浦添総合病院初期研修医(PGY 2)
山内 素直
「先生!!自分一人なのにどうやって清潔に血 培を取ればいいんですか!?」
四月に入り、希望に胸を膨らませた一年目研 修医がやってきた。たった一年しか違わないが 先輩は先輩。かといって自分自身も何ができる という訳でもないが、私は先輩風を吹かせて、 その晩が初当直だという一年目研修医に発熱患 者の血液培養をとるように指示して他の患者さ んの診療へとその場を立ち去った。彼は血液培 養を清潔で採取することは理解していたし、清 潔・不潔の概念もしっかり分かっていた。しか し、実際にそれを実行するうえで一番大事なこ と、つまりどうやったら一人で清潔野を確保で きるかという実践的な方法は知らなかった。 「血培は清潔で」という考えが先走り、何も考 えずに清潔手袋だけを先につけてしまった彼 は、これからどうすればいいのか分からず、両 手を宙に突き出したまま、私にすがるような表 情で患者さんのベッドサイドに突っ立ってい た。そしてその様子は、私に猛烈な衝撃と反省 の念を巻き起こした。この一年の研修で、一人 で清潔野を作って血液培養をとるという作業は 私にとっては当たり前のことになっていた。そ んな私にとってはなんでもない日常作業でも、 この世界に飛び込んできたばかりの新人研修医 には何もかもが新しく、分からないことばかり なのだということに気を配ってあげることをす っかり忘れていたのだ。つい一年前の自分のこ とは棚に上げ、自分の基準でものを考え、相手 にも同じ水準でいることを期待していた。「こ のくらいなら知っていて当たり前」、「こんな簡 単な手技ならできるだろう」と指導者が思うこ とも、そう思われている研修医には実際には初 めて経験することであったり、全く知らないこ とであったりする。幸い、日頃から熱心に指導 して下さる、心から尊敬できる指導医の先生方 に囲まれているため、あまり「どのような指導 を求めるか」などと考えたことのなかった自分 にとって、逆に自分が少なからず指導する立場 になって初めて、研修を「受けること」と「与 えること」の間に大きな差があることに気づか されたのだった。きっと、いつも研修医と指導 医の間には大なり小なりこんな「温度差」がい くつもあるのだと思う。そして、だからこそ指 導医の先生方にはそんな温度差を敏感に感じ取 り、うまく相手にとっての適温になれる「エア コン」であって欲しいと思う。我々研修医が何 を知っていて何ができるのか、そして逆に何が 足りなくて何ができないのか。何を求め、何に 悩み、何がその成長を阻んでいるのか。それ は、もう何年も医者として経験を積んでこられ た指導医の先生方から見るとちっぽけなことな のかもしれない。でも、そんな些細な温度差に 気づき、うまく快適な環境へと導いてくれる先 生、そしてときには目標が見えなくて白けてし まったこちらの熱をグンと上げ、ときには頭に 血が上って前が見えなくなった私たちを冷静に クールダウンしてくれる先生、そんな、いつも どんなときもそばに寄り添って我々研修医を見 守ってくれるエアコンのような先生こそが、ま だ右も左も分からない世界でおろおろしている 私たちには必要なのではないかと思う。
「温度差」とはきっと、医学に対する知識や 実力、経験年数の差に限ったことだけではない。例えばそれは、双方の研修や教育に対する 情熱や姿勢、進みたいと思っている方向性、人 生観、コミュニケーション能力などにおいても 同じはず。物事の考え方、捉え方も含めた様々 な点での温度差についても言えることである。 みんながみんな同じ熱を持っているわけではな いし、同じ温度の中で快適にいられるはずがな い。ただ、夏の気温が1 ℃違うだけでアイスク リームの売り上げが大きく変化してしまうよう に、この温度差が時として研修医と指導医の間 に立ちはだかる大きな見えない壁になることも あることを理解し、いつも心の中の温度計に気 を配っていただけたらと思う。そしてそれは、 我々研修医に対しても同じことで、指導医の先 生方の口にはしない私たちへの熱い思いや温か な期待、冷静なフィードバックを感じ取って 日々の研修に打ち込んでいくべきなのだろうと 思う。
きっと、研修医と指導医の間の適度な温度が 保てれば、お互いを尊重し合いながら成長して いける研修が送れるようになるのだろう。
浦添総合病院名物の群星救急初療標準化コース。"SPAM"にて。研修医仲間と。