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指導医に求めるもの

津覇実史

沖縄県立中部病院 津覇 実史

私のような若輩者が「指導医に求めるもの」、 というタイトルで文章を綴ることは甚だ恐縮で あるが、初期臨床研修の振り返りをかねて述べ させて頂きたい。

“島医者”を目前にして

いきなり、“島医者”?という言葉に少々驚 かれたと思うが、少だけお付き合い願いたい。

私は高校生までを沖縄本島で過ごし、その 後、僻地医療を担う医師の育成を基本理念に掲 げる自治医科大学で医学を学んだ。卒業後沖縄 に戻り現在勤務する県立中部病院に就職し、沖 縄県の僻地である離島診療所において一人で診 療を行えることを目標に、研修を積んできた。

幸運にも、これまでに大勢の優れた指導医に 巡り会うことが出来た。医療の知識やスキルは もちろん、患者に話しかける時の表情や言葉の 選び方、そして死生観に至るまで、医師として の人生を歩き始めたばかりの若造に、多くの種 を植え付けて頂いた。

教育や指導ということが素晴らしいのは、自 分が努力して得たものを、次の世代に絶えず受 け継いでいけることだと思う。

指導医は、自分の知識や技術、人生観まで も、目の前の研修医を通じて、その先に待つ患 者に伝えられる資格があることに、まず、誇り を持って頂きたいと思う。

3 年間の研修期間を終え、いよいよ来年度か らは診療所勤務が始まる。

医療現場という荒波に対峙する基礎体力を与 えて下さった指導医の先生方には感謝の気持ち でいっぱいである。

先生方から頂いたものすべてを、島の方々に 還元したい。

前置きが長くなってしまった。それでは、私 の考える「指導医に必要なもの」について述べ ていきたい。

叱るということ

初期臨床研修の必修化に伴い、近年、臨床研 修をテーマにした書籍が爆発的に増えている。 研修医用の本はもちろんのこと、最近では指導 医のための「参考書」も数多く出版されてい る。その中で以前目にした「指導医の悩み」コ ーナーの、ある文章が気になった。

『40 代 内科系指導医
「最近の研修医は、ちょっと厳しく指導すると、 すぐに落ち込み、やる気が無くなるようだ。こ れでは叱るに叱れない。」

確かに、研修医の立場として上級医や指導医 に怒られることは辛い。一生懸命やった結果で あればなおさらである。しかし研修を行ってい く中で、私たちは、怒ることの出来る指導医の 方が圧倒的に少ないことに気づく。

もう退官されてしまったが、私の尊敬するあ る内科の指導医は、研修医を目の前にして、よ く叱っていらっしゃった。烈火の如く怒り、時 にはモノが飛ぶこともあった。しかしその指導 医が叱るとき、そこには明快な原則があった。

患者からの病歴聴取や身体所見が充分でなか ったとき、不必要な検査をオーダーしたとき、 患者の経過を隅々まで把握できていなかったと き・・・。すなわち目の前の患者に対し、最善 の配慮が出来なかったときであった。医者にな りたての研修医に最善を尽くせなかったことを 理由に叱るのは、酷な話かもしれない。しか し、「この患者が自分の家族だったらどうする んだっ!!」と、決して理不尽ではない、至極 当然の理由でのお叱りであった。常に患者の立 場で考えるこのスタンスを、いつまでも大事に したい。

指導医が研修医を叱ることは大変なエネルギ ーを必要とすることは十分承知しているが、研修 医の成長のために、そして何より患者のために も、信念を持って、熱く、厳しく叱ってほしい。

win-win の関係でありたい

多くの研修指定病院では、初期研修医は各科 を万遍なくローテーションし、より幅広い知識 を身につけることが出来るようになった。この 状況において、指導医には当該の科で一方向的 に知識、技術の伝達をするのではなく、研修医 が他科で身につけた知識を吸収しようとする姿 勢を常に持って頂けたらと思う。すべてを知っ ていることが良い指導医とは限らない。わから ないことは研修医とともに悩み、ともに学び合 って、日々成長する医師こそ理想の指導医であ る。教える中で何かを学ぶというギブ・アン ド・テイクにより、win-win の関係でありたい と思う。

私のような駆け出し医師が、失礼を覚悟で、 「指導医に求めること」について述べさせて頂 いた。医学教育に真剣に取り組んでこられた、 大勢の偉大な先生方のおかげで、いま、沖縄県 は全国でも有数の研修医育成の場になってい る。この大切なバトンを私たちの後輩にも繋い でいけるよう、成長していきたい。