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指導医の立場から

三戸正人

ハートライフ病院 三戸 正人

平成21 年も終わりに近づき、研修医の先生 方も一般的な救急診療が行える時期になってい ることと思います。自分たちが研修医の頃に は、指導医のまねをして覚えるものだった蘇生 の方法も、今はB L S 、A C L S ( I C L S )、 JATEC、JPTEC などで多くの場合、間違いの ない蘇生の方法、初期診療もOff-the job training で勉強できるいい時代です。

「どなたか医療関係者の方、機内におられま したら・・・」に、手を挙げられる医者になれ ていますか?

テレビや映画ではよくあるシーンですが、自 分は10 年医者をしてきて今までその現場にあ たったことがありませんでした。調べてみる と、頻度的には1,000 便あたり国内線で1.05、 国際線で5.49、そのうちドクターコールがかけ られるのは半分のケースだそうです。

つまりこれから医師として40 年間、毎月飛 行機に乗って(12 ヶ月× 2[往復]=24)はじ めて遭遇できるかもしれない大変貴重な経験 で、次の機会にリベンジできるチャンスはまず ないということになります。

そんな現場にあたれる機会は一生のうち何回 もあるものではないけれど、運が良ければ明日 の飛行機であたるかもしれません。

貴重な機会をいかせるように、事前学習、心 の準備をしておきましょう。

航空機内は、大体気温24℃、湿度10〜 20%、 機内圧0.8 気圧に調節されているそうです。0.8 気圧というのは、標高2,400m(富士山の五合 目)くらいで、空気中の酸素分圧は低下し、体 内のガスは約30 %膨張している状態です。

通常より低酸素の状態になるため健康な人で は心拍数、呼吸回数、心拍出量、換気量を増加 させることで自然と代償しているのですが、 COPD や心疾患をもった患者さんでは、代償が 効かず呼吸困難や心筋虚血の症状が生じやすく なります。

また体内ガスの膨張により、閉鎖空間に閉じ 込められた空気が増悪させる疾患である中耳 炎、副鼻腔炎、歯痛、腹痛は増悪する傾向があ り、自分が経験した症例は虫垂炎のおそらく穿 孔でした。

他には湿度が低いために、皮膚、気管の乾 燥、脱水、痰の粘稠化などをきっかけにCOPD が急性増悪をすることなどに注意が必要です。

航空機内でドクターコールがかかる疾患とし て頻度の高いものは、

1)意識障害(一過性、迷走神経反射、低血糖)、 2)痙攣、3)気分不快、4)腹痛・背部痛、5)胸痛・胸部不快、6)呼吸困難(喘息、気胸)、7) 下痢・嘔吐、8)頭部外傷(棚から落ちてくる物 での)、9)頭痛、10)精神科関連(過換気、恐怖 症)となるようです。

入っていませんね、エコノミークラス症候群 (深部静脈血栓症)。

最近の調査では長時間の航空旅行でも脱水を 予防するために水分をとらせたりする効果もあ り、深部静脈血栓症の発生頻度は低くなってい るといわれています。

ドクターコールがかかった患者の重症度につ いても、全日空から報告がでています。1993 年 からの5 年間で医師によりドクターズキットが 使用された頻度は11.6 %、2.3 %で緊急着陸がなされ、0.6 %で死亡者がでたということです。

現在は、客室乗務員は2 年毎に心肺蘇生の教 育をうけ、2001 年からはAED も装備されてい ることよりこの報告より死亡者の頻度は低下し ているものと考えられます。

緊急着陸がなされた疾患の頻度では

1)循環器疾患(胸痛、狭心痛) 20 〜 46 % 死因の第一位

2)神経疾患(失神、痙攣、めまい) 15 〜 35 %

3)呼吸器疾患(喘息、COPD 増悪) 5 〜 15 % 死因の第二位

4)その他(消化器疾患、アレルギー、低血糖、 頭部外傷など)となっています。

このような疾患が疑われた場合には、緊急着 陸を勧めることになりますが、一回の緊急着陸 にかかる費用は1 回当たり130 万〜 800 万円 (1$=¥90)とされ、乗客や航空会社に多大な 犠牲が発生します。緊急着陸をすすめるべきか 判断に迷うときには、航空機内から地上にいる 航空医学に精通した医師に連絡を取り、アドバ イスをもらえるサービスもあることを知ってお くことはとっても重要です。

30 名以上の乗客をのせる航空機内にはドク ターズキットとよばれる医薬品、医療器具のは いったケースがあり医師が必要とした場合に運 ばれてきます。キットには緊急医薬品、注射 液、点滴セット、気道管理セット、簡単な外 傷、縫合セット、手袋などが含まれています が、隣にいてくれるのは看護師さんではないの で、「あれちょうだい」「○○(薬剤名)とっ て」は通用しません。すべて自分で準備して点 滴をはじめなければいけません。薬剤はすべて 一般名、英語表記ですので、救急で使う薬剤は 一般名で覚えておく必要があります。ちなみ に、よく使われる薬剤としては鎮痙剤、補液、 抗ヒスタミン薬とされています。

また、他の乗客の方がいるので、混んでいる 場合、横にして休ませるためには床に寝かせる しかありませんが通路はとても邪魔になりまた 目立ちます、お勧めされるのはgalley とよばれ る調理室ですが、ストレッチャーもスクープも ないため具合の悪い患者を移動させるのはとて も大変です。

航空機内医療のプロや救急医と乗りあわせる なんて幸運に恵まれないほとんどの場合、誰も がはじめて経験する航空機内医療の現場では、 限られたスペース、限られた設備でといろいろ 大変なこともありますが、Do No Harm を原則 にし、柔軟に対応しましょう。

最後になりますが、航空機内のアルコールは 酔いが回るなぁと思う方は多いのではないでし ょうか?これは、飛行機内の気圧の低下、酸素 分圧の低下、アルコールの利尿作用による脱 水、心拍数増加、旅の疲れなどが関与している とされていますが実際はよくわかっていないよ うです。ただ、ドクターコールがあったとして も、アルコールを飲まれた方、眠剤を飲まれた 方は避けた方がよいとされているのでご注意を。

次に「どなたか医療関係者の方・・」とコー ルがかかったときには、こんな貴重な経験はも う一回はできないぞと前向きに考え、ぜひ手を 挙げられる医者になれるよう、がんばって勉強 しておきましょう。

参考文献)
1)Keith J. Ruskin, M.D., Keith A. Hernandez, M.D., Paul G. Barash, M.D. Management of In-flight Medical Emergencies Anesthesiology 2008; 108:749 -55
2)3 万フィートの先進医療(機内でのEmergency に対応する)
3)Adi Y, Bayliss S, Rouse A, Taylor RS: The association between air travel and deep vein thrombosis: Systematic review & meta-analysis. BMC Cardiovasc Disord 2004; 4:7
4)http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/lounge/hard/hard2/index_kenko.html
5)Dowdall N: “Is there a doctor on the aircraft?” Top 10 in-flight medical emergencies. BMJ 2000; 321:1336-7
6)大塚祐司:航空機内での救急医療援助に関する医師の 意識調査〜よきサマリア人の法は必要か?〜 宇宙 航空環境医学41:57-78, 2004
7)Page RL; Management of inflight medical emergencies on commercial airlines N Engl J Med 2000 Oct 26;343(17):1210-6.