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最近の前立腺肥大症のお話し
LUTS(ラッツ)とは?、BOO(ブー)とは? 
前立腺肥大症治療は泌尿器科医にとって永遠のテーマ

宮里朝矩

(医)八重瀬会同仁病院 泌尿器科
宮里 朝矩

最近の前立腺肥大症に関するお話しをしたい と思います。

この頃以前にも増して、夜起きておしっこを 何回もする。いきなりおしっこがしたくなり我 慢できない。おしっこの勢いがない。そういう 悩みで泌尿器科を訪れる患者さんが増えてきま した。そういった背景があるためか、現在はそ のような患者さんのニーズに答えて新しい頻尿 治療剤が多くなってきました。ところでおしっ この回数が多いということで、頻尿治療剤を簡 単に投与してしまうケースがあり、症例によっ ては、逆に症状が悪化し尿閉を来すことがある こともご存じでしょうか。前立腺肥大症の重症 化した場合は、残尿増加による頻尿が悪化して しまうため注意が必要です。つまりおしっこの 出方が悪くて、残尿が多いため膀胱の力(排出 力)を抑えるような頻尿治療剤(主に抗コリン 剤)はかえって残尿増加し頻尿を悪化すること もあるわけですから、頻尿がある場合は膀胱に 残尿がないことを確認してから投与したほうが より安全な訳です。

ここで前立腺について少し述べたいと思いま す。前立腺の役割については、まだ解明されて いない部分が多く、主な働きとしては前立腺液 の分泌があります。また精嚢から分泌された精 嚢液を精巣で作られた精子と混合し精液を作 り、射精における収縮や尿の排泄なども担って います。そしてこの前立腺の大きさには人種差 があり、日本人とアメリカ人は体表面積で補正 しても、約1.5 倍の差でアメリカ人が大きいと 報告されています。また前立腺肥大の原因は、 遺伝的には前立腺肥大は前立腺癌とは異なり、 母親を介した遺伝という報告があり、炎症特に サイトカイン、ケモカインが前立腺肥大の症状 発現に関与している可能性があるようです。そ して、女性ホルモンであるエストロゲンは前立 腺癌には抑制的に働き、前立腺肥大には促進的 に働くと言われています。一説にはエストロゲ ンレセプターにはαとβがあり移行域と末梢域 と違った働きがあると報告されていますが、原 因はまだ不明のようです。

さて、前立腺肥大症と最近の排尿障害に対する 考え方について少し述べてみたいと思います。

皆さんもご存じのように、泌尿器科疾患の中 で前立腺肥大症は最も一般的でかつ重要な疾病 であります。しかし、最近前立腺肥大症に対す る考え方は、かなり変化してきました。その原因 の一つとして、病院を受診する前立腺肥大症患 者さんの顔ぶれが変わったことであります。30 年以前は症状が強くて、前立腺が大きくて、残 尿がある患者さんしか病院に来ませんので、前立 腺肥大症の診断はきわめて容易だったようです。

ところが最近は高齢化社会を反映して前立腺 肥大症患者さん自体が増加しており、症状も多 様化しており、以前のようには前立腺肥大症だ からと簡単にいかなくなりました。前立腺肥大 がないのにおしっこがでにくい、前立腺肥大が あるのに排尿困難はない、あるいは頻尿しかな い、夜間頻尿があるが排尿困難はないと複雑な 症状を訴える患者さんも多くなり、臨床的に多 彩な症状が出現し混乱しておりました。

そのような背景もあって、1991 年に泌尿器 科医にとって非常に有益なコンセンサスミーテ ィングのInternational Consultation on BPHが開催されました。ここではじめて国際前立腺 症状スコア(I-PSS)が採択され、症状のスコ ア化(点数化)がなされ、その後2005 年に第 6 回目のミーティングが開催され、過去の症状 をまとめたその内容が2006 年にMale LUTD (Male Lower Urinary Tract Dysfunction)と して出版されました。

