沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 5月号

肝臓週間(5/17 〜 5/23)に因んで
〜お酒を飲まなくても起こる危険な脂肪肝 それは脂肪肝炎(NASH)〜

林成峰

沖縄県立南部医療センター・こども医療センター
林 成峰

1.用語とその歴史

1980 年にLudwig が、多飲歴がない(週1 回 以下)にもかかわらず組織学的にアルコール性 肝炎に類似し、肝硬変へ移行した原因不明の20 症例をまとめ、非アルコール性脂肪肝炎(Non Alcoholic Steatohepatitis ;以下NASH ;ナッ シュと読む)と呼んだ。更に、1 9 8 6 年に Schaffneer が、飲酒歴のない(20g/日以下)に もかかわらず、アルコール性肝障害に類似した 組織像を示す多岐の成因による疾患群をまとめ て非アルコール性脂肪性肝疾患(Non Alcoholic Fatty Liver Disease ;以下NAFLD ;ナッフルドと読む) と命名した。 NAFLD はメタボリックシン ドローム(表1)が肝臓に現れ た一つの表現型であるが、薬 剤(タモキシフェンなど)、中 心静脈栄養、極端な栄養不良、 C 型肝炎やアルコール性肝炎 でもNAFLD と同様な病態を 示すことが明らかになっており、進行し肝硬変へと進展しうる疾患である。

表1 メタボリックシンドローム

表1

2.NASH の疫学

本邦において、とくに高頻度に脂肪肝を合併 するBMI25 以上の肥満人口は2,300 万人(男 性1,300 万人(ここ20 年で1.5 倍に増加)、女 性1,000 万人(横ばい))で、うち約2,000 万 人が脂肪肝を有し、その約半数の1,000 万人が NAFLD、さらにその8 %にあたる80 万人が NASH と推測されている。男女差はなく、女 性の方がNASH への移行率が高く、脂肪肝か らN A S H に至る期間も短い。N A S H は NAFLD の重症型と考えられ、近年、生活様式 の欧米化に伴い、本邦でも確実に増加している 疾患である。

3.NASH の発症機構

1998 年にDay らの提唱したtwo hit theory が最も支持されている。first hit として脂肪肝 が起こり、そこに何らかの炎症を誘起する因子 second hit が加わって発症するとするもので、 肝の脂肪沈着は肥満、高脂血症、2 型糖尿病、 薬剤などで起こり(表2)、そこに脂質代謝異常、TNF-αなどのサイトカイン、インスリン 抵抗性、CYP2E1 異常や鉄代謝異常によるフ リーラジカル産生などの因子が加わりNASH が発症すると考えられている(図1,図2,図3)。

表2 脂肪肝/脂肪性肝炎の病因

表2
図1

図1 内臓脂肪の蓄積とNAFLD

図2

図2 NAFLD における脂肪酸代謝の異常
CM :カイロミクロン、CM rem :カイロミクロンレムナント、DNL :脂肪酸de novo 合成、 HSL :ホルモン感受性リパーゼ、Ins 抵抗性:インスリン抵抗性、MTP : microsomal triglyceride transfer protein、FA :脂肪酸、FFA :遊離脂肪酸

図3

図3 NAFLD におけるROS の生産経路とNASH 進展への関与
ROS : reactive oxygen species

4.NASH を疑う血液所見

NAFLD やNASH には特別な症状がないた め、まず脂肪肝や軽度の肝障害があればウイル ス性肝炎や自己免疫性肝炎、さらにヘモクロマトーシスやWilson 病などを 否定する必要がある(図4)。 ただし、NASH の20 %前後 は抗核抗体が陽性(160 倍 以下)である。

脂肪肝は、超音波検査での 肝腎コントラストや肝内脈管 の不明瞭化以外に、肝CT 値 /脾CT 値が0.9 以下であれば 単純性脂肪肝と診断できる。

特に以下のような症例や、 背景疾患の改善にもかかわ らず肝障害の持続する症例、 もしくは血小板数の減少、 ヒアルロン酸の上昇など肝 線維化が疑われる症例、高 齢者(特に女性)、インスリ ン抵抗性など耐糖能障害の ある症例、肝機能低下症例 では積極的に肝生検を考慮 すべきである。

1)生化学検査; A L T 、 AST 高値、ALT/AST 比 が1 以下、血小板数の低 下、ヒアルロン酸の上昇。

2)背景因子に関連した検 査;肥満、糖尿病、高脂 血症、高血圧などの重複 合併。

3)病態に関連した血液検査マ ーカー;インスリン抵抗性 (HOMA − IR)、高感度 CRP 高値、酸化ストレス マーカー高値、アディポサ イトカイン異常(アディポ ネクチン低値、レプチン高 値、TNF-α高値)など。

