徳山クリニック内科 永吉 奈央子
1.世界禁煙デー
毎年5 月31 日は世界禁煙デー「World No Tabacco Day」です。世界各国で禁煙を呼びか けるために世界保健機関(WHO)により定め られ、今年で22 回目を迎えます。毎年スローガ ンが掲げられ、2009 年は、「Tobacco Health Warnings(厚生労働省訳:警告!たばこの健 康被害)」です。WHO のホームページでは 「Show the truth. Picture warnings save lives.」と書かれ、とくにタバコパッケージにつ いて、健康被害の真実が伝わる画像を用いた警 告をするよう、呼び掛けています。今の日本の パッケージは、箱の1/3 の面積で警告文が書か れていますが、わかりやすい画像を用いた警告 は残念ながらなく、むしろ若者や女性に受けそ うなおしゃれで格好良いものが多いばかりか、 中にはおまけグッズやアロマ付きのもあります。 財政面を含めて社会全体がタバコに依存してい る日本では、これだけタバコの害がわかってい る現在においても、変わるのは難しいものです。海外では、何年も前から画像付きのわかりやす い警告を載せている国もあります(写真1)。こ れなら子供たちにも伝わりやすいですね。
写真1. 海外のタバコパッケージの例
2.若者よだまされるな
2 0 0 8 年世界禁煙デーのスローガンは、 「Tobacco-Free Youth(厚生労働省訳:たば この害から若者を守ろう)」でした。タバコ業 界の若者向け販売作戦はよく知られた事実で、 アメリカのRJ レイノルズ社の「中学生ぐらい をねらえ」という社内文書が暴露されたことは 有名です。大人がタバコ病で亡くなると消費者 がいなくなるので新たな消費者が必要、13 歳 から24 歳が売り込みのターゲットだとされて いました。ほんの数本でニコチン依存症になっ てくれる未成年は恰好のお客さんです。禁止ほ ど好奇心を駆り立てるものはなく、「子供はま だだめ」と禁止しながら、さりげなく中学校前 のコンビニに並べておくのも実は販売作戦だそ うです。それによって子供たちはタバコを大人 の象徴であるかのように思い、体に悪いと聞い ても、つい背伸びして試し吸いし、売り込み側 の思う壺にはまってしまいます。やがて、ニコ チン切れのイライラが毎日1 時間おきにおしよ せ、年中無休でタバコを買わなければならない 日をすごし、やめようと思ってもやめられない 自分を根性なしだと思いこんでしまう、悲しい 青春が待っています。皆の宝である若者の人生 がタバコによって汚されると悲しいです。そん な手口にだまされることなく、持って生まれた 本来の自分を損なわれずに幸せな人生を送って ほしいと切に願っています。
3.子供たちへの防煙教育
子供たちへの防煙教育は、タバコのない社 会、幸せな未来のためにも最重要事項の一つで す。喫煙者の喫煙開始年齢は、10 〜 20 才代が ほとんどであり(図1)、喫煙者になるかどうか は、若い時代に最初の1 本を吸ってしまうかど うかにかかっているといっても過言ではありま せん。私は年に数回学校で防煙教育授業をさせ ていただいています。タバコが体に悪いことは 子供たちにも常識で、吸い始めたらやめられな くなることも知っています。しかし「ちょっと だけなら吸ってみたいと思う」と答える子供は 少なくありません。宮崎県の野田馨先生の「タ バコをやめるのはとても難しい。けれど、最初 から吸わないのは誰でもできる、簡単なこと」 という名言があります。子供たちに伝えたい素 敵な言葉です。吸い始めるきっかけは、友人に すすめられて普通になんとなくというのが多い のですが、その子供たちの気持ちについて、昨 年の日本禁煙科学会で和歌山県元学校教師の北 山敏和先生から貴重なお話がありました。子供 たちは仲間が喫煙していると吸わない自分が不 安になるのだそうです。従って子供たちには、 吸うとはどういうことなのかを伝えるととも に、あたたかい励ましをもって、今吸っていな いことの価値の大きさを伝えることが重要だと のお話に感銘を受けました。害でおどす話より も、吸わないあなたはすばらしいという話の方 が、吸わないという行動の勇気付けになると思 います。そして、自分がかけがえのない大切な 存在であることに気づき、自分を大切にするこ と、そのためにタバコを吸わない人生を選択す ることこそ、防煙教育の目標だと考えさせられ ました。