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『はしかにならない。はしかにさせない。』
―はしか0 キャンペーン週間(5/17 〜 5/23)に寄せて―

安慶田英樹

沖縄県はしか0 プロジェクト委員会
安慶田 英樹

【はじめに】

麻疹は根絶可能な疾患です。疾患の根絶と は、地球上から疾患そのものが消滅した状態で す。一方、一定の地域や国から消滅した場合 は、排除と呼んでいます。麻疹はヒトの感染症 であり、不顕性感染がなく、有効なワクチンが あるという条件を満足しており、根絶可能な感 染症と見なされています。我が国は、2012 年 までの国内からの麻疹排除を目標としていま す。世界、我が国、沖縄の麻疹の現状と沖縄県 「はしか0 キャンペーン週間」についてご紹介 します。

【世界の麻疹の現状】

麻疹は子どもの死因の中で大きい比率を占め てきました。現在でも、麻疹の死亡率は先進国 で0.1 %、開発途上国で3 〜 6 %と推定されて います。ワクチン導入前(1963 年以前)の全 世界の麻疹の年間患者数は1 億645 万人、年間 死亡数は5 7 8 万人と推定されていました。 WHO は過去数回にわたって、麻疹制圧のプロ ジェクトを策定しました。1974 年、予防接種 拡大計画を策定し、麻疹を含む6 つの対象疾患 (ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ、結核) の予防接種率の向上に努めました。その結果、 1997 年の麻疹の推定患者数3,097 万人、推定 死亡数は96 万人に減少しました。2001 年には 「世界麻疹戦略計画」を策定し、死亡数の半減 化、一定地域における麻疹排除などの目標を定 め、さらに2 回接種の勧告を行いました。2005 年には1)12 生月時点での初回接種率90 %以 上、2)全ての子どもに2 回接種の機会提供、3)検査を含む効果的なサーベイランス、4)麻疹患 者に対する適切な治療の4 項目を戦略目標にし ています。その結果、世界の麻疹の推定死亡数 は2000 年の75 万人から、2007 年の19.7 万人 まで減少しています。麻疹に対する熱心な活動 から、麻疹をワクチンで予防可能な疾患と認識 し、積極的な接種により麻疹を排除・根絶に導 こうというWHO と世界各国の強い政策的意志 を伺い知ることができます。

【日本の麻疹の現状】

古い絵馬から、「はしかは子どもの命定め」 と古くから恐れられていたことを知ることがで きます。我が国でも、ワクチン導入前はほとん どの乳幼児が自然麻疹に罹患していたと見なさ れ、1950 年頃の年間死亡数は約1 万人と驚く ほど多い数が報告されています。1978 年から 定期接種化されましたが、接種率は80 %以下 と低く、数年毎の流行が見られていました。麻 疹排除には95 %以上の接種率が必要とされて います。先進国では80 年代から2 回接種が行 われています。これは、生ワクチンの1 回接種 だけで追加免疫がない状態では、終生免疫を獲 得できないことが判明したためです。我が国に 麻しん風しんワクチンによる2 回接種が導入さ れたのは2006 年4 月であり、先進国に比し実 に20 年以上の遅れがありました。1 期は1 歳、 2 期は小学校入学前1 年間と定められています。

2007 年には10 〜 20 代の麻疹流行が観察さ れました。首都圏の大学の休校が相次ぎ社会的 にも注目されました。未接種者と1 回接種後の 免疫消失者(免疫が得られなかった一次性ワク チン不全と、一旦獲得後に免疫が減衰した二次 性ワクチン不全があります)の蓄積がその原因 です。欧米先進国でも2 回接種法が導入される 前に観察されていた事象です。このため、10 〜 20 代の麻疹を防止することを目的に、3 期、4 期の定期接種が2008 年度から5 年間の期限付きで実施されることになりました。3 期は中学 1 年生、4 期は高校3 年生の年齢層に相当しま す。予定どおり5 年間実施されると2013 年に は、6 歳(小学入学1 年前)から23 歳までの年 齢層の全員が2 回接種を受けることになりま す。2 回接種の徹底により、我が国は2012 年 までの国内からの麻疹排除を目標にしていま す。なお、風疹の免疫も同時に獲得することを 目的に、1 〜 4 期を通して通常、麻しん風しん 混合ワクチンを接種しています。

