宮城小児科医院 宮城 英雅
平成21 年、お屠蘇気分もそろそろ抜けた頃、 僕は壷屋のヤチムン通りを足早に歩いていた。 狭い路地に入り込むと蔦で覆われた石垣が両側 から迫り、圧迫感を覚える。裸電球の街燈が寂 しく辺りを照らし、垣間見える門や屋敷にはシ ーサーだの壷だのが置かれていた。この辺は山 里のような雰囲気を醸し出している。それが僕 に快く伝わってくると同時にこれから陶芸に挑 戦する気持ちをいやがうえにも揚らせた。
頃は10 月、朝晩めっきり涼しくなり、吹く 風はからっと肌に心地よい。30 分の徒歩通勤 後、職場で使うシャワーの水もかなり冷たく、 短い秋も影を潜め、冬は直ぐ傍まで来ていた。
ビールのジョッキがとても冷たいので敬遠さ れ、日本酒のぬる燗或いは泡盛のお湯割りが恋 しくなる。そこで2 合の酒が入る大きさで、グ リップがついて注ぎ口のある容器即ち小さな水 差しで、燗をつけたりお湯割りの湯を入れて楽 しんでみたくなり、そのような代物を探し始め たのだが、帯に短しで気に入った物は見つから なかった。
そんな折り、「ヤチムン通り祭り」があって、 クース(古酒)を飲む為のとても小さなカラカ ラー(急須)と盃を買った。帰って早速洗って いると注ぎ口から水が出ない。詰まっているの かと爪楊枝で突いてみると抵抗があって貫通し ない。注ぎ口から息を吹き込んでも空気が通り 抜けない。頭に血が上った。カラカラーの中を まさぐってみたが注ぎ口に通じる孔らしきもの も無い。何度か試してみたが一滴の水も出ない のである。これは正しく考えられない程の欠陥 品だ。そう鑑定した途端、「オーッ、これは価 値ある稀覯品だ、珍品だ」と小躍りした。きっ と注ぎ口を取り付ける前にカラカラーの壁に孔 を開け忘れたのであろう。
後日店に持って行くと知己の女主人が呆れる やら恐縮するやら謝るやら。強引に頼んで珍品 も頂いた。今では合格品と共に欠陥品も飾り棚 に鎮座している。客に珍品を使って一興にする 事を考えると思わず知らずほくそ笑みがこぼれ るのであった。
その品物と一緒に陶芸教室のチラシが添えら れていたので、自分のイメージしている器を作 ってみようかと未知なる体験に挑戦する気持ち が、むっくりと頭を持ち上げてきた。これが陶 芸教室に通う動機で、今こうしてヤチムン通り を急いでいる。
狭い階段を数歩上ると身の丈1メートル位の 大きなシーサーが迎えてくれた。木造瓦葺きの 建物の中は使用中の陶器、製作途中の物、作業 台が4 台、ろくろが6 台、そして天井の梁を利 用した板の上には乾燥中の作品が無数に並べら れていた。
講師は若い女の子が2 人、男性が1 人。生徒 は15 人の定員でその内殿方が5 人、いずれも 50 代以上、昼間は暇を持て余しゴルフ三昧、 夜は居酒屋談議に明け暮れているようだ。初日 にも拘わらず、作業をしながら関西弁や関東弁 やウチナー口が入り乱れて飛び交い、昼間のゴ ルフの事や、酒盛りの時の事が蒸し返されてい るところをみると、前回のコースから引き続き 受講しているらしく、親しく付き合っている様 子が窺える。
デモンストレーションに当主がろくろを回し た。説明しながら指先は優雅に流れるように動 く。その度に手元の土が円筒形になり潰されて 小さくなったかと思うとあれよあれよと言う間 に変形し、底の辺りに糸を当てたかと思うと、 ろくろから切り離されて壺が現れた。マジック を観ているようでわくわくする。
オリエンテーションが終わると早速ろくろに 取り組んだ。土はろくろの中心に置かないと回転した時複雑な形の軌跡を描くので、成型が出 来ないし第一目が回る。電動式なので自動車の アクセル・ペダルの要領で回転のスピードを調 整するのだが、初めてなのでどれくらいのスピ ードが良いのか見当がつかない。そこは先生が 助言してくれる。
両手で土の外側を圧迫すると細くなり、背丈 が伸びる。それを上から押さえ付けるとつぶれ る。又細く長くする。これを繰り返して中の気 泡を除くのだと言う。称して土殺し。
てっぺんに2 本の親指を突っ込み押し込ん で行くと筒状になった。程よいくらいに内空 を広げ壁の上部に指を当てて広げるようにす ると何とコップの形が出来たではないか。と ても面白い。
時々可愛い先生の声が飛んでくる。「手を水 で湿して。」「回転のスピードを上げて。」「土か ら指を放す時は時間をかけてゆっくり。」と手 元が狂い一瞬にして想像も出来ないようなくに ゃくにゃした塊に変形してしまった。
コップの底に水が溜まってくるのでその度に スポンジで吸水し仕切りへらで形を整える。仕 切りへらは先端の平たい部分は一側は直角で他 方は湾曲になっている。縁は直接口に触れると ころだから滑らかにしなければならない。その 為にセーム革に水をたっぷり含ませてそーっと 押さえるのだが上手く行かない。すると可愛い 先生が手を取って教えてくれた。
「ウォーッ、」指と指が重なっている。感動。 不純。不謹慎。
30 年も前の事だが開業したての頃、僕はヤマ ハのエレクトーン教室に通っていた。若い女の 先生で生徒も若い女性ばかりであった。その楽 しい雰囲気を弁護士である友人達に自慢気に話 したら、その2 人も初級クラスに申し込んだ。
ところがレッスンが始まるまでの間、彼らは ビールを飲むのが常であったので、真っ赤な顔 に指先は酔っ払って吐く息は臭かった筈だ。こ いつらの動機が不純でありましたからして、連 中は長続きしなかった。中退したと嘯いていた が退学させられたと今でも思っている。
そう言えば当主も二日酔いでろくろを回すと 目まいがして吐き気をもよおすものだと言って いた。
作陶の工程で菊練りという土を捏ねる作業が ある。平たく円形に潰して行くがその跡が襞に なりあたかも菊の花のようになる。我々の物は 決してそのようには仕上がらない。ナイフで切 って割面を見るとチョコレートのように均一で 砂粒も混ざっていない。然し気泡や空洞があ る。この作業は体重を乗せてするのがコツだが かなり重労働である。腱鞘炎も起こしかねな い。店舗のデザインと設計を生業としているT 氏がぼやいた。
「こんな事ばっかりをしていては生きている うちに間に合わない。」
「何が」
「自分が入るジーシガーミ(厨子瓶)さ」
つづく
(続きは、会報3 月号へ掲載いたします。)