国立病院機構 沖縄病院
内科 久場 睦夫
1.多剤耐性結核とは
多剤耐性結核とは、イソニアチド(INH)と リファンピシン(RFP)の両薬剤に耐性の結 核と定義されている。本邦における多剤耐性結 核の頻度は、初回治療例で0.8 % 、再治療例 で9.8 %である1)。国立病院機構沖縄病院にお ける多剤耐性結核は1990 年代は年間3 〜 4 例 認められたが、徐々に減少し、ここ数年をみる と2004 年: 2 例、2005 年2 例、2006 年0 例、 2007 年1 例、以後2008 年、2009 年と多剤耐 性結核例はみていない。しかし、全国的には毎 年300 〜 400 人の発生をみ、世界では約50 万 人/年が新規発生し、毎年13 万人が多剤耐性結 核で死亡している。多剤耐性結核の治療成績 は、治癒率40 〜 70 %前後であり、その他は慢 性排菌あるいは結核死しており、未だに脅威と なる疾患である。
多剤耐性結核の中でも、INH とRFP に加え てニューキノロン剤とアミノグリコシドのカナ マイシン、アミカシン、カプレオマイシンのい ずれかに耐性を示す結核と定義される超多剤耐 性結核(Extensively drug-resistant tuberculosis: XDR-TB)がさらなる難治結核として世 界的に問題となっている。我が国でも多剤耐性 結核のうち初回治療例で31.3 %、既治療例で 30.8 %を占め、懸念されているところである。
2.多剤耐性結核発生の原因
多剤耐性結核の発生原因は、殆どが人為的と されている。突然変異によるINH とRFP 両剤 耐性菌の確率は1/1014 とされる。2 〜 3cm 大の 肺結核空洞内には108 〜 109 個、ガフキー9 号相 当の痰1ml 中には108 個ほどの菌数である事か ら、多剤耐性結核は元々如何に少ないかが解る。 結核の初回治療において強力な化学療法、即ち INH、RFP、ピラジナミド(PZA)にストレプ トマイシン(SM)あるいはエタンブトール (EB)を加えて化学療法を完遂できれば95 %前 後に完全治癒がもたらされる。しかし、例えば 感受性検査結果に基づかない薬剤投与、単剤や 少ない薬剤での治療、薬剤耐性や副作用例にお ける単剤ずつでの薬剤変更等、治療原則を逸脱 した薬剤投与が行われた場合は耐性菌が生き残 り多剤耐性結核を作ってしまう事になる。多剤 耐性結核を生じさせないためにもガイドライン に則った治療が重要である。初回強力化学療法 の完遂にむけての努力は勿論であり、副作用等 の場合も安易な薬剤変更は禁物である。
3.多剤耐性結核の診断
結核の治療に際しては、感受性のある薬剤投 与が重要である事は論を待たない。治療前に可 及的に菌を検出し、薬剤感受性検査を施行する 事が望ましい。多剤耐性結核の診断は先述した ようにINH とRFP 両剤に耐性である事でなさ れる。現在、感受性検査は培養で菌が発育した 時点でなされるのが一般的である。このため感 受性検査の判定には標準法である小川培地を用 いた場合、2 〜 3 ヶ月を要し、MGIT 法などの 液体培地を使用した場合も3 〜 4 週かかる。こ のため化学療法を開始しても多剤耐性結核と判 明するまでに耐性菌伝播の危惧が問題となると ころである。
近年、菌の遺伝子変異を検出して薬剤感受性 を判定する迅速法が開発され、臨床応用されつ つある。Choi ら2)はRFP 耐性については喀痰 からのrpoB遺伝子変異検出を行い96.2 %の感 度でRFP 耐性を検出している。結果判定まで の期間は3.8 ± 1.8 日の短さである。INH、EB、 PZA については各々katG,embB,pncA遺伝子 変異解析にて各々63.6 %、69.2 %、100 %の 感度で耐性を検出している。RFP 耐性につい ては本邦でも喀痰でのrpoB遺伝子変異迅速検 出を実地臨床で実施されつつあり、近い将来広 く普及していくものと思われる。
4.治療
多剤耐性結核の治癒率は報告により差違がみ られるが、40 〜 70 %とされている。
