琉球大学医学部附属病院産科婦人科講師 長井 裕
子宮頸癌について
子宮は、その入り口に相当する子宮頸部と胎 児が育つ子宮体部に大別され、その子宮頸部か ら発生する上皮性悪性腫瘍が子宮頸癌と呼ばれ る。本邦において子宮頸癌は、女性特有の癌の 中で乳癌に次いで2 番目に多い癌で、20 〜 30 代の女性で増加傾向にあり(図1)、20 〜 30 歳 代の女性に発生する悪性腫瘍のうちで第1 位を 占めている。我が国では、年間およそ10,000 人以上の女性が子宮頸癌と新たに罹患し、およ そ3,500 人が子宮頸癌で死亡していると推定さ れる1)。子宮は、妊孕能に直接関わる臓器であ るため、20 〜 30 代の女性で増加傾向にあるこ とは重大である。
図1 年齢階級別子宮頸癌罹患率(1985 ・2004 年)
子宮頸癌の原因について
1 9 8 3 年にドイツ国立がん研究所のz u r Hausen らにより、子宮頸癌生検組織からHPV 16 型のDNA が同定された2)。その後も、HPV 18 型、その他いくつものタイプのHPV DNA が子宮頸癌から同定された。HPV は、そのゲ ノムの相同性の程度により型が分類され、現在 では1 0 0 種類以上の型が分離されている。 HPV は型により感染部位と生じる疾患が異な る。具体的には、1)皮膚に感染し良性のイボの 原因となるHPV 1, 2 型など、2)粘膜に感染し て尖圭コンジローマ(外陰部のイボ)の原因と なるHPV 6、11 型など、3)子宮頸癌の原因と なるHPV 16、18、31、33、52、58 型などで ある。これまでの疫学研究で、子宮頸癌の90 〜 100 %にHPV DNA が確認されていること から、HPV 感染は子宮頸癌発生の最大のリス クファクターと考えられている。感染する HPV 型による子宮頸癌となるodds ratio に関 する報告がある3), 4)。表1 にHPV 型による頸 癌のリスク分類を示す。世界的にみると子宮頸 癌患者の50 %強がHPV 16 型であり、次いで HPV 18 型が15 %前後となっている。
表1
本邦における子宮頸癌のHPV 型分布は、や はり16 型が最多であるが、18 型の頻度は少な く、33 型、52 型、58 型等の他の型が多い傾向 にある。しかし、20 〜 30 歳の若年者の子宮頸 癌に限るとHPV 16 型と18 型が約80 %を占め る。また、近年増加傾向にある腺癌でも、その 80 %以上がHPV16 型あるいは18 型となってい る。また、HPV は最大のリスクファアクターと して考えられているが、cofactor についての研 究もなされており、その概要を表2 に示した5)。
表2
HPV の構造・癌化のメカニズムについて
HPV は、正二十面体のカプシドに包まれた 直径50 〜 60nm の小型ウイルスで、遺伝子は 約8,000 塩基対の2 本鎖DNA である。HPV の 模式図および遺伝子群(L1,2, E1 〜 7)を図 2,図3 に示した。HPV が感染している癌で は、遺伝子群のうちE6 とE7 が必ず発現して いる。この2 つが上皮の癌化、癌形質の維持に 大きな働きをしていると考えられている。紙面 の都合上、詳細は割愛させていただくが、E6 は癌抑制遺伝子のp53 を不活化、E7 は細胞周 期の調節を行うRB 蛋白を不活化することによ り細胞の不死化をもたらす。このE6, E7 の働 きが子宮頸癌の発生に必須であると考えられて いる。
図2 HPV の模式図
図3 HPV ゲノムの構成
HPV の感染について
昔から子宮頸癌は、修道女にはほとんどみら れない病気であると言われてきた。HPV は性 交渉によって伝搬されるものであることを間接 的に物語っていたのかもしれない。米国の研究 に、大学入学までに性交渉の経験がなくHPV 感染を認めなかった女子学生を5 年間追跡調査 したところ、5 年累積HPV 感染率が60 %を超 えていたという報告がある(図4)6)。さらに別 の研究で、米国女子大学生のおよそ40 %に新 たなHPV 型が感染したとの報告もある。当科 で行った20 代女性のHPV 感染率は、およそ 30 %であった。このように、HPV 感染は決し て稀なことでない。しかし、HPV 感染が成立 したとしても、そのおよそ90 %は自身の免疫 機能により排除されるといわれている。排除を 逃れたおよそ10 %がHPV 持続感染となり、さ らにその一部の症例が子宮頸癌の前癌病変であ るCIN(cervical intraepithelial neoplasia) となり、HPV 感染から10 年以上を経て浸潤癌 になっていく(図5)。
図4 HPV 累積感染率
図5 HPV 感染から浸潤癌まで
子宮頸癌の予防ワクチンについて
これまで述べてきたようにHPV が子宮頸癌 発癌の最大の因子として考えられてきたことか ら、HPV 感染予防ワクチンの開発、臨床試験 がすすめられてきた。2006 年6 月に米国にお けるHPV 予防ワクチンの認可を皮切りに、そ の後100 カ国以上で認可されている。本邦にお いても2009 年10 月に認可された。
予防ワクチンは、HPV のL1 蛋白から形成さ れる人工ウイルス粒子(virus-like particle, VLP)(図6)を抗原として、中和抗体を誘導 することによりHPV が細胞に感染する以前に 感染そのものをブロックするものである。現 在、2 種類の予防ワクチンが海外で市販されて いる。いずれもHPV 16 型、18 型に対する中 和抗体を誘導する。HPV16 型、18 型感染を原 因とするCIN2 以上の病変発生に関する予防効 果は、ほぼ100 %である。また、予防ワクチン が原因の重篤な有害事象も報告されていない。
図6 HPV のvirus particles とvirus-like particles
参考文献7)より引用・改変
