琉球大学医学部附属病院地域医療部 武村 克哉*、村山 貞之
今帰仁診療所 石川 清和
三重大学地域医療学講座 武田 裕子
去る3 月2 日(火)および3 日(水)に、そ れぞれ今帰仁村コミュニティーセンター、沖縄 県医師会館において、タイで24 年間地域医療 に従事されているタンロンワラングン医師夫妻 による講演会が開催された。講演会は平日に行 われたにも関わらず、今帰仁では60 名余り、 沖縄県医師会館では40 名余りの方が参加され、 盛況であった。医療関係者のみならず、一般の 方や学生も参加し、地域医療への関心の高さが 窺えた。この誌面を借りて、本講演会の内容を 報告する。
従来の医学教育では、教育の場は大学の教 室、あるいは教育病院である大病院の病棟であ ったが、近年日本および世界各国では、健康問 題の予防・治療の場である「地域」を学習の場 とする地域基盤型医学教育が行われるようにな ってきている。ESD という概念に出会い、地 域医療教育の中に活かせるのではないかと感じ た。WHO の定義によると、健康とは単に疾病 がないことではなく、身体的・精神的・社会的 に良好な状態のことであり、オタワ憲章に謳わ れている健康の前提条件が満たされる必要があ る。持続可能な社会をつくるための教育である ESD の視点は、地域に関わるあらゆる人々に とって必要なものである。三重大学では、文部 科学省国際協力イニシアティブ事業として、 ESD の理念に基づいた地域医療教育モデルを 開発している。タイのウボンラット病院を訪れたときに、医師による地域におけるESD の実 践活動に感銘を受けた。日本では地域医療崩壊 といわれているが、ここに解決のヒントがある と感じ、今回の講演会を企画した。
NPO 法人持続可能な地域づくり事業団代表・
医師 タンティップ・タンロンワラングン先生
ウボンラット病院は、タイの東北部のへき地 にあり、約46,000 人の住民に医療を提供して いる。私は子供の頃、病気で苦労をした体験か らへき地の医者になろうと決め、24 年間ここ で働いている。病院にはボランティアの方が4 名働いている。
ウボンラット病院では、増加する糖尿病患者 のケアをより良くするため、地域ごとに糖尿病 外来の日を決め、その地域の患者約30 〜 35 人 が同じバスに乗り合わせて病院に来院できるよ うにし、エクササイズ、健康教室、歯科衛生士・理学療法士・医師による診察、薬の説明、 フットケア、糖尿病コントロールに成功した患 者宅訪問を1 日で行っている。これらの活動を 通して、医療者側と患者との間に信頼関係が生 まれ、当初患者に指導するという立場で接して いた医療者側が、仲間として接するようになっ ている。
病院内の有機野菜売り場:病院の畑では有機栽培を行い、 意義を理解した村民の間にも有機農業が広がっている。
コンケン・ウボンラット病院
院長 アピシット・タンロンワラングン先生
ウボンラット病院に赴任した当初は、質の高 い医療を提供することが、地域の健康レベルを 上げることだと信じ、「具合が悪かったらすぐ 病院に来るように」と話していた。しかしその 考えは間違っていた。患者が増え、一人ひとり に十分な時間をかけられず、医師も看護師も皆 疲弊してしまった。患者調査をしたところ、治 療しなければ亡くなっていたと考えられる人が 約1/4 の割合を占めていた一方、治療してもし なくてもよくなっていた人が約3/4 の割合を占 めていた。地域のヘルス・センター、薬売店、 伝統療法師と協力し合うことで、病院を受診す る患者数を減少させることができ、診療の質の 確保、健康増進や予防活動などに力を注ぐこと ができた。地域を健康にするために、地域に伝 わる知恵も活用している。デング熱の流行を抑 えるため、ボウフラを食べる魚を教えてもら い、村民に配り、住居近くの池で飼うようにし てもらったところ、デング熱の患者数を激減さ せることができた。
昔は、お金が手段ではなく、目的になってい る時代があった。若者は都会に出稼ぎに行き、 家族が離れ離れとなった。中には薬物中毒にな り、HIV に感染して帰村する例もあった。その ような中、持続可能な発展、つまりずっと地域 が栄えていくような暮らし方をする人たちが出 てきた。成功した村民は役に立つ知識を皆で分 かち合い、村が豊かになった。若者が村に戻る ようになり、家族皆が一緒に幸せに暮らせるよ うになっている。障害があっても働く場があり、 自然と共に暮らし、地域の中で助け合うコミュ ニティーが生まれた。地域の住民が力を合わせ ることで、健康で、幸せに暮らすことができる。
以上が、講演会の内容である。講演の後、両 会場とも活発な質疑応答が交わされた。タイと 日本の背景は異なるため、日本で同様の活動を 広めるのは困難なのでは、という質問も出た が、タンロンワラングン医師夫妻は具体的な例 を挙げ、「日本や世界の他の国にも、私たちが 大切に思っていることを同じように大切に思っ ている人がたくさんいる。皆が手を取り合い、 活動を広げていくことで地域を良い方向に変え ていくことができる」と述べられた。
今帰仁の講演会では閉会の辞のなかで、北部 地区医師会上地博之副会長が、「タイでの取り組 みは、まさに沖縄の“ゆいまーる”の心に通じ る」と述べられた。県医師会館での講演の最後 に、この講演から考える地域医療再生のポイン トを、企画者(武田)は以下のようにまとめた。
1)健康であり続けるために地域で取り組めるこ とは何か、共に考え、地域の中で活動する。
2)住民は、地域の医療機関が機能し続けるため に自分たちがなすべきこと、できることを考 え、行動に移す。
3)医療者は、地域の健康課題とニーズに沿った
働きかけを行うことで、地域の力を引き出す。
参加者からは、「豊かさ」「健康」「幸せ」と は何かを考える良い機会になった、心を揺さぶ られた、今までに聞いたことのない感動的な講 演だった、などの感想を頂いた。最後に、この 講演会開催にあたり、多くの方に大変お世話に なった。この場を借りて厚く御礼申し上げる。
タイでは、国王により自助自立を促す 「足るを知る経済Selfsufficiency economy」が進められ、 自分が持っている資源を有効に活用し、庭で野菜、 きのこ、家畜、木などを大切に育てている。