治療は、当然イソニアチドとリファンピシン 以外の薬剤が選択される。結核の治療薬は、表 1 に示す如く、序列化されている。但し、レボ フロキサシン(LVFX)は例外で結核菌に対し殺菌作用を有しFirst line 並みの強力な薬剤で ある。リファンピシン(RFP)、イソニアチド (INH)、ピラジナミド(PZA)は最も強力な 殺菌作用を持ち、菌の撲滅に必須である。 First-line のうちRFP とPZA は滅菌的に作 用し、INH とSM は殺菌的に作用する。EB は 静菌的に作用する。多剤耐性結核の治療は、勿 論当該薬剤が感性である事が前提となるが、序 列された薬剤からPZA、SM、EB、エチオナ ミド(TH)、LVFX4 〜 5 剤併用投与が標準的 治療となる。少なくとも3 剤以上が必要であ る。これらの薬剤が耐性の場合はパラアミノサ リチル酸(PAS)、サイクロセリン(CS)の順 に変更する。但し、SM が耐性の場合はカナマ イシン(KM)、エンビオマイシン(EVM)の 順に入れ替える。SM あるいはKM、EVM の アミノグリコシドは6 ヶ月間の限定であり、残 りの薬剤で菌陰性化後18 ヶ月あるいは24 ヶ月 治療する。
表1.抗結核薬
しかし、使用薬剤は大方Second line の薬剤 であり、内科的治療のみでは不成功の事も多い。 6 ヶ月以上排菌が止まらない場合、あるいは病 巣が限局性の場合は、外科的治療も考慮せねば ならない。排菌が停止しても、壁の厚い空洞が 残存し菌の生存の可能性がある場合には再悪化 し病巣が広範囲にならないうちに切除を考える。 肺切除術の適応としては、1)排菌源である硬化 性空洞が周辺の散布性結核病巣を含めて肺葉内 にとどまっている場合、2)散布性病巣が対側肺 を含め、広範囲の場合でも空洞を含む肺切除が 可能な場合、である。肺機能低下のため肺切除 不能例で、肺尖部に空洞が限局している場合は 3)空洞虚脱術あるいは空洞切開術を考慮する3)。
ただ、外科的治療においても手術前後におい て化学療法が必須である。感受性のある薬剤の 中から抗菌力の強い薬剤4 〜 5 剤を用いて、術 前に少なくとも3 ヶ月以上化学療法を行い、で きるだけ菌量を少なくする事が肝要である。そ して術後は最短でも1 年、概ね18 ヶ月ほどの 化学療法が必要である。
症例(表2): 56 歳、男性。3 ヶ月前から咳、 痰あり。検痰にてガフキー10 号。入院時の感 受性検査では全薬剤が感性であったが、排菌持 続。6 月の検体での感受性検査でINH、RFP、 E B に耐性と判明。1 0 月よりL V F X , S M、 TH,PZA に変更。11 月より排菌停止し病態の 改善をみ、治癒した。本例は耐性薬剤が少な く、比較的抗菌力の強い薬剤が残っていた事で 内科的治療のみで軽快したが、内科的治療が奏 功しない場合や耐性薬剤が多い、等の場合は外 科治療を考慮した集学的治療を要する。
表2.多剤耐性結核 56 歳 男性
5.おわりに
世界的に多剤耐性結核(MDR-TB)、超多剤 耐性結核(XDR-TB)が危惧される中、国内 外で新薬の開発がなされつつある4)。新薬の幾 つかは数年以内に臨床導入の可能性があり、克 服に期待がもたれる。しかし一義的には多剤耐 性結核の発生を可及的に少なくする事が重要で ある。このため結核治療に際しては強化化学療 法を厳然と行う事が肝要であり、医療者・受療 者ともこの事を常に念頭におき、原則に則った 治療を中断なく完遂する事が重要である。
文献
1.Tuberculosis Research Commitee(Ryoken):Drugresistant
Mycobacterium tuberculosis in Japan:a
nationwide survey,2002. Int J Tuberc Lung Dis.
2007;11:1129-1135
2.Jeong-Hee Choi, Kyung Wha Lee,et al:Clinical
efficacy of direct DNA sequencing analysis on sputum
specimens for early detection of drug-resistant
Mycobacterium tuberculosis in a clinical setting.
Chest 2010;137(2):393-400
3.中島由規:多剤耐性結核診療のガイドライン(案).
資料と展望 2003 ;(45): 19 − 47
4.土井教生:多剤耐性結核に対する新たな治療薬.
結核 2010 ; 85(2): 131 − 133