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未破裂脳動脈瘤

甲斐豊

琉球大学医学部 高次機能医科学講座
脳神経外科学分野 准教授
甲斐 豊

1.未破裂脳動脈瘤というのは

脳の底部の中から小動脈(径1 〜 6 mm)の 血管分岐部にできるふくらみを脳動脈瘤といい ます(図1)。このような瘤のできる理由は明ら かとなっていませんが、高血圧や喫煙、遺伝な どが関連すると考えられています。成人の2 〜 6 %(100 人に数人)にこのような瘤が発見さ れ、たまたま脳のMRI やCT 検査をうけたり、 脳ドックをうけたりして見つかる場合がほとん どです。中には未破裂脳動脈瘤が大きくなって 脳の神経を圧迫し、それによる症状(ものが2 重に見えたり、視力が低下する)で見つかる場 合もあります。脳動脈瘤は脳の底部の血管(ウィルス輪といいます)の分岐部にできることが 多く、中大脳動脈、内頚動脈、前交通動脈、脳 底動脈などが代表的な発生部位です(図2)。 大きさは径2mm 程度の小さなものから25mm 以上の大きなものまでできますが、75 %以上 は10mm 未満の大きさです。破裂脳動脈瘤は、 激しい頭痛と嘔吐を伴うくも膜下出血として発 症しますが、未破裂脳動脈瘤は、破裂しないで 発見される動脈瘤のことを総称しています。

図1

図1 未破裂脳動脈瘤の3 次元CT と手術中の写真 (矢印:脳動脈瘤)

図2

図2 代表的な瘤の発生部位  (矢印:脳動脈瘤)

2.未破裂脳動脈瘤を治療しないとどうなる のか?

未破裂脳動脈瘤の多くは症状をきたしませ ん。しかし中には年々大きくなり神経の圧迫を きたしたり、また破裂してくも膜下出血をきた す場合があります。くも膜下出血が発生すると 半数以上の方が死亡するか社会復帰不可能な障 害を残してしまう極めて重篤な状態になってし まいます。未破裂脳動脈瘤の出血率は個別の瘤 により異なるため一概にその危険性をまとめる ことは困難ですが、総合すると年0.5 〜 1 %の 破裂の危険性があるとい われています。大きさの 大きい瘤、脳の後方にで きる瘤、形のいびつな瘤、 多数できている瘤の破裂 率が、これらの因子のな い脳動脈瘤よりも高いと 考えられています。

3.未破裂脳動脈瘤の破裂率

2003 年、Lancet 誌に未破裂脳動脈瘤の破 裂率に関する大規模な国際調査(国際未破裂脳 動脈瘤研究: ISUIA)の結果が発表されまし た。アメリカのMayo Clinic が中心となり北 米、ヨーロッパの57 の大規模施設で、1,686 例の未破裂脳動脈瘤を対象とし、くも膜下出血 のない群(Group T:1,073 例)とくも膜下出 血をきたした破裂脳動脈瘤に合併した群 (Group U:613 例)の2 群に分け、各群の破 裂率を調査しました。結果は、Group Tで瘤の 直径が7mm 以下の小さな動脈瘤の年間破裂率 は0.1 %と非常に低いことが解りました。一方、 7 〜 9mm の年間破裂率は0.7 %となり、さらに 大型の瘤の破裂率は初期1 年の破裂の可能性が 高くなり、10 〜 25mm では7 %、25mm 以上で は17 %で、その後は年1 %程度で一定の破裂 率になるという内容でした。Group Uで瘤の直 径が7mm 以下の小さな動脈瘤の年間破裂率は 0.5 %、7 〜 9mm は0.5 %、10 〜 25mm は1 % という結果でした。

日本での大規模調査として、日本脳神経外科 学会による日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査 UCAS Japan( Unruptured Cerebral Aneurysm Study of Japan)があります。この 研究は日本の未破裂脳動脈瘤の破裂率および治 療リスクの把握を目的としています。登録施設 で2001 年1 月以降新たに発見された未破裂脳 動脈瘤を治療例・非治療例を含めてすべて登録 し、定期的な経過観察データを収集していま す。2003 年4 月に中間報告がなされ、現在も 進行中ですが、総合の破裂率は0.5 %/年の見 込みです。

4.未破裂脳動脈瘤の治療方針と危険性

では未破裂脳動脈瘤がみつかったらどうすれ ばよいのでしょう?

