沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 11月号

沖縄の露地に咲いた 無憂華一輪

長嶺信夫

長嶺胃腸科内科外科医院
長嶺 信夫

奇跡の開花〜関口老師贈呈の無憂華〜

我が家の庭で一輪の無憂樹の花が咲いた。樹 齢わずか1 年半、それも樹高35cm の小さな苗 に花が咲いたのである(写真1)。

(写真1)

1.関口老師贈呈の無憂樹の開花(2008 年5 月14 日撮影)

読者はたかが花一輪・・そう思うかもしれな い。しかしこのことは植物学的にも実に興味深 いことなのだ。

この無憂樹の苗は今年の1 月末に愛知県一宮 市の惠林寺住職・関口道潤師から筆者に贈られ た12 本の無憂樹の内のひとつである。この苗 木は関口師が2006 年9 月30 日インド・ウッタ ランチャル州の種苗会社から無憂樹の種を購 入、翌日の10 月1 日に種を蒔き、10 月下旬に 発芽した苗である。

私が書いた菩提樹に関する随筆集が府中市の 友人・安生充彦氏から新潟県の住職に送付さ れ、それがさらに愛知県の関口師に転送され た。その縁で仏教3 大聖樹(菩提樹、無憂樹、 沙羅双樹)に関心をいだく私に丹精こめて育て た無憂樹の苗を贈ってくれたのである。

筆者はこの樹とは別に2006 年秋にインドで 6 本の無憂樹の苗を手にいれたのであるが、根 づいたのはわずかに1 本だけであったので、関 口師から沢山の無憂樹の苗を贈っていただき、 小踊りして喜んだ。私は贈呈された無憂樹の苗 から7 本を苗木入手のためインドまで同行して くれた沖縄菩提樹協会会員にわけあたえ、残り の苗を沖縄菩提樹苑に植樹するため自宅で育て てきたのである。

そして、朝夕水遣りをしながら観察してきた のだが、今年〈2008 年〉の4 月13 日の朝1 本 の無憂樹の枝先に仁丹の半分ほどの白い粒状の 花芽が連なってついているのに気付いた。樹齢 わずか1 年半、それも30cm そこそこの小さな 苗である。それが1 ヵ月後の5 月13 日、たった 一輪ではあるが薄く橙色をおびた花が咲いたの である。家内の尚子もびっくりして「まるで盆 栽ね!」と笑っている。

専門書を書き替えねば!

先に植物学的にも興味深いと記載したが、無 憂樹(無憂華、ムユウジュ、Saraca indica L) は植物学専門書である「日本で育つ花木植栽事 典」の中に、「植栽可能地はZone 11b 〜で、 周年開花(沖縄本島では困難。石垣では生育す るが開花に至らない)、実生して後、数年で花をつける」と記載されている。すなわち、沖縄 本島では開花するどころか、生育も困難で、沖 縄本島より南にある八重山諸島の石垣島では生 育はするが開花に至らない、と記載されている からである。それが、沖縄本島のそれも強風が 吹き、潮害も多い浦添市牧港の高台にある自宅 の庭で樹齢1 年半の幼木に花が咲いた。それだ けではない。昨年5 月に沖縄海洋博覧会記念公 園管理財団から沖縄菩提樹協会に贈呈された無 憂樹の取り木苗にも筆者の庭(鉢植え)で今年 1 月、少数ながら橙紅色の花が咲いたのである (写真2)。

(写真2)

2.海洋博記念公園管理財団から贈呈された無憂樹の開花(2008 年1 月17 日撮影)

ところで、無憂樹の花は開花後、しだいに花 の色が橙色から紅色に変わってくるといわれて いるが、海洋博記念公園管理財団から贈呈され た無憂樹の花は蕾の時から紅色に近い濃い橙色 で、枝ぶりも葉間が長く、また新葉の色もイン ドやタイで見た無憂樹が薄紫から次第に黄緑に 変化していくのに対し、白色ないし薄黄緑の新 葉であることなどかなり異なっており、その差 異に首をかしげている。上記の花木植栽事典に よると、無憂樹が属するサラカ(Saraca L) はマメ科の植物で、東南アジア原産で約10 種 が知られており、その代表樹が無憂樹であると のことである。現在筆者が入手している樹の種 が若干異なっているのかもしれない。

無憂樹に関してはすでに2007 年5 月号の沖 縄県医師会報に詳述したが、無憂樹はブッダの 母・摩耶夫人がお産のために里帰りの途中、ル ンビニー園で休憩し、咲き誇る無憂樹の花に手 を触れようとした時、急に産気づき、ブッダを 出産した。安産だったため、憂いなしの樹、す なわち無憂樹(サンスクリット語でアショー カ、Asoka)と名付けられたと言われている。 日本の植物園では温室で育てられていて、沖縄 では唯一沖縄海洋博記念公園熱帯ドリームセン ターの温室内でのみ見ることができる貴重な樹 である。私は2006 年の夏、この樹の存在を知 り、海洋博記念公園管理財団に特別に取り木を 依頼していた。その取り木が2007 年5 月、贈 呈書とともに記念公園管理財団から沖縄菩提樹 協会に贈呈され、十分根づくまで、筆者の庭で 育ててきたのである(写真3)。この無憂樹はイ ンドのクシナガラで入手した無憂樹とともに 「聖なる菩提樹植樹4 周年」を記念して今年 (2008 年)6 月1 日、沖縄菩提樹苑に植樹した (写真4)。これからは、魂魄の塔に隣接した沖 縄菩提樹苑で無憂樹を見ることができる。台風 の際、風が強く、塩害が心配な場所であるが、 大きく育ってくれることを願っている。クシナ ガラの涅槃堂の高僧から贈呈された沙羅双樹は まだ30cm ほどの幼木なので、今しばらく自宅 の庭で面倒をみなければならないようである (2008 年6 月記)。

(写真3)

3.無憂樹の贈呈式(2007 年5 月13 日撮影)

(写真4)

4.沖縄菩提樹苑での無憂樹の記念植樹(2008 年6 月1 日撮影)

参考文献
1.アポック社出版局編集:日本で育つ花木植栽事典、ア ポック社、1998 年
2.長嶺信夫:「汝の名は憂なしという。私をして憂なか らしめよ」〜無憂樹・・うれいなしの樹〜、沖縄県医 師会報、Vol.43 No.5 2007 年
3.満久崇麿:仏典の植物、八坂書房、1995 年