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症例から考える悩ましい
成人の百日咳の診断と治療

本村和久

沖縄県立中部病院 本村 和久

症例

生来健康、特に既往のない32 歳、男性。会 社員。ワクチンはきちんと打っている健康な生 後10 カ月の男児と30 歳の妻の3 人暮らし。3 週間前から続く、軽度の乾性咳を主訴に来院。 鼻水なし、痰の喀出なし、発熱なし、体重減少 なし、寝汗なし、家族で同様の症状なし。いま までに同様の症状なし。夜は熟眠できている。 会社で同僚が数名同じような咳をしている。

「はやりの風邪かと思っていたが、他の同僚 よりちょっと症状が長く、肺炎が心配。昨日、 一回だけ数分激しく咳込んだ。」と来院。身体 所見上、呼吸音などに異常を認めず、念のため 撮った胸部レントゲンでも異常はなかった。診 察中、咳込みは見られなかった。今日は連休明 けの最初の平日、診察室は混んでいる。

さて次の一手は?

はじめに

成人の咳は臨床医が多く遭遇する主訴のひと つであるが、最近この原因として、乳幼児では 重篤な呼吸疾患として知られる百日咳が結構な 割合(10 %前後1)2))で見られることが分かっ てきた。ここでは、成人の百日咳の診断と治療 についてガイドラインを紹介しながら、呼吸器 内科専門医でも感染症専門医でもない一介のプ ライマリ・ケア医の立場で、冒頭のケースの答 えを考えてみたい。

百日咳の臨床経過

百日咳と聞いて思い浮かべる症状は、いった ん出ると止まらないひどい咳=痙咳(けいが い)ではないだろうか。しかし、成人の百日咳 は診断が難しいといわれる。理由は、下記に示 すような典型的な臨床経過をとらず、回復に向 かうことが多いからである。ただ、軽症でも菌 の排出があるため、感染すると重篤化しやすい 新生児・乳児などハイリスクに対しての注意が 必要となる3)

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<臨床経過4)5)

0)潜伏期

7〜10日間

1)カタル期(発症後から1 週)

鼻水・咳などのかぜ症状からはじまる。

2)痙咳期(発症後から1 〜 6 週)

1.次第に発作性の咳込み(痙咳)

2.笛声: whoop(吸気時に笛の音のようなヒューという音)

3.咳込み後の嘔吐の3 つが特徴的な症状

3)回復期(6 週〜 12 週)

激しい発作は次第に減衰し、その後も時折発作性の咳が出る。全経過約2 〜3 カ月で回復。

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診断

病原微生物検出情報(Infectious diseases Surveillance Report:IASR)のホームページ では、いくつかの文献に基づいて、下記の診断 基準を設けている。通常、排菌は発症から2 週 間までに多くみられ、4 週間以内でも排菌の可 能性あるため、培養検査が薦められている。

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<百日咳の診断の目安2008 年案>

【臨床症状】

1.発作性の咳込み
2.吸気性笛声(whoop)
3.咳込み後の嘔吐(CDC 1997 WHO 2000)

【実験室診断】

発症から4 週間以内:培養とPCR、4 週間以 降:血清診断(CDC, FDA, Hewlett EL 2005)

1.百日咳菌分離
2.遺伝子診断: PCR 法またはLAMP 法
3.血清診断(対血清での有意上昇を基本とする)

(1)凝集素価

  • 1)DTP ワクチン未接種児・者:流行株(山口株)ワクチン株(東浜株)のいずれか40 倍以上
  • 2)DTP ワクチン接種児・者または不明
      A)対血清:流行株、ワクチン株いずれか4 倍以上の上昇
      B)単血清
        a)DTP ワクチン最終接種から2年以上:流行株、ワクチン株いずれか40 倍以上
        b)DTPワクチン最終接種から2年以内:
         @)凝集素を含まないワクチン接種児:ワクチン株いずれかが40 倍以上
         A)凝集素を含むワクチン接種児:対血清でいずれかの株の4 倍以上の上昇

(2)EIA 法・・・PT(百日咳毒素)・IgG DTP ワクチン未接種児・者: 10EU/ml以上

 DTP ワクチン接種児・者または不明:

  • 1)対血清: 2 倍以上 を基本
  • 2)単血清(参考)
      94EU/ml 以上(Baughman AL 2004)
      100EU/ml 以上(de Melker HE 2000)