図4

図4 NAFLD のスクリーニング診断

5.NASH の病理所見

核よりも大きな大滴性の脂肪滴を伴う肝細胞 が30 %以上認められれば、画像診断で脂肪沈 着症(steatosis)と認識でき、脂肪肝と診断 されるが、病理学的にみると、肝細胞の10 % 以上に大滴性の脂肪滴を認めれば脂肪肝と診断 される。NAFLD は、単純性脂肪肝(Simplesteatosis)と、肝細胞変 性・壊死、炎症や線維化を 伴うNASH に大別される。

1980 年にLudwig らは、 非飲酒者で、大滴性脂肪変 性、肝細胞風船様腫大(中 心静脈周囲: Zone 3 が 主)、炎症性細胞浸潤(中心 静脈域; Zone 3 が主)、中 心静脈周囲の肝細胞周囲性 線維化、リンパ球・好中球 の炎症性浸潤がみられ、時 にマロリー体を有する例が あると報告している。線維 化においては、アルコール 性肝障害と類似しており、 肝細胞周囲性、中心静脈周 囲性、門脈域からの星芒状 に伸びる線維化が特徴的で ある。

6.NASH の予後

単純性脂肪肝であれば病 的意義はあまりないが、 NASH に進行した場合には 5 〜 10 年後に5 〜 20 %が肝 硬変へ移行し、5 年生存率 67 %、10 生存率59 %であ る。病態の進行とAST ・ ALT は相関しないことがあ り、注意を要する。最も重 要な予後は、線維化の重症 度により異なる。

7.治療法

1)食事療法;動物性脂肪と糖類を控える。低鉄 栄養療法も血清ALT 値およびIV 型コラー ゲン値を改善させ、さらに酸化ストレスのマ ーカーである8-OHdG を正常化する。

2)運動療法;最大心拍数が(220 −年齢)× 0.7 〜 0.8 になるよう、ジョギングや早歩きを1 時間程度、週3 〜 5 回行い、体重を5 %(月 2 〜 3kg 程度)減少させれば内臓脂肪を減少 させ、インスリン抵抗性の改善にもつながる。

3)薬物療法;以上の治療でも改善なくば使用す る。肝庇護作用をもつウルソデオキシコール 酸(600mg/3)はNASH の生化学検査成績 や肝組織所見を改善させると報告されたが、 その後の無作為割付試験では有効性が確認さ れていない。その他、インスリン抵抗性改善 薬のピオグリタゾン(15 〜 30mg/1)、抗酸 化作用を持つVit E 製剤のニコチン酸トコフ ェロール(300 〜 600mg/3)、肝臓でのコレ ステロール合成を抑制し、LDL の酸化抑制 などの抗酸化作用とALT 低下作用のあるプ ロブコール(500mg/2)、特にタモキシフェ ンによるNASH に有効であるベザフィブラー ト(400mg/2)、NASH の総コレステロール とALT を低下させ、肝組織所見をも改善さ せるプラバスタチン(10 〜 20mg/分1 〜 2) などを用いる。アトルバスタチン(10 〜 20mg/1、家族性高コレステロール血症なら Max 40mg/1 まで)は、高脂血症合併NASH のALT、γ-GTP を低下させ、脂肪沈着の 画像所見を改善する。防風通聖散(7.5g/3) は、白色脂肪細胞に蓄積した中性脂肪を分解 して体脂肪を減少させ、褐色脂肪細胞の熱産 生を促進し、基礎代謝を亢進させることによ り体重を減少させる作用があるが、NAFLD に対する有効性は確認されていない。タウリ ンは小児の脂肪肝に有効との報告がある。

4)瀉血; NASH 患者では、肝臓に鉄が過剰に 蓄積し、血清フェリチン値やトランスフェリ ン飽和度が上昇していることが多いが、十二 指腸粘膜でのDMT1 などの発現の上昇で消 化管からの鉄吸収が亢進し、3 価鉄による酸 化ストレス(ヒドロキシラジカル)が細胞障 害、線維増生、核DNA 障害をもたらすこと によりNASH が発症・進展するとも考えら れている。1 回に全血400 〜 500mL(鉄含量 200 〜 250mg)瀉血するが、最初は週1 〜 2 回施行し、血清フェリチン50ng/dL、トラ ンスフェリン飽和度45 %以下を目標に反復 する。目標達成には2 〜 3 年を要し、その後 の維持療法として2 〜 3 か月に1 回施行する。 ヘモグロビン値が11g/dL 以下にならないよ うに注意する。

いずれにせよ、確立されたNASH のスタ ンダードな治療はまだない。

8.最後に

症状や脂肪肝、飲酒歴が殆どなくても、 NASH は、肝硬変、肝不全、移植を要する病 態に進行する可能性があり、採血と画像所見、 背景疾患などの総合的評価で単純性脂肪肝を除 外し、必要であれば早期に肝生検を行い、治療 方針を立てることが、「気づいたら手遅れだっ た肝硬変」にしない予防策と考える。

【参考文献】
NASH ・NAFLD の診療ガイド(2007 年 第6 刷)
日本肝臓学会 編  文光堂
NASH とその類縁疾患 伊藤進 メディカルレビュー社
今日の診療CD-ROM 版医学書院