一方で、すでに吸い始めてしまった子 供にはさらに温かい励ましと治療、支援の輪が 必要です。昨年の禁煙科学会の講演で三浦秀史 禁煙マラソン事務局長から「罰は行動の抑制に は役立つが行動の形成には役立たない」という 考えを教わりました。喫煙はよく問題行動とし て罰則で取り締まられるのですが、この考え方 に照らし合わせても、罰則だけで禁煙という行動を勇気付けるのは限界があると思われます。 規則を守る教育とともに、学校と家庭と医療と の連携でうまく治療と温かい支援に結びつけて あげることが重要と思いますが、まだこれから の部分が多いのが現状だと思います。
図1. タバコを習慣的に吸うようになった年齢
厚生労働省喫煙と健康問題に関する実態調査平成10年度(概要)
4.うれしい楽しい禁煙支援
当院では平成14 年7 月から禁煙外来を開設 しました。それまで全く禁煙支援経験がなかっ た私にとって、奈良女子大学の高橋裕子教授と の出会いは大きな転機となりました。先生が主 宰されるインターネット禁煙マラソンの支援者 のためのメーリングリスト「禁煙健康ネット」 (kk)、全国禁煙支援アドバイザー育成講習会へ の参加を通して、先生の温かい支援マインドの 影響を受けて取り組んできました。最近の当院 の成績では、受診者の45 %、保険診療3 ヶ月 コース修了者の80 %が禁煙し、禁煙したすべ ての人の65 %が1 年後も継続中で、徐々に成 績が上がってきたと感じています。その背景と して看護師とのチーム医療と、科学的でレベル の高いkk からの情報は欠かせないものとなっ ています。当院では初診時に、どうしてやめに くいのか(意志ではなく脳の病気)、どうした らやめられるか(薬の使い方と心理的依存の対 処法)の大事なポイントを「禁煙ステーショ ン」というDVD で学習していただき看護師支 援でさらに補足しています。そして日記や手帳 などを利用しながら、フォローの回数はできる だけ多く、うまくいかないときこそ温かく頻回にフォローし、電話による看護支援も入れるよ うにしています。また、インターネット環境に ある方には積極的に禁煙マラソンへの参加を勧 めています。外来では「あたたかい励まし」 「ほめ上手になる」「敬意を表しともに喜ぶ」 「焦らず待つ」を心がけ、禁煙の効果に目を向 け「やりましたね」「続ければもっとよくなり ますよ」などの励ましを送ります。患者さんか らは「ここにくると皆にほめてもらえるので足 が向く」、「大丈夫できますよと言われてできる 気持ちがわいた」「受付でも薬局でも励まして もらえてうれしい」「ここにくるのが楽しみ」 との声もきかれます。そしてうまく禁煙がスタ ートできたときの喜びは支援する側もされる側 も格別です。肌が若々しくなるだけでなく、う れしさや自信からくる美しさはすばらしいもの で、「何回チャレンジしてもできなかった禁煙 ができて、何にでも自信がもてるようになり、 人生がすばらしいものになった。」「禁煙できて 初めて自分を好きになれた」「禁煙は家族の幸 せ」など聞くと感動します。禁煙とは単に体が 健康になるというだけでなく人生そのものに大 きな価値をもたらすもので、そんな喜びに出会 える禁煙支援とは本当に楽しいものです。最 近、すばらしい治療成績を上げている大分県の 伊藤内科医院に習って、当院でも「禁煙してよ かったこと」の感想を待合の情報コーナーに掲 示しています(写真2)。禁煙の価値を実感す ることが、禁煙継続のモチベーションと、幸せ な人生につながるのだということが、この感想 からも読み取れて、読んでいるとうれしくて思 わず笑顔になります。また、禁煙支援にはもう ひとつ楽しいことがあります。それは支援者の 仲間ができることです。kk では県内外の支援 仲間とネットでつながっており、医療、行政、 学校関係と様々な職種の人たちと仲間になれま す。県内でも高橋先生や三浦事務局長が沖縄に 来られる際には懇親会をもち、年に数回楽しい 時間を過ごします。禁煙支援していなければあ りえなかったことです。kk メンバーが多く参加 する日本禁煙科学会では、初対面でも打ち解け あえ、他の学会にはない楽しさがあり、こうし た楽しい時間は、さらにがんばろうという元気 の源となります。禁煙支援は人の力や温かさを 感じさせてくれるとつくづく思います。
写真2. 禁煙してよかったこと 掲示板