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診療雑感
インフルエンザ予防のエビデンス
〜うがい、マスク、手洗い〜

崎間敦

琉球大学保健管理センター
崎間 敦

4 月、5 月の保健管理センターの業務は約 5,600 人の学生定期健康診断と二次健診でセンタ ー内に学生があふれている時期です。いつもな ら5 月下旬はその業務もひと段落して落ち着き を取り戻す頃です。ところが、今年はいつもと 事情が違います。ご存じの通り、メキシコを発 生源とした新型インフルエンザが世界規模で広 がり、日本国内でも新型インフルエンザ患者が 報告され、全国各地で、国、都道府県、地域、 学校および会社などでそれぞれ対策に追われて いる姿が連日報道されています。兵庫、大阪を 中心とした関西地域では休校も実施されました。 私の所属している保健管理センターでも、その 対策に追われています。具体的な対策内容は、 ホームページ、掲示物、電話などを用いて学生、 職員への新型インフルエンザへの注意喚起、海 外渡航者や国内流行地から帰国・帰沖した学生、 職員への自宅待機と自己健康チェックリストの 記載、健康相談および予防の啓発です。インフ ルエンザ感染の予防の方法に関する問い合わせ も多く、その際には、『通常の季節性インフルエ ンザに準じて下さい。具体的にはうがい、手洗 い、マスク装着、咳エチケットです。』とアドバ イスしています。さて、厚生労働省や医師会の ホームページ、新聞やインターネットなどでイン フルエンザ予防の方法に関する記事が多くあり、 正確なアドバイスを提供するためには、正確な 情報収集が重要であると実感しています。呼吸 器・感染症科、公衆衛生の専門家の間では常識 となっていると思いますが、インフルエンザ予防 のエビデンスがどの程度存在するのかは非専門 の立場でも知っておきたいものです。そこで、イ ンフルエンザの予防の一般的方法であるうがい、 マスク、手洗いに関するエビデンスが現時点(平成21 年5 月26 日)でどの程度あるのか文献 的検索を試みましたので、以下に述べます。

まず、うがいの効果についてです。うがいは 感冒の予防に有効ですが、インフルエンザウイ ルス感染も低下させる可能性があるようです (Intern Med. 2007.)。しかし、この分野の臨 床研究はまだ少なく、十分なエビデンスの蓄積 が必要なようです。インフルエンザをはじめと した呼吸器感染症の原因となるウイルスがその 受容体に結合すると、かなりのスピードで細胞 内に取り込まれるそうです。細菌やダニ由来の プロテアーゼやハウスダスト等が上気道に存在 していると、ウイルス感染を起こしやすくして いる可能性があるようです(Proc Natl Acad Sci U S A. 2005、Infect Dis. 1994.)。これら を考え合わせると、うがいでウイルスが洗い流 されるというよりは、うがいは口腔や鼻腔内に 存在する細菌やダニ由来のプロテアーゼやハウ スダストを洗い流すことで、インフルエンザウ イルス感染を起こしにくくする環境作りに寄与 しているかもしれません。さて、マスク装着の 効果についてです。5 月24 日付けの某新聞の記 事でマスク過信禁物、症状のない人には予防効 果なしとの見出しの記事が掲載されていました。 検索しえた最新の文献でもマスク装着による予 防効果は否定的です(Emerg Infect Dis. 2009.)。しかし、この研究ではマスク着用の開 始および継続期間に疑問点があり、マスクの予 防効果を完全に否定するものではないと思われ ます。洗剤やアルコールによる手洗いは一般的 な呼吸器および消化器感染症の予防に有効で す。しかし、インフルエンザに対する手洗いの 予防効果は十分には確立されていないようです。

エビデンスが十分ではないからといって、う がい、マスク、手洗いによるインフルエンザの 予防対策を否定するものではありません。マス クと手洗いは手を介したインフルエンザ感染を 防ぐ第一歩です。さらに、感染者がマスクをし て咳エチケットを実践することで、感染拡大の 予防も可能となります。やはり、これまでの予 防対策の方法を十分に行うことを一般の方々お よび患者へ啓発することは大切です。ただし、 これに乗じてマスクの値段があがったり、マス クの買い占めがおこったりするのは困ったもの です。この診療雑感が読者の目に届く頃には、 新型インフルエンザの件が一段落ついているこ とを願っています。