかな ど、生命体が環境に順応してきた戦略がテーマ となっているので、いわゆる物理学的な無機質 な違和感はない。

さて、著者によれば時間は体重の1/4 乗に比 例し、体重が2 倍になれば時間は1.2 倍、体重 が10 倍になれば時間は1.8 倍となる。

体重が30g のハツカネズミと3 トンのゾウで は10 万倍となるが、時間は18 倍とゆっくりと しているらしい。

また標準代謝量は体重の3/4 乗に比例する (単細胞生物から脊椎動物まで)ので、ゾウの それははネズミの5,600 倍となる。

体が大きくなれば、生物学的時間もゆっくり となり、細胞の活発さも落ちるのである。

ところで、心拍数一定の法則?があるらし い。以下『』内は本文から抜粋。

『こんな計算をした人がいる。時間に関係の ある現象がすべて体重の1/4 乗に比例するな ら、どれでもいいから二つの時間に関係のある のものを組み合わせて割り算をすると体重によ らない数がでてくる。たとえば、息を吸って吐 いて、吸って吐いて、というくり返しの間隔の 時間を心臓の鼓動の間隔時間で割ってやると、 息を一回スーッと吸ってパーッと吐く間に、心 臓は4 回ドキンドキンと打つことが分かる。こ れはほ乳類ならサイズによらず、みんなそう だ。寿命を心臓の鼓動時間で割ってみよう。そ うすると、ほ乳類ではどの動物でも、一生の間 に心臓は20 億回打つという計算になる。寿命 を呼吸する時間で割れば、一生の間に約5 億 回、息をスーハーとくり返すと計算できる。こ れもほ乳類なら体のサイズによらず、ほぼ同じ 値となる。物理的時間で測れば、ゾウはネズミ より、ずっと長生きである。ネズミは数年しか 生きないが、ゾウは100 年近い寿命を持つ。し かし、もし心臓の拍動を時計として考えるなら ば、ゾウもネズミもまったく同じ長さだけ生き て死ぬことになるだろう。小さい動物では体内 でおこるよろずのテンポが速いのだから、物理 的な寿命が短いといったって、一生を生ききっ た感覚は、存外ゾウもネズミも変わらないので はないか』

本書では14 章にわたり、サイズと生物の戦 略が説かれているが、文章も分かりやすくスピ ード感があり、何度読み返しても新鮮な印象を 受ける。

ところで、愛犬や愛猫が短命だとお嘆きの 方、ご安心ください。彼等は十分に生ききった のです。

長生きしたい方、呼吸数と心拍数を浪費する ような運動はやめましょう???