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世界保健デー(4/7)によせて

島袋全哲

北部福祉保健所長 島袋 全哲

世界保健機関(WHO)の発足した1948 年4 月7 日を記念して、その日を世界保健デーと決 め、世界中において多彩な催しが繰り広げられ ています。

WHO の掲げた今年のテーマは、「進行する都 会化と健康を考える」です。都会化とは本来、 産業・経済の発展により農村地域が都会地域に 変化することですが、人口の都会化は、都会人 口が相対的に増加することをいい多くの課題が あり、先進国に比べ途上国において進んでいる といわれます。都会人口は、2007 年には世界 人口の半分を超え、2030 年までに世界人口の 60 %が都会に住んでいることになると予測さ れています。

都会化と経済格差

都会化の進行により様々な健康問題の発生が 危惧されます。都会の健康問題として、新型イ ンフルエンザや結核などの感染症の蔓延、不健 康な食生活と運動不足による生活習慣病の増 加、ストレスによるうつ病など精神疾患の増加、 光化学物質による環境問題などがあります。

一昨年秋以降の世界的経済不況のなか、これ まで比較的「平等社会」といわれてきた我が国 でも市場原理や競争原理を強化する経済政策に よって、「経済格差」が広がっていると指摘す る識者がいます。

健康格差を検証する社会疫学

近年、「格差社会」の広がりとともに公衆衛 生領域においては、「健康格差」について関心 が持たれています。集団や個人の健康に社会の 状況が影響を与えるという、公衆衛生的課題を 疫学で検証しようとする社会疫学という分野が あります。社会疫学の確立に寄与した代表的な 研究として、マーモットらによる「健康の社会 階層間格差に関する研究」、バークマンらによ る「社会心理的要因の健康影響に関する研究」 があります。後者は個人のもつソーシャルネッ トワークの量と死亡リスクとの間に量・反応関 係のあることを観察しています。

昨年8 月に今帰仁村にて地域疫学国際ミニシ ンポジウムが開催され、「不平等が健康を損な う」の著者である、イチローカワチ氏の講演を 聞く機会がありました。日本人の長寿の秘密 は、ロゼト効果にみるように日本の伝統的な社 会的結束や沖縄の「ユイマール」に求めること ができるのではないかという内容でした。

ロゼト効果

ロゼトとは1882 年に1,600 人ほどのイタリ ア移民によって形成されたペンシルバニア州の コミュニテイです。その地域における1935 〜 85 年までの50 年間の地域コホートスタデイか ら、そこの人々は他の地域より低い収入と教育 歴で、そのうえ飽和脂肪酸の割合の高い食生活 にもかかわらず虚血性心疾患の死亡率は約半分 でした。その理由として考えられることは、こ の地域社会は移民特有の連帯感が尊ばれていた のと、格差を見せつけない規範意識があったこ とです。

ところが、ロゼトにも時代とともに消費文明 が入り込み、社会格差は拡大し、地域の連帯感 は崩れていきました。それにつれて心臓病発生 率は近隣の町のレベルに追いついてしまいまし た。つまり社会経済的な格差の広がりとともに、物質的な生活水準の向上と引き換えに健康 上の特典はなくなってしまったのです。

地域力を高める必要性

これまで強い社会的結束を持ち、高水準の平 等社会を維持してきた日本は、90 年代のバブ ル経済崩壊後の所得格差や教育格差の拡大、雇 用の不安定化、公共サービスの民営化などが生 じ、日本人の健康レベルは近い将来危機に直面 する可能性があると、前述のイチローカワチ氏 は警鐘を鳴らしています。今年の世界保健デー を契機に、社会疫学によって検証されつつある 日本の「健康格差」について関心を払う機会に したいものです。

公衆衛生に携わるものの責務として、微力な がらこれからもソーシャルキャピタル(社会関 係資本)を向上させる方策を考えながら、関係 機関、地域の人々と連携を強化し、健康づくり を推進していきたいと思います。