中頭病院・ちばなクリニック 循環器センター長 安里 浩亮
五人の女性をご紹介いたします。すべて20 〜 30 年前の話である。
一人目の女性は30 代の心臓性るい痩で痩せ こけている女性である。長男と結婚したが若く して先立たれ、子供はいない。請われて次男と 再婚した。僧房弁疾患による重症心不全で入院 したが、治療の甲斐があって無事回復した。僧 房弁置換が必要だが子供がほしいとのことで、 二度の弁置換を承知で一度目は生体弁置換術を 施行し(人工機械弁はワーファリンを必要とす るが、服用中に妊娠すると子供に奇形が生まれ る危険性がある)、ワーファリンなしで妊娠し、 男児を無事出産した。10 年後は2 度目の機械 弁による僧房弁置換術を受け、さらに、永久ペ ースメーカーを植え込んだ。その後は無事に経 過している。長男も大学を卒業し、社会人とし て活躍している。
二人目の女性は、10 代後半で僧帽弁狭窄症 のため、僧房弁の生体弁置換を受け、30 歳ま でに結婚・出産を希望した。結婚し、28 歳で 妊娠したが、妊娠2 ヶ月目で心不全症状が出て 妊娠継続不可能と判断され、やむを得ず妊娠中 絶となり、2 度目は機械弁置換術を受けた。ワ ーファリンは催奇性があるので自ら希望し、ア スピリンに切り替えた。30 歳で妊娠分娩をし、 無事男児を出産した。アスピリン内服中に左心 房内に血栓ができたが、脳梗塞等の合併症は今 のところ起こしていない。
三人目の女性は前夫との間に子供がいたが、 再婚した。本土で僧房弁の機械弁置換術を受け た女性で、新しい夫との子供がほしく、勝手に ワーファリンを中止して妊娠した。数ヶ月間ワ ーファリンを中断し、機械弁の開閉の音が急に 小さくなったと再受診した。機械弁に血栓がで き開閉が殆ど見られない状態で心不全を合併し た。このままでは母児ともに危険な状態で妊娠 中絶を勧めたが、もう二度と産めないとの理由 で分娩を強く望んだ。妊娠5 ケ月から入院して もらいワーファリンの代わりにヘパリンの点滴 に替え経過を観察した。妊娠8 ケ月目に帝王切 開で男児を出産したが、母親は2 〜 3 日後には 2 度目の弁置換術を緊急で施行した。手術で取 り出した機械弁にはべっとりと血栓が付着し、 殆ど開閉してない状態でよく生きていたと思っ た。術後は順調な経過をとった。
四人目の女性は14 歳から診ている本態性肺 高血圧の患者さんで、14 歳のころから母親を呼 び、「この子は妊娠すると確実に悪くなるので母 親にはなれないですよ」と話し、月1 回の通院 をしてもらった。呼吸困難は見られたが、日常 生活には支障はなかった。やがて20 歳になり夜 間の短期大学にも入学したが、呼吸困難は徐々 に進行した。日常生活にも支障が出るようにな った。好きな人ができ、結婚したいとのことで 相談にみえた、夫になる男性を交えて、「結婚 には反対できないが、妊娠は避けてください」 とお願いし、「そうします」とのことであった。 夫になる人は長男であったが、子供は諦めると のことであった。ハネムーンベイビーができて しまい、中絶するように勧めたが、最後のチャ ンスなので生むと言って聞かない。妊娠3 ケ月 目から呼吸困難で歩けなくなり入院となった。 安静状態を続けて8 ケ月目に帝王切開で女児を 得た。子供が2 歳になり、歩き始めたら母親は 呼吸困難で子供についていけなくなった。その 後は入退院を繰り返し、子供が10 歳のころ肺 高血圧が進行し、呼吸不全で他界した。
五人目は30 代の女性で、不妊症のため不妊 治療を受けて10 年目にやっと妊娠した。妊娠 後大動脈の起始部の拡大を起こす疾患が判明し た。大動脈弁の逆流が重症で妊娠を継続すると 確実に悪化するのが予想された。中絶を勧めた がやっとできた子供で次は望めないので生みた いとのことで本土の大学病院に入院し、妊娠8 ケ月目に、帝王切開で女児を出産した。分娩後 は医療機関に通っていなかった。2 年後に再度 診た時には、心臓性るい痩でふくよかだった容 姿は見る影もなく、やせ細っていた。心不全と 不整脈を繰り返し、心臓手術を前に他界した。
これら五人の女性はかよわい女性だが(最近 はそうでもないか?)、妊娠したとたん強くな り、妊娠・出産に命をかける。
「女性は弱し、されど母親は強し」の典型例 であった。