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外科医の「萌え」

金城進

北谷病院院長 金城 進

100 年に一度の金融、経済不況などと書きた てる記事を目にする日々、ふと身近な過去を振 り返ってみる。1964 年の東京オリンピックの 後に、日本はドイツを抜いて世界第二位の経済 大国になった。国がさらに富んで1970 年代後 半ごろに“ジャパンアズナンバーワン”であ る。この本が出版される直前までの5 年間、私 は外科研修の為アメリカに滞在していた。勿論 英語で話しかけられる訳だから聞き取るのも大 変であるが、それ以上に見るものや、生活を始 めるに際しての段取り、契約ごとも煩雑さがな いことに驚いたし、とにかく体験するもの全て が、さすがアメリカはすごいという感慨で、目 にする光景はまさに、それまで映像を通して見 たり聞いたりした世界一の富裕国“アメ〜リ カ”であった。経済大国第1 位と2 位では太平 洋の距離以上の格段の格差が実感されたのは言 うまでもない。行き交う人々も明るく、生活に 余裕がある雰囲気で親切な人が多かったように 思う。栄華を極めて繁栄を謳歌していた時代だ ったのだろう。

ただ病院での仕事は容赦なかった。オリエン テーションが済むとその夜から当直に当たると いった具合で言葉が通じない中で勘だけが頼り で、本来なら電話で済ませるはずの用事も足を 使って駆けずり回らなければ用を済ませられな い有様であった。疲労した脳と体を休め、癒し を求めるには研修医のたまり場に行ってテレビ のアメフト試合の観戦であったり、又は、あた りに放り出され、埃にまみれている情報誌みた いなものを手にとって見るぐらいであった。今 日の日本がそうであるようにアメリカは当時か ら医療薬剤関係の情報誌、雑誌などが盛んに病 院に出回っていた。スタッフの先生はこんな雑 誌はさっと見てポイッとほうり捨てるんだとい うようなことであったが、英語に不慣れな者に とっては専門誌と違って分かりやすく、漫画絵 が載せられてあったり、気軽に目を通せるので、 しかも自然と目がいく箇所は川柳みたいな短い 詩歌のような頭に入りやすい文章であった。

“若者たちよ、貴方たちの真剣なまなざし、 表情からほとばしり出る崇高な使命感は本当 に良く伝わってくる。私の目の前で鋭利なナ イフを振り回して、わしの喉元に風穴を開け るつもりだろうが、それはもうやめて静かに 寝かして欲しい。自分は齢も90 になるし、 子供を7 人も育てた、貴方たち医者の崇高な 使命感には敬意を表する、でも、もうお願い だからそのまま静かに寝かしてくれないか。

今日この頃になって、40 年も昔にあった一般 外科研修時代を思い出す。そのきっかけになっ たのは実は「中部病院外科同窓会設立総会」が 開催されてからである。今年の2 月、その日は 中部病院一般外科中興の祖であるDr.真栄城の 誕生祝に、駆けつけて来た約100 名近くの外科 出身の先生方で開催された。進行役は同会の世 話役で心臓外科医の本竹秀光先生(中部病院)。 会長は外科一期生の上江洲朝弘先生(岸和田徳 洲会屋久島徳洲会総長)。討論会があり、ハワ イに居る町淳二先生(ハワイ大学外科教授)と は電送画像が繋がり、町先生からは“一般外科 医専門医制度が確立されているアメリカと違っ て研修システムが異なる日本で一般外科専門医 の育成と実績を高める教育を中部病院外科同窓 会に期待する”旨の頼もしいエールが届けられ た。八重山病院からは女医さんの垂野香苗先生 が確か胸部外傷の患者で気管支断裂を修復して 元気に退院した話を飄々と、何一つ力む様子も なく日常茶飯事の当たり前の業務のごとく報告 されていたのも印象的で、こう言う景色を“大 和なでしこ”なんだ、と感心し、ふと、昔、チ ーフレジデントが手術場の看護婦の居る前でも 得意げに朗読していた一句を思い出した。

“外科医の指先は細やかで、その指腹は赤子の頬っぺたの様にふくよかでやわらかく、し かし、両のまなこは些細な事も見逃さない鷲 の目のようにキッと鋭く見開いて、でも、ハ ートは気心の優しく可愛い彼女のハートです”

アメリカさんは様々な場面で自分たちの意気 を鼓舞するというか勇気つけるようなフレーズ を発するのが得意なような気がする。一般外科 医もその類に違わず手術中、回診中など独り言 みたいにその様な話をする。「一般外科医の救急 室での役割は戦場において一番先頭に立つて橋 頭堡を確保し陣地を守るような大切な役割だ」 など、自信に満ち、誇らしげな面持ちで言う。

自分たちの中部病院での卒後研修時代は「明 日のジョー」や「ブラックジャック」に癒され たり勇気つけられたりしていた。今の若い研修 生たちは勉強量や知識量は自分たちの頃よりも はるかに優れて、そのほかの面でも柔軟性があ って独創的な発想に秀でている気がする。純粋 に崇高な気持ちで外科医術を極める事に熱心に 勤しんでおられる日々、昨今氾濫する証明書や 診断書記載等の雑用の多さに辟易させられ、気 高い志をそがれないようにする為にも何らかの 気分転換が求められていると思う。その工夫の 一つに、一般外科医の面目躍如、と受け止めら れるように自らの存在感を高め、意気を鼓舞、 美化したり、勇気つけたりするスローガンを掲 げてプロパガンダにしても良いのではないか。 短い詩歌と言うか川柳と言うか、読みやすくて 頭に入りやすい文章、そういったものを大声で 読み上げているのも良いもので、昨今、ややと もすると、外科医離れの研修医生と囁かれる現 状にも、或いは歯止めがかかる一つの手がかり になれるかもしれない。

次回の「中部病院外科同窓会」が開催される 時はこの様な発表会があれば聞いてみたいし、 新しい詩歌の種を若い外科医から仕入れて、古 びてきた自分自身の意気高揚賛歌の刷新に役立 ててみたい気がしている。