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平成21 年度医療政策シンポジウムに参加して
テーマ:国のありかたを考える−平時の国家安全保障としての医療

安里哲好

中部地区医師会長
沖縄県医師会常任理事 安里 哲好

去る2 月5 日、日本医師会館において、標記 シンポジウムが開催された。

唐澤人日医会長の主催挨拶の後、宇沢弘文 先生による「社会的共通資本としての医療」と 題しての特別講演があった。宇沢先生は東大3 年の時、医学部志望コースにいたが、理学部数 学科に進み、経済学者になられた。ケンブリジ 大学、スタンフォード大学、カルフォルニア大 学、シカゴ大学、東京大学で学び教職に就いて いる。文化功労章、文化勲章を授与しており、 昭和天皇陛下やバチカン法王ヨハネ・パウロに 招かれて考えを聞かれたと話されていた。病め る人への強い思いとそれを支える医療従事者へ の畏敬の念も持ち、それでいて数理経済学者で あり、哲学者である。半世紀来の世界の経済に 精通しており、ノーベル賞級の経済学者の同僚 や友人が多い。素晴らしい講演の中で強く印象 に残ったのは、「社会共通資本としての医療」、 「イギリスのNHS の歴史」、「日米構造協議」の 3 点であった。「社会共通資本としての医療」は 二つの要件があり、第一は人々がそれぞれ置か れている経済的、社会的条件にかかわらず、そ のとき社会が提供できる最高の医療を受けるこ とができるような制度的、社会的、財政的条件 が用意されていること。第二はヒポクラテスの 誓いを誓って医の道を志した医師が、医師とし て、また一人の人間として、その生きざまを全 うできるような制度的、社会的、経済的環境が 整っていることと話されていた。「イギリスの NHS の歴史」においては、NHS 制度は、創設 以来しばらくの間、イギリスの人々だけでな く、世界の多くの人々の希望と夢を支えて、理 想的な医療を提供したように見えた。しかし、 財政的な理由から官僚的管理が厳しく、医師、 看護師などマンパワー、医療施設・設備の不 足、それに伴う医療サービスの質の低下を招 き、NHS の崩壊の道をたどった。今、イギリ スはNHS の立て直しを図っているが、一度崩 壊した医療の現場を回復させることは極めて厳 しい状況にあるのは周知のとおりであろう。 「日米構造協議」に関しては、日本の生産性を 上げない公共投資にGDP の10 %を当てろと言う要求に、時の政府は1990 年代に630 兆円を レジャーランド、利用者のいない大規模な公共 施設、道路、第3 セクター等に無駄遣いした。 巨大なバブル経済の形成・崩壊と社会倫理の喪 失を生じ、結果として莫大なる負債と財政危機 を招いていると述べており、米国の支配下にあ ると思われる時の内閣府および自民党の有様を 如実に語っている感がした。

武見敬三先生は久しぶりにお顔を拝顔したが 元気そのものであった。国境を越えた、人間の 安全保障としての健康が必要とされる時代が来 ている。保健・医療問題の地理的拡大と拡大ス ピードの加速化の今日にあり、WHO のみなら ず、国連・政府機関以外にも保健医療機関が台 頭して来ていて、非公式の協議を持っていると 述べていた。洞爺湖サミットの時、保健システ ム強化に向けたグローバル・アクションに際し 各省の横断的連携と国際的なタスクホースを組 織したと話されていたが、もう一度、講演を聞 かないと理解できないところが多々あったが、 いつものように情熱的な講演であった。

