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滋味あふれる沖縄の記憶

稲田隆司

かいクリニック 稲田 隆司

誰にでも各々に心に残る記憶があると思う。

その記憶が今を励ます場合も、あるいはその 痛切さが今も心にせまり突き動かす場合も、記 憶は様々に人を誘い影響を与えている。

この本は、その見識と実践で地域精神医療を 支えてこられた著者の心像に留まる記憶をめぐ る物語である。同時にそれは、70 数年に渡り 沖縄を生きた一人のウチナーンチュの活々とし た時代の記憶でもある。

ゆうなの木陰でお年寄りが世間話をし、主婦 達が集い、子ども達は木登り、コマ回しとまだ のんびりとした昭和17 年の首里の風景、「ゆう なの木陰はこうして歓喜の場であったが、夕餉 のときが近づくとみんなが帰り、人影の絶えた 木陰には静寂が戻ってくる。そしてそこには夜 のしじまが訪れるわけだ。」

この一節で閉じられる始まりのエッセイは、 やがて訪れる沖縄戦の暗転を示すかのようだ。 あの歓喜はどこへ行ったのか。何者が奪ったの か。そして「対馬丸の僚船にて」と題する疎開 学童・城間少年の不安、暗い洋上の暁空丸の甲 板からみた大きな明かり、「船員が寄ってき た。−中略−「昨夜の明かりは対馬丸が潜水艦 にやられて沈む火だったんだ」とも言った。み んな唖然とした。『まさかあの対馬丸が…』言 葉が続かなかった。」自身もその場に居るよう な緊張を覚える一文である。戦後、復興の時、 首里高時代、文学へのあこがれ、登山に没頭し た医学生の頃、教育論、ウチナー諺、日々の暮 らし、どれも読み応えがあり、文は人なりとい うけれども著者の寛容が伝わってくる。なかで も「『クサティ』に思う」は、「ワラビンチャー ヤ(子ども達は)、ウヤ クサティシワル(親 をクサティしてこそ)、ウフヤシク ナインド ー(おだやかな心持ちになれるのだよ)」と祖 母の言葉をひき、クサティ(後ろ盾)を論じる が、幾重にも著者の沖縄への愛情が感じられ、 しみじみとする思いで読み終えた。

著者素描
城間政州(しろま まさくに)
1933 年生、那覇市首里崎山町育ち
精神科医、城間医院院長
岡山大学精神科神経病理研究室出身
広島県府中総合病院精神科
兵庫県西宮市有馬病院
国立療養所琉球精神病院
1977 年より現職
主なる所属団体
 日本精神科診療所協会
 沖縄外来精神科医会
 日本精神分析学会
 沖縄エッセイストクラブ
 日本尊厳死協会
著 書
 メンタルヘルスを語る(平成2年 沖縄高速印刷)
 こころの時代に寄せて(平成5年 那覇出版社)