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変革をせまられる腎臓病の
診療:防げる透析導入

井関邦敏

琉球大学医学部附属病院
血液浄化療法部
井関 邦敏

はじめに

わが国の慢性透析患者数は増加の一途をたど り、2005 年度には国民500 人に1 人の割合を 超えた。沖縄では現在333 人に1 人の割合に近 づいている(図1)1)。腎機能の低下につれて 心血管障害が増加する事や透析に要する治療費 が医療費全体の約4 %を占めることから、腎臓病診療は大変革をせまられている。透析導入お よび心血管障害の原因である慢性腎臓病 (Chronic Kidney Disease, CKD)(表1)は腎 臓専門医、循環器疾患の専門医のみならず一般 の臨床医まで広く日常診療の現場で取り扱われ るべき疾患となっている。急速に高齢化してい るわが国ではCKD 人口が確実に増加する。感 染症、悪性腫瘍、血管造影、手術、その他薬物 治療に際してもCKD の有無および程度を診断 する必要がある。

図1.

図1.わが国の年度末慢性透析患者数の推移(日本透析医学会資料)

表1.

表1.CKD の定義

透析導入の原因疾患は1998 年度よりそれま で首位であった慢性腎炎から糖尿病に移行し た。前者が減少しつつあるのに対し、後者は直 線的に増加し続けている。腎炎による透析導入 は実数の低下に加えて、導入時の平均年齢が 年々上昇しおり予防対策が効を奏して いると考えられる。一方、かなり進行 して腎臓内科を受診し1 年以内に透析 導入となる、いわゆる手遅れ(late referral)症例も少なくない。

透析予備軍について

糸球体濾過量( G l o m e r u l a r Filtration Rate, GFR) が60 ml/min/1.73m2 未満(CKD ステージ 3 以降)の人口は、20 歳以上で全人口 の約19 %(約1,900 万人)、50 未満は 4.1 %(約420 万人)と推計されてい る(日本腎臓学会)。平均約5 年で透 析に移行する血清クレアチニン値2mg/dl 以上の頻度は健診受診者の約0.2 %前 後(1,000 人に2 人)である(沖縄県総合保健 協会資料)。

CKD は多くの場合、自覚症状がなく検尿異 常またはGFR 低下で発見され、徐々に進行し 末期腎不全に進行する。CKD のステージが進 むほど、血圧や脂質のコントロールなどが難し くなるので早期に発見し、治療することが重要 である。

透析導入の予測因子で最も鋭敏で簡便な検査 法は試験紙法による検尿(蛋白尿)である。蛋 白尿の程度別(マイナスから3+ 以上までの5 段階)に透析導入の発症率をみると、蛋白尿が 多いほど高くなる(図2)2)。加齢に伴い腎機 能は低下するが、蛋白尿を伴わなければ透析導 入が必要になるほど低下しない。

図2.

図2.健診時の蛋白尿(試験紙法)と累積透析導入率(文献2)

CKD の予防・治療

実地臨床では血清クレアチニンを測定し、推 算式よりGFR を推算するのが便利である。血 清クレアチニン値が同一でも性、年齢、体格に よってGFR は異なり、病態と密接に関連して いる。策定中の国際疾病分類(ICD11)には CKD という診断名が取り入れられ、高血圧と ならんで今後医療保険にも利用される。

a.医療連携:専門医とかかりつけ医の連携強 化が必要

膨大なCKD 患者数に比し、腎臓病専門医の 数は少ないので「かかりつけ医」との密接な連携 が重要である。高齢者、高血圧、糖尿病、高脂血症などの患者では、年に一度の検尿(蛋白 尿)および血清クレアチニンの検査が勧められ る。現在、全国の49 地区医師会および約500 名の「かかりつけ医」の協力を得てCKD 患者 を登録し、治療介入の効果を検証する「戦略研 究」が実施中である。県内でも4 地区医師会が 参加している(表2)。日本腎臓学会の「CKD 診療ガイド」(表3)3)を参考に診療し、専門医 との診療連携の効果を検証する。

表2.

表2.沖縄県内の参加施設と登録患者数

表3.

表3.CKD 診療ガイドによる専門医への紹介基準(文献3)

b.生活習慣の是正:発症、進展の阻止が可能

CKD の発症、進展にメタボリック症候群、 肥満が関与していることが明らかとなってい る。禁煙、適度な運動、食事指導(蛋白質、食 塩、カロリー)が重要である。肥満者では体重 減少によって蛋白尿が低下する。しかし、過度 なたんぱく質制限、カロリ摂取低下は避けるべ きである。腎機能の低下に伴い栄養状態が悪化 (低アルブミン血症、低コレステロール血症な ど)し、心不全、感染症などを惹起することがある。

c.薬物療法:降圧、蛋白尿減少を目的に

CKD には高血圧の合併が多く、蛋白尿が高 度なほど降圧目標を低めに設定する。レニン・ アンジオテンシン系抑制薬はとくに糖尿病性腎 症患者において蛋白尿、微量アルブミン尿を低 下させCKD の進行を抑制する。カルシウム受 容体拮抗薬にも蛋白尿低下作用を有するものが あり、強い降圧作用と相まってCKD 進行抑制 が期待される。糖尿病性腎症においてはヘモグ ロビンA1c6.5 %未満を目標に血糖値のコント ロールを行う。

おわりに

CKD は早期に発見すれば少なくとも透析への 進行阻止が可能で、心血管障害の予防にもつな がる。診断は検尿(蛋白尿)、血清クレアチニン の測定(GFR の推定)により容易である。日本 腎臓学会の「CKD 診療ガイド」が広く利用され れば、潜在する多くのCKD 患者が早期に発見 され、適切な治療を受けることが可能である。 「誰でも分かる」、「症状がなくても分かる」 CKD の概念の普及により、早期に治療が適切 になされ、「透析導入率の低下、心血管障害の 発症率低下につながることを期待したい(4 〜 6)

参考文献
1.中井滋、ほか。わが国の慢性透析療法の現況(2008 年12 月31 日現在)。透析会誌(印刷中)
2.井関邦敏。疫学調査から見た慢性腎疾患対策の重要性。 日内会誌94:163-168, 2005
3.「CKD 診療ガイド」。日本腎臓学会編 2007 年
4.井関邦敏。II 疫学。特集「慢性腎臓病:診断と治療の 進歩」。日内会誌96 (5):9-14, 2007
5.井関邦敏。日本におけるCKD の疫学研究。内科100: 25-28, 2007
6.井関邦敏。CKD の疫学。医学のあゆみ222: 771-774, 2007