そのため最近は男女を問わず、頻尿、排尿困 難などの下部尿路症状は一般的にL U T S (Lower Urinary Tract Symptoms)(ラッツ)、前 立腺肥大による排尿困難はB P O ( B e n i g n Prostatic Obstruction)、前立腺肥大の有無にか かわらず膀胱出口部の排尿障害はBOO(Bladder Outlet Obstruction)(ブー)と呼ばれるように なりました。そして特に男性の下部尿路症状を Male LUTS、女性の下部尿路症状をFemale LUTS と分類されるようになってきました。

この上記の用語を用い、国際前立腺症状スコ ア(I-PSS)で症状を評価し、さらに尿流計に よる尿の勢い、残尿量、前立腺超音波による前 立腺重量、PSA 値等の検査により、泌尿器科 医にとって、外来での診断が容易となり治療方 針が非常に明確になりました。

以前は前立腺肥大があるからまずは手術をし ましょうと手術をしましたが、その中に手術を しても症状の改善が認められない症例もあった わけです。ですから手術の適応に苦慮した症例 もあったわけです。しかし現在は手術前にリス ク因子として重要なI-PSS の評価による症状 スコアの高値、尿流計の最大流速を表すQ max が低値、前立腺の形状および体積と、α 1 ブロ ッカーの治療による症状の変化等で判断できる ようになり手術適応がより鮮明となり、泌尿器 科医にとっても患者さんにとっても大きな恩恵 を受けられるようになりました。

次に前立腺肥大症に伴う頻尿について少しお 話ししたいと思います。

この頻尿治療は泌尿器科医にとって非常に難 しい課題であります。つまり前立腺肥大症がど の程度膀胱およびその知覚神経、運動神経、膀 胱の排尿機構に関与しているのか正確に把握す る必要があるからです。ですから前立腺肥大症 の治療をしたからといって簡単に頻尿が治るわ けではないのです。専門的に言うと、閉塞にと もなう二次的な無抑制収縮、つまり排尿筋過活 動(detrusor overactivity DO)は経尿道的前立 腺切除術(TUR-P)後に消失するもの、再びで てくるもの、新しくでてくるものと多彩であり、 そのため前立腺肥大症による頻尿は手術後も膀 胱の治療が必要となります。原因は長期間前立 腺肥大症の尿閉状態にあった膀胱は、閉塞にと もなう膀胱の虚血、除神経などが起こる可能性 があると報告され、その影響による膀胱の筋性 因子の変化、神経性因子の変化がおこり、頻尿 などの蓄尿障害が発症すると推測されています。

また尿路上皮の粘膜下の血流低下(虚血)が 頻尿の原因として最近注目されており、正常な 状態でも、排尿時に高圧がかかると膀胱の血流 低下するが、膀胱出口閉塞(BOO)(ブー)が あるとなおさら低下しやすい。さらに加齢、糖 尿病、メタボリックシンドロームなどによる動 脈硬化のために長期に血流低下が持続すると、 筋肉に虚血が発症すると言われています。また 加齢とともに膀胱容量が小さくなると、1 回排 尿量も少なくなるため尿の勢いも悪くなり、機 能的膀胱容量が小さいため、心不全治療のよう に抗コリン薬投与で膀胱容量を大きくすること も考えられてきております。

すなわち、頻尿、夜間頻尿の治療は以前より はかなり進んできましたが、まだまだいろいろ な課題が残っている分野であります。

具体的な前立腺肥大症の手術方法としまして は、現在でも経尿道的前立腺切除術(TUR-P) がやはり標準手術でありますが、その他レーザ ーを使用したKTP、HoLEP、HoLEP とTURP の長所を取り入れたTUFB といった低浸襲手 術も出現してきており、今後はさらにQOL の 高い低浸襲手術の導入がされてくることが期待 されています。

前立腺肥大症治療は泌尿器科医にとって永遠 のテーマなのです。