現在動脈瘤の治療は、以下のものがあります (図3)

図3

図3 クリッピング術とコイリング術

A: 慎重に経過を追う方法

瘤の大きくなる率や頻度は明らかとなってい ませんが、最低年に一度、または6 ヶ月に一度 は瘤のサイズの経過を見ていくことが推奨され ています。『その理由は、瘤が拡大し破裂してく も膜下出血になったり、また脳や神経の圧迫を きたして障害をきたしたりする場合があるから です』。経過を見ていく場合でも、症状をきたし た瘤は極めて破裂しやすいと考えられており迅 速な対応が必要と考えられています。動脈瘤の 拡大率に関するデータは少ないのですが、MRA や3DCTA を用いた観察研究では、7 %前後で 瘤の拡大が認められたとの報告があります。

B: 開頭によるクリッピング術

開頭術によるクリッピングはチタンやステン レスでつくられた小さな洗濯鋏のようなクリッ プで動脈瘤の首の部分を閉塞し瘤への血流をせ きとめる方法です。この方法は20 年来おこなわ れてきており長期の効果も実証されています。

C: 脳の血管の内側から動脈瘤にコイルをつめ る血管内治療

血管内手術はここ10 年来発展してきた技術 ですが、頭を切らずに動脈瘤をつめることがで きる利点から日本、欧米でも急速に普及し始め ています。しかし未だ慣れない術者が行えば動 脈瘤以外の血管を閉塞してしまったり、動脈瘤 をカテーテルで突き破ってしまったりする合併 症が生じるため、侵襲が少ないという利点より も合併症が問題になることがあります。また不十分な閉塞に終わった症例では、瘤が再発した り、再出血を起こしたりすることが報告されて おり慎重な経過観察が必要です。また未破裂脳 動脈瘤に対する血管内治療の長期予後について は確実な結果はまだ発表されていません。

大きな脳動脈瘤はクリッピング術や脳血管内 治療のどちらの治療法でも困難な場合もあり、 親血管の血流を残すためにバイパスをして親血 管そのものを塞ぐ手術などが行われることがあ ります。今後は血管内に補強をするステントの 技術などが進歩しさらに低い侵襲で治療がおこ なわれるようになると考えられています。

クリッピング術および脳血管内治療は、どち らの治療にも合併症や危険性があります。開頭 術クリッピングによる合併症として、脳内出血 や、血管の閉塞による脳梗塞、手術中の脳の損 傷、感染症、痙攣や美容上の問題などが報告さ れています。重篤な合併症は5 〜 10 %程度、 死亡する可能性は1 %程度と報告されていま す。一方、血管内治療の合併症は、コイルの逸 脱や手技中の血管閉塞、瘤の破裂、血腫の形成 などが挙げられます。やはり、重篤な合併症は 5 〜 10 %程度と報告されています。

未破裂脳動脈瘤に要する費用は患者様の合併 疾患や、動脈瘤の大きさや形状、部位、治療の 困難さなどにより多少の変動はありますが、開 頭クリッピング術でも、血管内治療でも総額 200 〜 300 万円程度(その3 割負担)と計算さ れています。

未破裂脳動脈瘤を指摘されても、全例くも膜 下出血になるものではなく、出血率は低いこと がわかってきています。したがって、脳神経外 科専門医あるいは脳血管内治療専門医による十 分な説明を受け、納得して治療方針を決めてい くことが重要です。またセカンドオピニオンを 利用することも大切です。

今後、未破裂脳動脈瘤の中でも破裂する可能 性の高い脳動脈瘤の特徴を見つけることが非常 に重要な課題であると考えられます。

社団法人脳神経外科学会
脳神経外科疾患情報ページ
(http://square.umin.ac.jp/neuroinf/index.html)
から引用