(医)八重瀬会同仁病院泌尿器科血液浄化療法センター
宮里 朝矩
先日臓器移植をテーマしたドキュメントに て、脳死状態と診断されている患者様を見て、 脳死倫理委員会の一人が「呼吸をしている、体 温が高い、これはとても人の死とは言えない」 という話をされていた場面を観ました。
1997 年に脳死法案が開始されてもなお脳死 を人の死と感覚的に認められない人々が多いの に愕然としました。
ところで脳死とはいったいどういう状態のこ となのでしょうか。(東大附属病院組織バンク よりの引用)もう十分にしられていることと思 うのですが、植物状態では、大脳と小脳は死ん でいますが、脳幹は生きています。ですから、 植物状態の人は、自分で話したり起きたりする ことはできませんが、心臓は動いているし、呼 吸も自分でできることが多いのです。ですから、 眠ったように見えるのです。治る可能性もあり ます。対して、脳死の状態では、大脳と小脳だ けでなく、脳幹も死んでしまっています。全て の働きがなくなってしまったので、現代の医学 では二度と元には戻りません。更に、自分で呼 吸ができないので、人工呼吸器をつけないと呼 吸ができません。呼吸ができないと、心臓も止 まってしまい、心停止になります。
人工呼吸器をつけていれば、心臓は動くこと ができますが、長い間この状態は保つことはで きません。ですから必ず死を迎えるのです。
しかし、現在、日本ではまだ多くの人の間 で、心停止が人の死であるという認識が強いと 思います。心臓の鼓動が聞こえなくなり、身体 も冷たくなった、つまり心停止の状態が死であ ると考えるということです。
臓器移植は、脳死は人の死であるという考え のもとに行われています。
心停止の人の臓器は、摘出した時に臓器の循 環が不安定かあるいは停止しているため、臓器 活性度が落ち、当然移植後の機能の回復不全に つながってしまうため、移植に使うことはでき ません。そこで、もう一段階前の状態、つまり 脳死の状態で臓器を摘出することができれば、 その臓器は移植に使うことができるのです。そ してその臓器は、多くの人の命を助けます。
しかし、ひとつ確かに言えることは、組織移 植も臓器移植も、提供したご本人、及びそのご 家族の尊い意思の上になりたっており、治療法 がなく絶望的と言われた患者様の多くの命を救 っているという事です。
10 月は臓器移植推進月間であります。この 際何故日本の移植は少ないのか?(このことに ついて移植患者連絡協議会のホームページより 引用)
我が国の移植医療は、ほぼ諸外国と同時期に 始められ、79 年には腎臓と角膜の移植にかか わる法律も制定されましたが、現在では欧米諸 国及びアジア近隣諸国に比べ提供数において、 大きく差ができてしまいました。
97 年10 月に臓器移植法が施行され、脳死下 での提供による心臓、肝臓、肺、すい臓、小腸 等の移植が出来るようになりました。しかし、 ようやく増加し始めたといっても2004 年度は、 脳死下で提供された方は5 人、心停止下で腎臓 提供をされた方は90 人でした。
この原因は、いくつか考えられますが救急施 設もその一つと考えられます。
新聞報道によりますと40 %の施設では脳死判定を行っていません。
心停止後の提供であっても、腎臓移植をする ためには、ほとんどの場合脳死を経なければな りません。
アメリカの救急医には、脳死になった患者家 族への、臓器提供の意思の確認が義務づけられ ています。
内閣府による04 年の世論調査によると約 10 %の方が意思表示カードを所持し、その6 割 の方が脳死下での提供にサインされています。 それから推定しますと年間数百人の方が脳死下 で提供されてもおかしくないのです。
提供指定施設外で亡くなる方もたくさんいら っしゃいます。この方々の意思をいかす方法も 考えなければなりませんし、提供指定施設では 救急医が必ず連絡し、コーディネーターが家族 に提供意思の確認をするようになれば、もっと 提供したい方の意思をいかすことができるでし ょう。
移植医療は、情報を常にオープンにし、個人 が自己の意思を明確にすることが大切です。さ らに、一人ひとりの意思を尊重し、それを必ず いかすシステムが必要です。
数年前から提供病院開発事業としてドナーア クションプログラムが実施され、オプション提 示をする施設は確実に増加していますが、これ だけでは効果が不十分だと思われます。やはり 移植医療の推進には、一般の移植医療への関心 を高め、一人ひとりが臓器移植について自分自 身の問題として考えていただくことが必要です。
臓器移植という言葉は、ほとんどの方に知ら れるようになりましたが、臓器移植に関する情 報が正しく伝えられているとはいえません。
先の世論調査では80 %の方が臓器移植に関 する情報が十分でないと回答しています。
国及び地方自治体は、これから常に臓器移 植に関する情報を広く発信し続けることが必要 です。
このことが達成されるならば日本の移植医療 は大きく前進することと思います。
最後に最近移植学会で脳死移植ドナーの家族 の講演がありましたので紹介したいと思いま す。その内容は息子さんが帰らぬ人と診断さ れ、ドナーカードを所持していたことより、息 子の意志を重んじて、臓器移植を選択されたと いうことでした。ところが、これまで治療して いた医療従事者が助ける側から、今度は息子を 物のように扱うような態度に変わったことで、 言いようのない後悔の気持ちをもったようで す。医療従事者にはそんな気持ちは無く、迅速 な臓器摘出を思うあまりに誤解を招くような態 度がでたのかもしれませんが、それは息子を失 ったご両親にはとても辛い出来事だったと思い ます。家族にそのような気持ちを抱かせるよう な医療は絶対にしてはいけないと、大いに反省 を促された講演でありました。
移植医療は、ドナーの健康、ドナーの家族の 精神的な安らぎを与えないかぎり本当の社会的 医療に発展しないと考えます。われわれ移植医 療に携わる医療従事者は、常に崇高で、感謝の 気持ちを持って今後もドナーとドナーの家族に 対応していかなければならないと思います。