また、2 種類の予防ワクチンうち1 つは、 HPV 16 型、18 型以外にも、尖圭コンジロー マの原因となるHPV 6 型、11 型に対する中和 抗体も誘導するワクチンとなっている(いわゆ る4 価ワクチン)。本邦では、現在1 種類の予 防ワクチンが承認されているところであるが、 残りの予防ワクチンも厚労省への申請を済ませ ており、近く2 種類の予防ワクチンが本邦でも 使用可能になると思われる。
表3
ヒトパピローマウィルス(HPV)ワクチン接種 の普及に関するステートメント
標記のステートメントは、平成21 年10 月16 日に日本産科婦人科学会、日本小児科学会、日 本婦人科腫瘍学会から合同発表されたものであ る。その抜粋を以下に記す(下線は筆者による)。
『(1)HPV ワクチン接種が広範に行われること により、将来、わが国における子宮頸がんの発 生を約70 %減少させることが期待できる。こ のことはわが国の女性とその家庭に幸福をもた らすだけでなく、子宮頸がん治療に要する医療 費を大幅に抑制することにつながる。
(2)11 〜 14 歳の女子に対して優先的にHPV ワクチンを接種することを強く推奨する。な お、接種の費用については公的負担とすべきで ある。
(3)11 〜 14 歳でワクチン接種を受けることが できなかった15 歳〜 45 歳の女性に対しても HPV ワクチンの接種を推奨する。本接種につ いても何らかの公的支援が望まれる。
(4)現行のHPV ワクチン接種を行っても、子 宮頸がんの発生をすべて予防できるわけではな い。したがって、子宮頸がん検診は今後もきわ めて重要であり、検診受診率の向上を目指した 啓発が必要である。また、ワクチン接種者のフ ォローアップ体制が構築されることが望ましい。』
最後に子宮癌検診の重要性について述べて、 本稿を終了とする。
前述のように予防ワクチンは子宮頸癌の原 因となるHPV 16 型、18 型の感染をほぼ 100 %予防するものではあるが、すべてのhigh risk HPV を予防するものではないこと、また ワクチン接種前に感染しているHPV の排除や、 発症している前癌病変や子宮頸癌に対する効果 はないため、接種後も定期的な子宮頸癌検診は 必要である。
琉球大学で治療した浸潤子宮頸癌(Ib1 期〜 IVb 期)の最終がん検診時期に関する調査で は、調査可能であった8 9 0 人中、4 9 0 人 (55.1 %)が全くのがん検診未受診者であった。 3 年以上の未受診者まで加えると7 2 4 名 (81.3 %)が未受診者であった(図7)。「全く の未受診の方や長期間未受診の方が、これまで に一度でもいいから、あるいは、1 年前にでも 検診を受診されていたならば・・・」と思うこ とが少なくない。浸潤癌となってからの1 年 は、浸潤癌となるまでの1 年とは重みが全く異 なる。沖縄県のがん検診、子宮頸癌の特徴とし て、20 〜 50 代の子宮がん検診受診率は、全国 平均よりも低く(平成17 年度)、子宮頸癌進行 期のピークは、全国平均はIb 期であるが、沖 縄県(琉球大学)では、II 期である(図8)。そ して、沖縄県の子宮頸癌による粗死亡率、年齢 調整死亡率とも全国ワーストワンである。
図7 最終がん検診の時期
図8 子宮頸癌進行期別頻度
本稿が、子宮がん検診・HPV 予防ワクチン の啓発・普及の一助となれば、幸いである。
参考文献
1)ヒトパピローマウィルス(HPV)ワクチン接種の普及
に関するステートメント日本産科婦人科学会、日本小
児科学会、日本婦人科腫瘍学会平成21 年10 月16 日
2)Durst M, Gissmann L, Ikenberg H, zur Hausen H. A
papillomavirus DNA from a cervical carcinoma and its
prevalence in cancer biopsy samples from different
geographic regions. Proc Natl Acad Sci U S A 1983;
80: 3812-5.
3)Munoz N, Bosch FX, de Sanjose S, Herrero R, et al.
Epidemiologic classification of human pallilomavirus
types associated with cervical cancer. N Eng J Med
2003;348:518-27.
4)Asato T, Mehama T, Nagai Y, Kanazawa K, et al. A
large case-control study of cervical cancer risk
associated with human papillomavirus infection in
Japan, by nucleotide sequencing-based genotyping. J
Infect Dis 2004;189:1829-32.
5)Munoz N, Castellasague X, de Gonzalez AB,
Gissmann L. Chaptor1: HPV in etiology of human
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6)Winer RL, Lee SK, Hughes JP, Adam DE, et al.
Genital Human Papillomavirus infection: Incidence
and risk factors in a cohort of female university
students. Am J Epidemiol 2003;157:218-26.
7)Tabrizi SN, Frazer IH, Garland SM. Serologic
response to human papillomavirus 16 among
Australian women with high-grade cervical
intraepithelial neoplasia. Int J Gynecol Obstet
2006;16:1032-5.