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世界エイズデーのテーマから考えたこと

宮川桂子

中央保健所 宮川 桂子

世界エイズデーのテーマ:
“Stop AIDS; Keep the Promise-Leadership”

12 月1 日は世界エイズデーです。テーマは、 2005 年から継続して、“Stop AIDS; Keep the Promise”(AIDS をくい止めよう;約束を守 ろう) であり、サブテーマは去年と同じ “Leadership”です。「政府や政治家、そして 地方の保健分野で決定権を持つ人々に、 HIV/AIDS に対して闘うために設定した目標 を達成することを求めている」と解説されてい ます。それまでのものと違う点は、テーマの対 象が一人ひとりのHIV 予防啓発の対象者では なく、「政府や政治家、そして地方の保健分野 で決定権をもつ人々」となり、それらの人々に 「確実に目標を守ってくれ」と訴えているので す。また目標を守るためには、あらゆるレベル で強いリーダーシップが必要である、という意 味がこめられています。

なぜリーダーシップか?

リーダーシップは、特にHIV/AIDS 予防・ 支援の世界では非常に大切です。多くの活動 で、プログラムの対象者が企画・運営に参加し ていく住民参加型方式が有効とされている一方 で、対象者の視点・意見を尊重しながら、様々 なレベルでのリーダーシップが無ければ、 HIV/AIDS 対策は成功しない、ということを過 去約27 年の間に世界は学んできました。ことさ らHIV/AIDS 対策でそれが必要である理由は、 HIV 感染に関して脆弱性をもつ人々とは、例え ば男性同性愛者や、セックスワーカー、静注薬 物使用者、といった社会的に差別・偏見に曝さ れてきた、あるいは違法者とされてきた人々で あるということと深く関係しています。これら の人々が、まずお互いに連帯するためにリーダ ーシップを必要としました。しかし、それだけ では十分ではありませんでした。どれだけ連帯 して声を大にして「自分たちが脆弱性をもつ健 康問題に力を注いでほしい」と対応を訴えたと しても、絶対数が少ないことと、社会的差別・ 偏見から、認知を得るのは非常に難しいという 状況があるからです。また、性にかかわる課題 として、性教育、性感染症予防教育に関して も、力のある立場からのリーダーシップを発揮 したサポートが無ければ現場ではやりにくいと いうのは、どこの国でも共通するものです。

リーダーシップの例

世界での成功例の一つとして、1990 年代の タイやカンボジアでの、セックスワーカーを対 象とした「100 %コンドーム戦略」がありまし た。これらの国でも売買春は非合法でした。し かし、HIV/AIDS の広がりに、政府は超法規 的な対応としてセックスワーカーを地域でマッ ピングし、コンドームを配布、コンドームを使 用しない売買春を禁止する、という政策をとっ たのでした。また最近では、静注薬物使用者へ のHIV 予防としては、needle exchange program というリスク軽減策を含む総合的な保健 対応が取締りよりも有効である、ということが 保健分野では周知の事実となっています。この ことから、UNAIDS(Joint United Nations Programme on HIV/AIDS:国連合同エイズ計 画)では、1999 年より、UNODC(United Nations Office on Drugs and Crime :国連薬 物犯罪事務所)をそのグループに入れて、各国での静注薬物使用者のHIV 予防として、総合 的な保健対応をするのを支援しています。この 課題に対応していくには、やはり政治のトップ がリーダーシップを発揮し、さまざまな法的問 題をクリアしながら、推し進めていく必要があ ります。

アドボカシー(Advocacy)について

ところで、アドボカシーという言葉がありま す。「啓発活動」が、一般に、行動や意識の変容 を求められる個人や集団に向けて知識や技術の 伝達を行うのに対して、「社会問題に対処するた めに政府や自治体及びそれに準ずる機関に影響 をもたらし、公共政策の形成及び変容を促すこ とを目的とした活動」と捉えることが出来ます。 HIV/AIDS 対応として、「啓発」という言葉が 多用されますが、海外ではそれと共にアドボカ シーも非常に重要な戦略の一つと捉えられてい ます。しかし、日本では、初期の薬剤エイズ問 題を除けば、「エイズは誰にでも可能性がある」 とし、若者全体やあらゆる人を対象とした啓発 活動が中心に行われ、「政府や自治体…に影響 をもたらし、公共政策の形成…を目的とした」 アドボカシーに力を入れたとは言えないのでは ないでしょうか。ある、セックスワーカーを含 む男女間のHIV 感染・エイズ患者の報告数が多 い県の知事は、「あれは、特定の職業の方の問題 ですから。」と発言し、エイズ対策事業費が削減 された、と聞きました。本来、政治的リーダー シップを発揮すべき人たちへ向けたアドボカシ ーが、今こそ必要ではないでしょうか。

正確な情報とは?

公衆衛生学を専門とする立場からは、正確な 情報を啓発にも、アドボカシーにも使い、扇情 的ではないメッセージと、根拠に基づいた対策 の有効性を訴えていきたいと考えています。例 えば、「HIV/AIDS は爆発的に増加している」 ではなく、「全体的に低いレベルで、しかし、 HIV/AIDS 報告数は年々増えている」という のがより正確といえるでしょう。日本では、 HIV 感染の罹患率も、有病率も出されていませ ん。それなのに、どうして、確信を持って増え ている、といえるのでしょうか?もちろん、否 定しているわけではありませんが、十分な根拠 があるといえないのが現状です。根拠となる研 究がもっと必要です。

また、報告数からみると、常に男性同性愛者 が明らかにアンバランスに多く、HIV 感染に関 して脆弱性をもつ人たちであることがわかりま すが、これを強調すると男性同性愛者への差別 感を深めるため、言ってはいけないと批判され ることがあります。しかし、感染に関する事実 と、差別があることとは、別次元の問題です。 重要なことは、男性同性愛者(すべての男性同 性愛者というわけではありません)が特に脆弱 性をもつ人たちであることを事実として受け入 れ、そこへ予防啓発・患者支援の焦点が当てら れ、資金や人材を投入されなければならないの です。そのためには、政治家や教育・保健・医 療等の分野で決定権を持つ人々に、正確な情報 を提供し、それぞれの分野で何が必要かを示す 必要があります。

保健医療関係者として

保健医療関係者も、ある意味、地方で力を持 った集団であると言えます。その集団がリーダ ーシップを発揮できる場面として、保健関係者 は、適切な対象者に予防啓発活動・患者支援を 約束すること;医療関係者は、HIV 陽性者へ十 分な医療を約束すること、などではないでしょ うか。具体的には、予防啓発活動・患者支援へ のマンパワーの投入であったり、HIV 陽性者で あっても、よくある疾患に関しては一般病院・ 医院・歯科医院等で対応する、などが挙げられ ます。また、それぞれの上部の決定機関・組織 へそれらが可能となるよう、働きかけていくこ とも、重要なリーダーシップとなります。

世界エイズデーのテーマから、保健医療関係 者一人ひとりが自分にとって何を意味するのか を考えるきっかけにしていただければ幸いです。