中央皮フ科 萩原 啓介
ヘルペスは単純疱疹といい、単純ヘルペスウ イルス(herpes simplex virus: HSV)が原因 で起こる皮膚粘膜感染症です1。このウイルス は感染力が強く、直接的な接触や飛沫による皮 膚、粘膜への感染のほかにウイルスがついたタ オルやコップ、便器などを介しても感染しま す。従って、家族内、友人間など親密な間柄で 感染することがしばしばあり、俗に「愛のウイ ルス」とも呼ばれたりします。初感染後、三叉 神経節或いは脊髄後根神経節(知覚神経節)の 神経細胞の核内に遺伝子の形態で生 涯にわたって潜伏感染します。このウ イルスの大きな特徴は、初感染後免 疫ができてその人に抗体ができても、 潜伏したウイルスの再活性化により機 会があれば再発や再感染を繰り返す ということです。大人でよく見られる 口唇ヘルペスはほとんどが再発型で、 一年に平均1 〜 2 回繰り返すといわれ ます。
単純ヘルペスウイルスには1 型 (HSV-1)と2 型(HSV-2)の二つのタイプがあります。HSV-1 は、口唇、顔面な ど主に上半身に発症します。幼児期に感染して 口内炎などの症状を引き起こすことが多いよう です。HSV-2 の感染は20 代以降に多く、性器 を中心とする下半身に発症するといわれます が、実際は性器ヘルペス初感染の約70 %は HSV-1 によります。この場合には再発をきた すことはまれです。男性の性器ヘルペスは30 〜 40 代が多いですが、女性では17 〜 18 歳か らみられます。以前はほとんどの人が乳幼児期 に周囲の人々との接触によりHSV-1 に感染し て抗体を持っていましたが、衛生状態の改善や 核家族化などの影響で、今日では20 〜 30 代で も半数ぐらいの人しか抗体を持っていません。 乳幼児期の初感染は症状がないか、あっても軽 いのに対して、大人の初感染は症状が重くなる ことが多いようです。HSV-1 に対する抗体を 持っているとHSV-1 だけでなくHSV-2 にも感 染しにくく、症状が出ても軽いと言われていま す。
初感染後のウイルスは神経節にひそみ、何ら かのきっかけがあれば増殖して口唇ヘルペスな どとして再発します。きっかけになることとし ては、風邪(俗に「風邪の華」とか「熱の華」 といわれます)、疲労、紫外線、胃腸障害、外 傷、ストレス、老化、抗ガン剤、副腎皮質ホル モン薬、免疫抑制剤、悪性腫瘍合併など、細胞 性免疫力や抵抗力の低下などが誘因になります。
安元慎一郎:単純疱疹. 玉置邦彦総編集
「最新皮膚科学大系、第15 巻 ウイルス性疾患・性感染症」中山書店 東京
p8-19, 2003 年より
臨床病型としては、ヘルペス性歯肉口内炎、 口唇ヘルペス、顔面ヘルペス、カポジ水痘様発 疹症、ヘルペス性ひょうそ、性器ヘルペス、臀 部ヘルペスなどがあります1。ヘルペスとは発 疹学的には集族した水泡のことですが1、慈恵 医大の本田先生によれば1980 年アメリカの雑 誌「タイムス」が「Herpes」というタイトル で性器ヘルペスを大きく報道して以来、ヘルペ スというと性器ヘルペスというイメージが強く なっています2。しかし、統計的には口唇ヘル ペスが最も多く、次いで再発型性器ヘルペス、 顔面ヘルペス、カポジ水痘様発疹症の順になっ ています。
ヘルペスの診断が困難な時は、水泡底の細胞 をスライドグラスに圧底し乾燥させて、ギムザ 染色かまたはパーカーインクを滴下し、ウイル ス性巨細胞を検出するTzanck 試験が簡便で す。ただし水痘、帯状疱疹との鑑別は不可能で す。また、よく言われる血清抗体価の測定は初 感染の場合は診断的価値がありますが、再発の 場合はIgG 抗体価に有意な変動はみられませ ん。血清学的検査による1 型と2 型の区別はま だ日本では保険はみとめられていません。
ヘルペスはみずぶくれやびらんが出ている時 期はウイルスを大量に排泄しています。この時 期に患者に接触した人で、単純ヘルペスウイル ス抗体を持っていない人や、あっても抵抗力が 落ちている人は感染しやすくなります。ですか らこの時期は人との接触に注意すること、患部 に触れたらきちんと手を洗うこと、タオルや食 器などを介した感染に注意することなどが大切 です。ウイルスを持っていても症状が出ていな い場合は、ウイルスは通常、体内に潜んでい て、唾液や精液、膣分泌液中に存在する場合が あります。無症状であることから自分の体液に ウイルスが存在することに気づかず、パートナ ーに口唇ヘルペスや性器ヘルペスを発症させて しまうことがあります。抵抗力が落ちている時 の性交渉にも注意が必要です。
単純ヘルペスの皮膚症状は通常、2 〜 4 週間 で治りますが、抗ウイルス剤で治療すると症状 も軽くすみ、1 〜 2 週間程でよくなるといわれ ます。抗ウイルス薬には外用、内服、点滴静注 があり、臨床的重症度や患者の免疫力などによ り、それぞれ軽症、中等症、重症に対して使用 されます。京都府立医大の加藤先生は「HSV は皮膚や粘膜だけでなく神経節でも増殖してお り、表皮内で増殖したHSV が逆行性に神経節 に影響して神経節細胞に潜伏するウイルスゲノ ム量を増加させることも知られているので、ご く軽症の再発性ヘルペスが極期を過ぎて治癒過 程にある場合を除き、抗ウイルス薬の全身投与 が原則である」と述べておられます3。抗ウイ ルス薬はウイルスの増殖を抑制するものであ り、ウイルスを殺す作用はなく、神経節に潜ん でいるウイルスDNA を取り除くこともできま せん。ですから、症状が出ている間、特にその 出始めのウイルスが増えている間が治療のよい 機会です。頻回に再発を繰り返す患者さんには アシクロビルやバラシクロビルの内服薬をあら かじめ数日分処方しておき、前駆症状が出現し た時点で患者さんの判断で治療を開始する patient-initiated treatment が有用です。その ような患者さんには一定量の抗ウイルス薬を毎 日内服し続ける抑制療法も有効といわれます が、この方法は諸外国で認可されていても、日 本では性器ヘルペスの再発予防に限って以外は 認可されておりません3、4。
文 献
1.小澤明:ウイルス性皮膚疾患. 西川武二監修「標準皮
膚科学第8 版」医学書院東京 p535-538, 2007 年
2.http://www.dermatol.or.jp/QandA/herpes/contents.html
3.加藤則人: 単純疱疹. 瀧川雅浩、渡辺晋一編集「皮膚
疾患最新の治療2007-2008」南江堂 東京p165-
166, 2006 年
4.安元慎一郎: 単純疱疹. 玉置邦彦総編集 「最新皮
膚科学大系、第15 巻 ウイルス性疾患・性感染症」
中山書店 東京 p8-19, 2003 年