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「性の健康週間(11/25 〜 12/1)」にちなんで

宮川桂子

中部福祉保健所 宮川 桂子

「性の健康週間」は、平成13 年、性の健康 財団により毎年12 月1 日の世界エイズデーを 最終日とする1 1 月2 5 日から1 2 月1 日を、 HIV をはじめとする性感染症予防を啓発する目 的として設定されました。しかし、「性の健康」 とは、本来、性感染症予防のことを意味するの ではありません。

歴史的には、1980 年代に「性と生殖に関す る健康・権利」‘reproductive health/rights’ という考え方が提唱され、1994 年カイロで開 催された国際人口開発会議(カイロ会議)でそ れが人口問題対策上重要であることが確認され ました。翌1995 年には第4 回世界女性会議 (北京会議)において「北京宣言」及び「行動 綱領」に公式文書として明記されました。「性 と生殖に関する健康・権利」は、主に、生殖に 関する事柄、すなわち子供を産むのか産まない のか、産むとしたらいつ、何人の子供を産むの か、といったことを、国家や夫である男性など に支配されることなく、女性個人が決める権利 があるとしたのです。また、性と生殖に関する 健康を、「人間の生殖システム、その機能と活 動課程の全ての側面において、単に疾病、障害 がないというだけではなく、身体的、精神的、 社会的に完全な良好な状態にあることを指す。」 と定義されました。

このような性と生殖を個人の権利と認識する 流れの中で、性の健康世界学会(WAS)では、 1999 年に「性の権利宣言」‘Declaration of Sexual Rights’を採択し、2000 年には、 WHO とPAHO がWAS との協同のもと、「性 の健康推進;推奨される活動」‘Promotion of Sexual Health: Recommendations for Action’を策定しました。これらの中では、セ クシュアリティーが女性だけではなく全ての人 にとって生涯を通じて中心的な側面であるこ と、セクシュアリティーの良好な状態を保てる 権利を有し、そのための手段が与えられなけれ ばならない、としています。そして2005 年に は、「性の健康」を推進するために、「全ての政 府、国際機関、民間組織、学術機関、社会全 体、及び特に、性の健康世界学界(WAS)に 加盟する全ての組織」に対して求めるとする行 動リストが「モントリオール宣言」として採択 されました。

これらの流れを理解するために、「性の健康」 「セクシュアリティー」「性の権利」そして、 「モントリオール宣言」について、定義や内容 を引用してみます。

「性の健康」とは何か

WAS によりますと、「性の健康」は、「セク シュアリティーに関して身体的、感情的そして 社会的に良好な状態のことであり、単に病気や 機能異常や欠点が無いことではない。」として います。WHO の「健康」の定義に似ています が、「セクシュアリティーに関して」という言葉 がついています。「セクシュアリティー」とは何 を意味するのかを理解する必要があります。

「セクシュアリティー」とは

再びWAS によると、「セクシュアリティー は、生涯を通じて人間であることの中心的な側 面であり、生物学的性、社会的性認識、役割、 性指向、性的興奮、喜び、親密性、そして生殖 を包括する。セクシュアリティーは、指向やフ ァンタジー(空想)、欲望、信念、態度、価値、 行動、役割、関係の中に経験され表される。セ クシュアリティーはこれらすべての次元を含む が、必ずしもすべてにおいて経験され表される とは限らない。セクシュアリティーは、生物学 的、心理的、社会的、経済的、政治的、倫理 的、法的、歴史的、宗教的そして精神的な因子 に影響される。」とされています。

ここでは、「生涯を通じて人間であることの 中心的な側面であり」という記述が目を引きま す。決して、性行動や生殖に関することだけで はなく、様々な側面を包括するということで す。非常に個人的な、性指向やファンタジー、 欲望などから、社会的、経済的、政治的要因に も影響される、信念、価値、行動、役割、関係 などにも表される、ということだと思います。 そして、これらを包括的に含むセクシュアリテ ィーの健全なあり方が、「性の健康」である、 といえるのではないでしょうか。

「性の権利」とは

人は誰でも「性の健康」を得る権利があり、 具体的にその権利の内容を列挙したものが、 「性の権利」といわれるものと考えられます。 1999 年に採択された「性の健康宣言」の項目 のみを引用してみますと、以下のような11 項 目にわたる権利が述べられています。

  • 1.性的自由の権利
  • 2.性的身体の自律、完全性、安全の権利
  • 3.性的プライバシーの権利
  • 4.性的平等の権利
  • 5.性の喜びの権利
  • 6.情緒的性的表現の権利
  • 7.自由な性的関係をつくる権利
  • 8.生殖の選択の権利
  • 9.科学的な性情報を得る権利
  • 10.セクシュアリティ教育を受ける権利
  • 11.性的健康に関するケアを受ける権利

1 の「性的自由」とは、「個人が性的な潜在 能力の全てを表現できる可能性」があり、あら ゆる状況において、「性的強制、搾取、虐待を 排除する」というものです。2 は、「いかなる拷 問、身体切断・不具化、暴力を受けずに自分自 身の体をコントロールし、楽しむ権利」を意味 するとしています。これらは、いかなる状況に おいても、レイプや暴力、DV(Domestic Violence)、虐待を認めないことや、同性愛な どの性的少数者も同等の権利を持っていること を意味します。また、「セクシュアリティ教育 を受ける権利」というのは、特に青少年にとっ て、あるいはその様な教育を受けたことのない 大人にとっても、必要なことではないでしょう か。教育をきちんと受けさせてもらえずに、性 行動の問題や性感染症、望まない妊娠の多発を 問題にするのは片手落ちだと言えます。また、 これらの教育がなされてこなかった結果、社会 における性的少数者への差別・偏見、セクシュ アルハラスメント、パートナーとの関係性の中 にも自由や平等が理解されない原因になってい るのではないでしょうか。

モントリオール宣言

そして、性の健康を推進していくために、 2005 年モントリオールで開かれた性の健康世 界学会では、以下のような点を求める、と宣言 されました。(項目のみ抜粋)

  • 1.すべての人々の「性の権利」を認識し、 促進し、保証し、保護する
  • 2.ジェンダーの平等を促進させる
  • 3.あらゆる形態の性暴力および性的虐待を 排除する
  • 4.セクシュアリティに関する包括的な情報 や教育を広く提供する
  • 5.生殖に関する健康(リプロダクティブ・ ヘルス)のプログラムの中心的課題は「性 の健康」である、という認識を確立する
  • 6.HIV / AIDS や他の性感染症(STI)の 蔓延を阻止し、状況を改善する
  • 7.性に関する悩み、性機能不全、性障害の存 在を認識し、それらに取り組み、治療する
  • 8.性の喜びは幸福(well-being)の一要素 であるという認識を確立する

このように見ていきますと、性感染症を予防 することは「性の健康」のごくごく一部である ことがわかります。「性の健康」の中心的概念 は、セクシュアリティーであり、単にセックス する性や生殖にとどまらず、「生涯を通じて人 間であることの中心的な側面」であることを認 識し、性の自由やジェンダーの平等、セクシュ アリティー教育、そして妊娠や性感染症など生 殖に関する健康の情報、ケアへのアクセスな ど、これら全てを含む「性の健康」が社会で認 識され、実行されていけば、おのずと、性感染 症や望まない妊娠などは減っていくのではない でしょうか。