沖縄県立南部医療センター・こども医療センター耳鼻咽喉科医
又吉 重光
耳鼻咽喉科にとって、耳は最も重要な領域を 占めています。
耳の日にちなんで、耳の症状と疾患、そして 代表的な中耳炎の症例を話しましょう。
耳の症状には、かゆみ、耳痛、耳漏、難聴、 めまい、顔面神経麻痺などがあります。
耳がかゆいだけの場合は、外耳道に湿疹、皮膚 炎、鼓膜炎があります。外耳道を清掃後に、ステ ロイド軟膏、抗生剤の点耳などで治療します。
耳痛があれば、最も代表的な疾患、急性中耳 炎、小児に生じることが多いものです。夜間の 救急外来では、鎮痛解熱剤、抗生剤でまず加療 されています。耳痛が激しければ、鼓膜切開を 行います、鼓膜は発赤、膨隆、中耳内に膿が貯 留、充満しています。切開することによって、 排膿され、痛みが大部軽減します。
耳漏は中耳炎の症状です。急性中耳炎の発症 時、慢性穿孔性中耳炎の経過中に生じます。慢 性穿孔性中耳炎の耳漏は、抗生剤の点耳を中心 に加療します。しかし穿孔あるため、耳漏は再 発、特にカゼを引くと、鼻漏とともに、急性上 気道炎の一つの症状として、慢性疾患の急性増 悪として生じます。そのため、穿孔性の耳漏は 鼓膜形成術で治療します。
耳漏の抗生剤の選択について、最近は MRSA 含めPISP,PRSP など薬剤耐性菌が増 えてきています。特に慢性的経過の症例は耐性 菌のことが多いように思われます。初診時に細 菌培養、感受性検査なども始めておきます。結 果が出たら、抗生剤の再検討を行います。
難聴が主訴の中で最も多い症状です。耳垢塞 栓は外耳道の穴に耳垢が詰まった状態で、耳垢 を除去すれば聞こえは正常に回復します。その ときの鼓膜は正常のことが多いです。
急性中耳炎の訴えとしては耳痛が前面に立っ て、聞こえは其の時には2 番目の状態です。し かしその後、急性炎症が軽快後、中耳腔に薄黄 色、無菌性、透明な水様液が貯留し、聞こえが 悪いことに患者様は気がつきます。これが滲出 性中耳炎です。
滲出性中耳炎は小児に最も多く、年配の方に も意外と生じています。小児は痛みには訴える 表現をしますが、聞こえにくいことには無頓着 です。母親が聞こえにくいのではと、連れてこ ない限り発見されません。自然軽快のこともあ り、鼻漏の治療をしながら軽快することもあり ます。鼓室内貯留液、鼓膜陥凹などが軽快しな ければ、鼓膜切開、鼓膜チューブ留置術が必要 なこともあります。貯留液が消失すれば聞こえ は正常となります。
慢性穿孔性中耳炎の聞こえは、20db 〜 60db の幅広い範囲にばらついています。鼓膜穿孔の 大きさ、残存鼓膜の瘢痕、耳小骨の欠損、固着 などが影響しています。聞こえの改善、耳漏の 停止を希望あれば、鼓膜形成術、鼓室形成術が 行われます。
中耳炎の中で、最も危険な中耳炎として、真 珠腫性中耳炎があります。真珠腫は扁平上皮の 体内方向への侵入で形成され、その腫瘤の増大 と伴に、周辺の中耳器官、側頭骨を破壊、機能 低下状態にしてしまいます。その結果、聴力の 悪化、めまい、顔面神経麻痺、髄膜炎、脳膿瘍 などを生じることがあります。30 年程前は、こ のような顔面神経麻痺、脳膿瘍が生じた症例も ありましたが、以後はほとんど無いようになりま した。受診環境が改善した結果と思われます。
最後に、最近興味ある代表的な症例を経験し ましたのでお話します。
4 歳男子、母親が聞こえ難いとのことで来院 しました。“いただきます”など言えると話し ていました。鼓膜は両側とも鼓膜貯留液が透見 でき、鼓膜の陥凹は少し認めました。両側滲出 性中耳炎の所見です。ある程度成長すれば純音 聴力検査ができ、聴力を正確に判定できます が、4 歳ではその検査が不可能でした。そこで、 睡眠剤を内服後に、ティンパノグラム、耳音響 放射(DPOAE)、聴性脳幹反応検査(ABR) を行いました。ティンパノグラムは両側B タイ プ、両側滲出性中耳炎の可能性。DPOAE は両 側REFER、聞こえが中等度よりも悪い可能 性。ABR は左右とも100db で反応認め、90db 以下では聞こえていない状況でした。その後、 全身麻酔下に両側の鼓膜チューブ留置術を施 行。すぐにも聞こえの反応は改善したと母親は 話していました。術後1 ヶ月頃、ABR を行い、 左右とも60db まで反応が改善していました。 まだ30db 程の低下が残存していますが、経過 観察としました。聞こえが100db であれば、補 聴器が必要となり、60db に改善したので経過 観察となった症例です。
次に両側慢性穿孔性中耳炎、7 歳男子。両側 の大穿孔あり、時々耳漏あるとのこと。両側鼓 室形成術施行。初診時右31db、左26db が術後 右13db、左20db に改善し、耳漏も停止してい ます。
もう一例は14 歳女子、右耳下部腫れ、痛み あり。熱は無く36.6 ℃。右膿性耳漏、肉芽あ り、鼓膜穿孔なし。CT 造影検査で、耳下腺部 膿瘍あり、鼓室〜乳突部に陰影あり、骨欠損は なし。初診時すぐ入院、抗生剤点滴加療、耳下 部の腫れ軽快、耳漏も停止、7 日間で一旦退院 しました。耳漏の菌培養はStreptococcus constellatus。
2 ヶ月後、今度は膿瘍の原因、真珠腫性中耳 炎の治療のため再入院。耳漏の培養結果は MRSA に変化していました。乳突削開術、鼓 室形成術を施行、乳突洞、上鼓室、中鼓室まで 真珠腫が充満し、ツチ骨は正常に残存している も、最も大事なアブミ骨がキヌタ骨含めて消失 していました。耳下腺方向へ向かう骨欠損はな し。真珠腫を除去後、ツチ骨利用のW型コルメ ラで鼓室を形成しました。初診時の気導58db は、術後26db に改善しています。耳漏も無く、 痛みも消失しています。
耳鼻咽喉科の診療は耳に始まり、鼻、のど、 声などの領域にまたがっています。もちろん頭 頚部外科の領域、腫瘍も診療範囲です。今回は “耳の日”ということで中耳炎を中心に話しま した。中耳炎の多くは満足いく治療ができるこ とをご理解していただければ幸いであります。