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HIV/AIDS 診療における「チーム医療」
世界エイズデー(12/1)に因んで

椎木創一

沖縄県立中部病院内科 椎木 創一

1.HIV/AIDS 診療の始まり

1981 年、若い男性のニューモシスチス肺炎 の5 症例がMMWR 誌で報告された。これが米 国での最初の後天性免疫不全症候群(AIDS) の症例であった。世界中の研究者の努力により 1985 年にはヒト免疫不全ウイルス(HIV)が 原因であることが判明した。当時このウイルス に対して有効な治療薬はなく、患者も医療者も 苦しい時代を過ごした。その状況を打破したの が1994 年に有効性が示された抗ウイルス剤の 多剤併用療法(HAART)であった。現在では HIV 感染者に対して適切な時期にHAART を 開始することにより、致死率を引き下げ社会生 活を維持することも可能となっている。しか し、いかなるHAART を用いても完全にウイル スを除去することはできず、患者は内服治療を ほぼ生涯継続することが必要とされる。

HIV/AIDS 診療において「living together」 というキーワードがある。これはHIV に感染し た状態にある「HIV と共に生きている人々」、 そして「HIV 感染者と共に生きている人々」と いう二つの「共存」を意味していると思われ る。2007 年末、世界で3,320 万人がHIV と共 に生きている。日本でも報告されているだけで 1 万3,000 人余りの感染者がいる。その数は 年々増加し続けているのはご存知の通りであ る。そんな中で、当院にも当然のことながら最 初の患者が1998 年に訪れ、それ以降増え続け ている。

2.HIV/AIDS 診療における「チーム医療」の 必要性

HIV/AIDS 診療の特徴として、継続性、専 門性、そして多様性が挙げられる。

HAART による内服治療は長期に及ぶ。患者 と医療機関との繋がりは途切れることなく、長 年に渡って続いていく。医師一人だけでその関 係を継続するのは難しいことが多い。また、1 年を待たずにガイドラインが変更されるこの分 野は、専門的な知識や経験の積み重ねが必要に なる。その他の多くの患者を抱えながら、医師 だけで新たな知見をすべて網羅するにはかなり の努力が必要である。そして多くの患者が HIV/AIDS という疾病だけでなく多様な問題 を抱えていた。経済的な困窮、精神的な不安や 悩み、そして社会的なスティグマである。この ような患者に対して、従来の医師主導型の診療 で十分なケアを行うのは難しかった。継続的な 関係と専門性を保ちつつ多様な患者に対応でき るようにするには、複数の医療者によるチーム が必要であった。

今では「チーム医療」というのは珍しい言葉 ではない。ガン診療などでも用いられる多職種 の協同を目的とした医療チームによる診療であ り、multidiciplinary medicine とも呼ばれる。 HIV/AIDS 診療を行う上で、このような「チ ーム医療」が患者、そして医療者の双方にとっ て必要だと思われた。

3.当院での「チーム医療」

当院ではHIV/AIDS 診療を開始した当初よ り医師を中心とした「ポジティブチーム」とい う多職種による医療チームを編成し、患者ケア に関わっている。医師、看護師、薬剤師、栄養 士、歯科衛生士、臨床心理士、ソーシャルワー カー、そして医療事務職が含まれている。

例えば、AIDS を発症した患者が入院した場 合を紹介する。全身状態や医学的問題について 医師が評価するとともに、社会背景や心理的問 題について看護師がさらに情報を聴取する。疾 病についての知識の供与、健康増進のための行 動変容を促す指導的役割も看護師が担う。多く は栄養サポートが必要な状態であり、薬剤との 相互作用や免疫低下状態を考慮した食事を栄養 士が計画する。口腔内病変の合併やう歯からの 感染リスクが高い場合、歯科口腔外科医師や歯 科衛生士の支援が必要となる。HAART などの 薬剤を使用することになれば、薬剤師の助力が 欠かせない。HAART に用いる多くの薬剤が副 作用や相互作用に留意が必要であり、薬剤師の チェックにより安全に薬剤が提供される。そし て医学的な面だけでなく、金銭的な問題も患者 にとって大きい。医療支援を適切に行うために ソーシャルワーカーと医療事務職が連携して、 本人に必要な申請がプライバシーを考慮して行 われるように配慮していく。また患者が女性で あれば、産婦人科医の診察が必要となり、妊 娠・出産といったイベントに対処するには周産 期担当看護師の助力が欠かせない。

4.「チーム医療」による利点

医療者の立場からすると、各専門職の意見を 聞き、総合的な判断ができることが「チーム医 療」の大きな利点である。医師の立場からは想 像もできないほどのパフォーマンスを、他職種 の彼らが持っていることを感じさせられること も少なくない。同じ病院の中にも「見えない垣 根」が職種間にあったことを痛感する。また医 師、看護師のように患者との直接的接触が多い 職種に対して、その他の職種は患者から直接声 を聞いたり、治療方針に深く関わったりするこ とが少なくなりがちである。彼らの仕事がどれ だけ患者に寄与しているのか、彼らのアイデン ティティーを確認する良い機会にもなる。そし て同じ目的に向かう仲間がいることにより、重 篤で難しい問題を抱えた患者と接し続ける医療 者が感じる肉体的・精神的ストレスを軽減する 効果もあるように思われる。

患者の立場からしても、様々な職種からの意 見を聞き自分の治療を選択していくことができ る。自分の希望や、時には愚痴を言うことがで きる相手が医師以外に多くいることが彼らにと って大きな利点である。患者が相談できる窓口 を増やすため、当院施設の職員だけでなく他施 設の臨床心理士の協力もお願いしている。患者 との面談以外にも、医療者に対して患者とのコ ミュニケーションの方法やカウンセリング・マ インドの持ち方の指導をして頂いている。

多職種連携による利点は上述する通りだが、 その効果を患者ケアに生かすには「連携の質」 を保つ必要がある。患者を中心とした良質な情 報交換の方法として、日々の診療の中での細か な連絡と定期的なカンファレンスを行ってい る。その中で具体的に個々の患者の状況や問題 点についてメンバーから情報を収集し、よりよ いケアが何であるか考え続けている。

5.「チーム医療」の課題

病院にはHIV 感染者やAIDS を発症した患 者が次々と来院する。この終わりのない状況を 変えるためには、病院の外との協力がより緊密 に必要であると感じている。すでに福祉保健医 療の担当者を中心にHIV/AIDS の早期発見、 予防啓発などの取り組みが行われている。また HIV 感染者を早期発見する現場は、エイズ拠点 病院や保健所だけでなく地域の開業医の方々の ところであってもおかしくない。そうした福祉 保健行政および地域医療の方々と病院が連携で きる大きなチームが形成されると、HIV/AIDS に対する予防と治療の両輪がいっしょに回りは じめ、より地域の保健医療のレベルを高めるこ とになると考える。