【臨床診断】臨床症状は該当するが、実験室診断はいずれも該当しない

【確定診断】1)臨床症状は該当し、実験室診断の1 〜 3 のいずれかが該当する

2)臨床症状は該当し、実験室診断された患者との接触があったとき

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上記の基準を、どう使うのか、さらにACCP (American College of Chest Physicians)の 感染後咳嗽のガイドライン6)を見てみよう。推 奨の12 項目のうち、百日咳に関する項目には 下記とある。

5 別の明白な原因がなく2 週間以上持続する 咳があり、発作性の咳込み、咳込み後の嘔 吐、または吸気性笛声を伴う時は、百日咳 感染症の診断を行うべきである。

6a 吸気性笛声があると疑われるすべての患者 に対して、確定診断を行うため、百日咳菌 の存在を確認する培養のための鼻咽頭吸引、 咽頭スワブ(綿棒)を行う。細菌の分離は 診断を確定するための唯一の方法である。

6b PCR 検査は利用可能であるが、通常の臨 床検査をしては広く使用されたものでも検 証された技術でもない。

9 百日咳と診断が確定、または可能性が高い ときはマクロライド系抗菌薬を投与すべき で、治療の開始から5 日間は隔離するべき である。なぜなら発症から最初の2 〜 3 週 間以内の早期治療は発作性の咳込みを減少 させ、疾患のまん延を防ぐからである。こ の期間をすぎての治療は提示されうるが、 患者の改善には寄与しない可能性が高い。

CDC(Centers for Disease Control and Prevention)のガイドライン7)によると、治 療に関しては、痙咳期の最初の2 週間までが治 療の対象で、マクロライド系抗菌薬が第一選択 であり、たとえば、エリスロマイシンなら1 日 量で40 〜 50mg/kg(成人は1 〜 2g/日:日本 の保険適応は最大1.2g/日)を4 回に分けて内 服、期間は7 〜 14 日間である。咳で発症後、3 週間以内の百日咳患者に濃厚接触者も同様の治 療となる。しかし、症状に対する効果は僅かで あり、最大の効果は感染拡大の防止である。

上記をまとめると、

1)発作性の咳込み、吸気性笛声(whoop)、咳 込み後の嘔吐が続いていれば(発症後2 週間 が目安)、

2)速やかに培養検査と血清診断を行い

3)診断が確定、または疑いが強ければ、マク ロライド系抗菌薬投与(発症後2 週間以内で あれば効果ある可能性)。

ということになる。

症例を考えてみる

ガイドラインを紹介するのは、簡単だが、症 例の答えに全然なっていない。「一回だけ数分 激しく咳込んだ」=百日咳の症状なのか難しい ところである。目の前の患者は元気そうであ る。ちょっと咳が続くぐらいで、どこまで百日 咳の検査を行うべきなのだろうか。いくつかの 疑問をあげてみた。

1)この症例で百日咳と診断することの患者の 利益は?

すでに痙咳期から3 週間が経過、たとえ百 日咳との診断になっても、CDC やACCP の ガイドラインから検討すると抗菌薬が症状緩 和になるかはかなりあやしい。

2)患者は感染源となるのか(人にうつすの か?)?

心配は、「小さなお子さん(生後10 か月) に百日咳を感染させてしまわないか」であろ うか。DPT(三種混合ワクチン接種:ジフ テリア・百日咳・破傷風)きちんと打ってい れば、予防効果は期待できるが、痙咳期で3 週間までの百日咳感染者に濃厚接触の場合 は、通常抗菌薬の予防投与が原則7)。であり、 もし百日咳ならぎりぎり適応があるかもしれ ない。

3)他の疾患の可能性は?

3 週間続く咳は、ACCP のガイドライン6) では亜急性の咳と分類される。百日咳の診断 に引っ張られているが、喘息の初発の症状か もしれないし、非喘息性急性好酸球性気管支 炎、アトピー咳嗽、副鼻腔炎などの鑑別も考 えられる。

4)本人の心配は?

肺炎が心配なだけで、レントゲン所見を聞 いて安心している。咳にはそれほど困ってい ないようである。しかし、百日咳の正確な情 報提供を行うと心配は増えるかもしれない。

5)ワクチン接種の有効性は?

幼児期、学童期だけでは、ワクチンの効果 が減弱することが知られている3)7)。青年期 に追加接種を行っている国(カナダ、フラン ス、ドイツ)もある3)。しかし、追加接種を 行っている国でも成人の流行があることにも 注意したい8)

6)検査による診断の有用性は?