佐藤優氏は日本国家の現状とロシアの医療、 そして中間組織としての日本医師会について語 っていた。明治以来国家を支配するのは試験に 合格し、天皇に任命された人たち官僚であっ て、国民は有象無象ゆえ、国民に選ばれた代表 (政治家)も有象無象であると考えられている。 民主党は偏差値5 以上で、力が官僚に近く、民 意も得ていて、官僚政治からの脱却・変革が期 待されるも、集合的無意識の中にファシズムが 進んでいるのが危惧される。ロシアは軍医のネ ットワーク、専門医のネットワーク、看護師か ら医師になった草の根医師ネットワークがあ る。ロシアの医療に比べ、日本の医療は地域の 一診療所におけるまで素晴らしい。日本医師会 は職能集団、知的集団かつ集合的集団で他に無 い中間組織である。民主主義を維持するのは、 仲間を守る中間組織が普通の日本人が住みやす い日本を創ることが大切だ。日本医師会は、政 治に強く訴え日本の社会を牽引して行く力と使 命がある。集団的エゴイズムと言われたり、医 療過誤関連の裁判で委縮している、大義名分と 個別利益(日医の利益)に正当性があれば遠慮 なく強く主張すればよい。政党支持に対しては 距離を置いたらどうかと話されていた。資料も スライドも準備せず、首を傾けながら眼を大き く開き、両手でテーブルの両脇をつかみ講演さ れている姿が印象的で、外交官は、機密が漏れ ると大問題になるので、重要なところは資料を 準備せず、頭の中に留める習性があると話して おり、佐藤氏の頭脳はさぞかし大きな記憶収納 庫を有しているのだろうと思い感嘆した。

3 人の講演はどれも素晴らしく、郡市医師会 の枠での参加であったが、県医師会と地区医師 会の役職を兼ねている御利益も時にはあるもの だと感謝の気持ちを抱きつつも、十分にその内 容を会員に伝えられないのが残念です。毎年、 数ヵ月後に医療政策シンポジウムの小冊子が日 医から発行されますので、ご一読ください。

印象記

宮城信雄

会長 宮城 信雄

「国のありかたを考える−平時の国家安全保障としての医療」をテーマに日医会館でシンポジ ウムが開かれ参加をしてきたので印象を記す。

宇沢氏は「社会的共通資本としての医療」と題して特別講演をされた。旧制高校の体験談から 話始めた。氏は医学部にも進学出来るコース(理科乙類)にいたが、進路を変えて経済を専攻す ることにしたようである。敗戦後進駐軍が一校を接収しにきた時に阿部校長が教育の大切さを訴 えて収容を諦めさせた話などやアメリカの学校教育の指導者の思想に福沢諭吉の考え方が影響を 与えていた話などが興味深かった。

「社会的共通資本」の重要な構成要素は教育と医療であり、「人間的に魅力ある社会を持続的、 安定的に維持することが可能にする自然環境や社会的装置」と説明された。

増え続ける医療費抑制のためにサッチャーが改革に乗り出し、結果的にイギリスの医療は崩壊 をしてしまった。1987 年にブレア首相が行き過ぎを是正したが、一度壊されると回復するのは困 難である。サッチャーの改革を考えたのはアラン・エントホーフェンというアメリカの経済学者 で「ヴェトコン」一人をいかに効率的に殺せるかを考えた人物である。こんどはイギリスで患者 が死に至るまでの医療費を最小にすることで医療費を抑制しようたしたのである。これと同じ考 え方が小泉・竹中路線であったと話された。

佐藤優氏は講演を始める前に前日検察が小沢民主党幹事長を不起訴としたことを一応評価した。 今回の騒動は誰が日本国家を支配するかをめぐる二つの勢力間の権力闘争であると断定した。第 一の勢力は検察によって代表される官僚群、第二の勢力は国民に選ばれた政治家が国家を支配す べきだとする群で取りあえず小沢氏が生き残ったことを評価したものである。日医に対しては職 能団体として会員の利益になるような政策と同時に国民に支持される政策を打ち出すべきであり、 この二つの連立方程式を解くことができればどの政党が政権を担っても影響力を発揮することが できると述べ、日医にはその力があると強調された。これからの日医のあり方にとって非常に示 唆に富む内容であった。