沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 1月号

正常な腎機能とは?

井関邦敏

琉球大学医学部附属病院血液浄化療法部
井関 邦敏

昨年9 月、福岡で開催された研究会で久しぶ りに恩師(尾前照雄先生、元国立循環器病セン ター総長)の講演を拝聴した。82 歳を過ぎた 現在も久山町のヘルスC&C センター長として 活躍されている。「腎性高血圧研究の歴史」と 題して19 世紀までさかのぼっての話をされた。 「正常血圧の上限」は1 9 3 9 年当初の 「120/80mmHg」から1946 年まで徐々に上昇 し「160/100mmHg」となり、その後2003 年 度J N C 7 にいたるまで徐々に低下し現在は 「120/80mmHg」に戻っている、という事実に 大変興味を覚えた。

何が正常か?同じようなことが腎臓機能 (GFR)についてもいえる。正確な評価には 「イヌリン・クリアランス」が必要であるが、 検査が煩雑でとても一般臨床では応用できな い。時間ごとに尿を溜めるのは患者、医療者に 負担であり不正確になりかねない。そこで登場 したのが推定GFR という手法で、あらかじめ イヌリン・クリアランスで実測したGFR と血 清クレアチニン、年齢、性から推算したGFR の相関関係を見出す方法である。この方法で計 算したGFR をもとに慢性腎臓病(CKD)の分 類が提唱され、瞬く間に世界中に広がった。日 本腎臓学会でも2005 年度より日本人のGFR 推算式を求めるための作業を開始した。米国の 白人を基にした推算式を基準にすると、日本人 では30 %以上がGFR<60ml/min/1.73m2 とな り、日本人係数が必要だということになった。 当初より白人と黒人では異なる式(人種係数) が提唱されていたが、日本人は白人に比し体格 (筋肉量)が小さく、たんぱく質の摂取量が少 ないなど生活習慣の影響が大きいことが再認識 された。従来、用いられてきたクレアチニン・クリアランスは食物に含まれるクレアチニン (肉類の摂取)、および尿細管からの分泌も加わ り腎機能が悪化するほど不正確になる(過大評 価する)。CKD はGFR100 を正常とすると60 未満は病的(CKD)とするという簡単な発想 ではじまった概念である。

どのGFR の値をもって病的とするか?腎臓 の正常な機能とは何か?だれも答えをもってい ない。生物がそれぞれ異なった環境で生存しつ づけるための最適な機能を正常値(範囲)とす ると、それ以下および以上も異常となる。腎臓 の主な機能は一定の活動を維持するための体内 の環境(筋肉、骨、血圧、血液など)を一定範 囲内に調節する事である。たまにしか肉類を食 べられなかった昔といつでもどこででも食べら れる現代では腎機能の正常値は異なる。冬眠す る動物では冬眠中腎臓には殆ど血液が流れず、 尿もわずかしかでない。肉食動物では長い絶食 後やっと捕食すると一挙に腎臓に血液が流れ、 老廃物を排泄するよう調節されている。現代人 は肉食動物が常に肉類を摂取できるのと同様、 過剰に腎臓に負担がかかっている状態となって いる。適応できなかった人は蛋白尿、腎機能不 全を発症することになる。しかし、このような 状態が永く続き環境に順応した人々が多く生き 延びることで、集団全体でみると正常値も上昇 することになる。沖縄県の平均身長は全国レベ ルに比し低いのだが、中学生の身長は少しずつ 伸びている。腎臓の大きさはほぼ身長に比例す るので、GFR も高くなっている可能性が考え られる。

日本人の正常は80 前後なので、その6 割の 50 未満を異常として日本腎臓学会「CKD 診療 ガイド」では推算GFR が50 未満では腎臓病専 門医への紹介をすすめている。現在、全国の 49 地区医師会が協力して「腎疾患重症化予防 のための戦略研究」が進行中である。「CKD 診 療ガイド」の普及、実践によって透析導入患者 の増加予防の有効な医療施策を策定するため厚 労省主導で日本腎臓財団、日本腎臓学会が全面 的に協力している。沖縄県では南部、那覇、浦添、中部の4 地区医師会の「かかりつけ医」の 先生方に230 名のCKD 患者さんを登録してい ただき研究が開始されている。CKD は早期発 見、早期治療以外に有効な手段がない。

今後ともよろしくご協力お願い申し上げます。