今できる検査は、培養、採血による抗体検 査である。

培養: 3 週間経過では悩ましい。この時期に 培養陽性となる可能性はかなり低い7)

血清:一回だけの結果での診断基準はある (年齢で調整したコントロール群と比較し て+3SD 以上9)やそれをもとに1280 倍以 上とする基準2))が、EIA 法(PT ・IgG) と相関しないとの報告10)がある。対(ペ ア)血清が有用9)だが、2 回目の採血時に は、症状も良くなっていそうである。検査 結果の説明にも来てもらう必要がある。軽 い咳のために何度も多忙な会社員が受診す るのも大変である。

LAMP 法:国立感染症研究所で検査は可能 も、商業ベースではない。集団発生でもな い限り、検査は難しいであろう。

この方法を用いても症状と検査陽性との 乖離からは離れられない。発作性の咳込み があるケースで、LAMP 法と抗体の両方 が陽性と両方が陰性で有意差がでなかった データもある11)。流行期のデータでPCR の陽性者の60 %は無症状という結果もあ る12)。周囲で感染があるかどうかで大きく データは変わりうるが無症状の検査陽性の 方がいるのは事実である。

研究によって検査結果の判断にばらつきがあるのは、その地域の百日咳の過去・現在の流行 状況、ワクチン接種状況などが抗体値に複雑に 絡んでいるからではないかと考えている。

7)咳を止める方法は?

残念ながら、百日咳の咳を止める効果的な 薬剤はいまのところ知られていない。β刺激 薬、ステロイド、抗ヒスタミン薬とも無効であ るというシステマティックレビューがある13)。 感染後咳嗽に対しての一般的な対応として は、抗コリン薬やステロイド吸入のオプショ ンはある6)

まとめ

冒頭のケースの私の答えは「よくわからな い」である。なんともしまりがない結論で申し 訳なく思う。専門家のご意見を賜りたいところ である。患者のリスク・症状の軽重・その地域 の百日咳の流行状況・ワクチン接種状況などを 総合的に判断して、診断・治療を決めたいとい うのが、私の逃げ口上である。「百日咳を見落 とすな」という視点は重要だが、臨床での判断 は難しいことも考えておきたい。

参考文献
1)Mary E. Nennig, Prevalence and Incidence of Adult Pertussis in an Urban Population JAMA. 1996;275 (21):1672-1674.
2)下地克佳・兼島洋 沖縄医報Vol.39 No.7 2003 診療 所における遷延性咳嗽の検討
3)Hewlett EL, Edwards KM.N Pertussis--not just for kids. Engl J Med. 2005 Mar 24;352(12):1215-22.
4)John Hoey Pertussis in adults CMAJ FEB. 18, 2003; 168 (4)
5)病原微生物検出情報月報 Vol.29 No.3(No.337) http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/337/tpc337-j.html
6)American College Chest Physicians. Diagnosis and Management of Cough Chest: 129(1)(SUPPL): 1S-292S, 2006
7)Centers for Disease Control and Prevention Guidelines for the control of pertussis outbreaks.
http://www.cdc.gov/vaccines/pubs/pertussisguide/downloads/chapter3_amended.pdf
8)Gilberg S Evidence of Bordetella pertussis infection in adults presenting with persistent cough in a french area with very high whole-cell vaccine coverage. J Infect Dis. 2002 Aug 1;186(3):415-8. Epub 2002 Jul 11.
9)Strebel P Population-based incidence of pertussis among adolescents and adults, J Infect Dis 2001 May 1;183(9):1353-9.
10)Higa F,Jpn J Infect Dis. 2008 Sep;61(5):371-4. Assessment of serum anti-Bordetella pertussis antibody titers among medical staff members.
11)病原微生物検出情報月報 Vol. 29 p. 75-77: 2008年3月号 成人持続咳嗽(2 週間以上)患者におけるLAMP 法 による百日咳菌抗原遺伝子陽性率と臨床像 http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/337/dj3377.html
12)病原微生物検出情報月報 Vol. 29 p. 70-71: 2008年3月号 高知大学医学部および附属病院における百日咳集団発生事例 http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/337/dj3373.html
13)Pillay V Symptomatic treatment of the cough in whooping cough. Cochrane Database Syst Rev. 2003;(4)