表 麻疹ワクチンの定期接種
(注:風疹ワクチンと同時接種する場合は、麻しん風しんワクチンを用いる)

【沖縄の麻疹の現状】

90 年代まで沖縄県の麻疹ワクチン接種率は 60 〜 70 %台と低く、数年毎に大きな流行が引 き起こされ、その度に乳幼児に犠牲者が出てい ました。そのため、県・国から麻疹を排除する 事を目的に医師会、行政、保健所、保育園、小 児科医など関係者が一堂に会し、2001 年に沖 縄県はしかゼロプロジェクト委員会を組織しま した。その成果の一部として以下の三点を紹介 します。一つは2001 年に行った6 ヶ月〜 1 歳 未満児への緊急接種です。定期接種対象年齢に 達していない6 ヶ月〜 1 歳未満の年齢層の乳児 が麻疹流行時に犠牲になっていたため、市町村 の合意のもとに流行時にその年齢層を対象に県 下16 自治体で緊急接種を行い、犠牲を防ぐと ともに、流行の終息を早めるなど大きな成果を あげ注目を集めました。二つめには、2003 年 に麻疹発生時対応ガイドラインを作成し、流行 拡大防止を目的に、発生段階毎に各組織の具体 的な役割、対応と連携を明確にしたことです。 三つ目に、2003 年から麻疹の全数把握事業を 開始したことです。これは診断時に疑い例を含 め全症例の報告からスタートし、県衛生環境研 究所において患者の咽頭ぬぐい液・血液を検体 としてPCR 検査やウイルス分離等の検査室診 断を行い、保健所で患者・接触者を対象に積極 的疫学調査を行うという内容です。三つの成果 のいずれも全国に先駆けて実施され、高い評価 を受けています。

また、麻疹全数把握事業の成果として、以下 の点が明らかになりました。1)2003 年以降、 沖縄県には麻疹は常在しておらず、県外から持 ち込まれていること、2)確定例の確認後、各組 織がガイドラインに従って迅速に対応すること により流行拡大が防止されていること、3)過去 5 年間の確定麻疹患者数は2003 年19 例、2004 年16 例、2005 年に発生ゼロを達成し、2006 年18 例、2007 年22 例、2008 年41 例であっ たこと、4)分離された麻疹ウイルスの遺伝子型 別を行うことにより、感染源・感染経路の推定 が可能であることなどです。

【はしか0 キャンペーン週間】

小児科医にとって、残念でならないことは、 複数の感染症がワクチンで予防できるにもかか わらず、未だに流行し、死亡を含む健康被害が 認められることです。麻疹はその最も象徴的な 疾患です。麻疹は痘瘡、ポリオに並んで根絶可 能な疾患と見なされています。南北アメリカ大 陸、北欧、韓国などでは政策的意志を有した国 家的な取り組みにより国・地域からの麻疹排除 に成功しています。日本は未だに麻疹の流行が 見られ、麻疹輸出国と侮られています。小児科 医としては憤慨に堪えない所であり、麻疹は不 倶戴天の敵であります。

来る5 月17 日〜 23 日は「はしか0 キャンペ ーン週間」です。表に現在の麻疹ワクチン定期 接種のスケジュールを示します。「はしかにな らない、はしかにさせない」というスローガン は、県出身のシンガーであるキロロさんに提唱 していただき、全国に広まっています。沖縄県 と我が国からの麻疹排除をめざして、麻疹ワク チンの積極的な接種をよろしくお願い申しあげ ます。