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麻酔の日(10 月13 日)に寄せて

中村清哉

琉球大学医学部附属病院麻酔科
中村 清哉

江戸時代後期1804 年(文化元年)10 月13 日、紀州平山(現在の和歌山県紀の川市・旧那 賀町平山)にて、華岡青洲が世界初の全身麻酔 による乳ガン手術を行いました。1846 年、ア メリカの歯科医師ウィリアム・モートンがエー テル麻酔の公開実験を成功させる40 年も前の 事です。

ちなみに、ここ沖縄では、遡ること1689 年、 高嶺徳明が当時10 歳の王孫尚益に補唇術(唇 の形成手術)を施し治癒させた記録がありま す。華岡青洲が用いた経口全身麻酔薬麻沸散 (六種類の薬草を調合)の主成分は朝鮮朝顔 (別名:蔓陀羅華)のスコポラミンと附子(別名: トリカブト)のアコニチンであり、両者の併用 によりそれぞれの欠点を相殺し、相乗的に意識 消失作用、鎮痛作用が増強されたものと考えら れています。これは臨床使用までに十数年を要 しており、かなりの試行錯誤を繰り返したこと は想像に難くありません。有吉佐和子の「華岡 青洲の妻」という小説はテレビドラマや舞台化 もされており、ご存知の方も多いでしょう。

麻沸散の完成により、当時かなりの数の全身 麻酔下外科手術が行われていたことが近年、明 らかになっています。

麻沸散の材料である朝鮮朝顔は、日本麻酔科 学会のロゴマークに使用され、第100 回日本外 科学会総会記念切手にも華岡青洲の肖像と朝鮮 朝顔の絵が用いられております。

図1

図1 華岡青洲の手術図 (北里大学白金図書館蔵「春林軒奇患図」)

近代日本医学の歴史上、麻酔学は外科の一部 として行なわれてきました。しかし、医学の発 展と共に、安全性の追求や専門性の発達が進 み、麻酔科が独立した大学医学講座として開講 するようになりました。1952 年、東京大学医 学部に日本初の麻酔科学教室が開講され、 1954 年に第1 回日本麻酔学会(現在の日本麻 酔科学会)総会が開催されました。学会開催か ら10 年後の1963 年には日本で最初の専門医制 度である麻酔科専門医が44 名誕生しました。 現在では全国に麻酔科専門医は5,717 名、沖縄県にも60 名の専門医が県内各地の病院で患者 の安全を守るスペシャリストとして活躍してい ます。現在の麻酔科学は、手術の際の臨床麻酔 のみならず、集中治療(ICU)、救急医療、ペ インクリニック、緩和ケアといった広い分野を 包括し、さらに発展して行く学問として注目さ れています。

今から200 年あまり前の麻酔という概念すら なかった時代に、華岡青洲により全身麻酔下外 科手術という偉業が達成されたことを讃えて、 社団法人日本麻酔科学会では2000 年から10 月 13 日を「麻酔の日」と定め、一般の人々に広 く麻酔、および麻酔科医の果たす役割を知って もらう活動を毎年、全国各地で行っています。

琉球大学医学部麻酔科学教室においても平成 13 年度より「市民公開セミナー」を開催して います。平成13 年・14 年度は、土曜日の午後 1 時から4 時まで琉球大学医学部附属病院外来 ロビーを使用し、セミナー形式で行いました。 事前に新聞広告や関連病院でのポスター貼付な どの宣伝も行ないました。セミナーでは“麻酔 の歴史”、“麻酔科医の役割”、“麻酔の安全性”、 “集中治療について”、“ペインクリニックにつ いて”、それぞれポスターを提示し、参考資料 を配布しました。個々の説明は麻酔専門医、集 中治療専門医、ペインクリニック専門医が担当 しました。手術を受ける際、われわれ麻酔科が どのような仕事をしているかを説明しました。 病院の最先端医療により重症の患者管理を行な っている集中治療(ICU)の説明では、ICU に ある人工呼吸器や生体モニターを提示し、使用 法や機能についてお話しました。さらに、麻酔 科医が活躍するペインクリニックとはいったい どのような患者さんを診察治療しているのか、 実際の神経ブロックの種類や治療内容等につい て解説しました。他には、手術の際、全身麻酔 は実際にどうやって行なわれるかを疑似体験し てもらうためのビデオを作製し、手術室入室か ら、全身麻酔導入、手術開始までの一連の流れ や、硬膜外麻酔手技を上映しました。また、全 身麻酔のデモンストレーションとして高機能麻 酔患者シミュレーターを用いて研修医と指導医 による全身麻酔導入から麻酔からの覚醒を実演 しました。その中では、手術中の危機的状況 (大量出血や低血圧、不整脈など)をシミュレ ートし、麻酔科医による迅速な対応の模様を紹 介しました。その後、患者シミュレーターを市 民の人にも触れて頂き、マスク換気や気管挿管 手技などを体験してもらいました。さらに市民 相談コーナーも設け、参加された方々からの手 術や麻酔、ペインクリニックに対する質問や疑 問に直接答えました。セミナー終了後、参加し た方々にアンケートを行いましたが、麻酔に関 する関心はかなり高く、麻酔についてよくご理 解いただけたと感じました。

平成15 年度からは毎年10 月13 日前後の3 日間、琉球大学医学部附属病院外来総合受付 前に“麻酔の歴史”、“麻酔科医の役割”、“麻酔 の安全性”、“ペインクリニックについて”のポ スターを展示しています。琉球大学医学部麻酔 科では、麻酔の日を通じて“麻酔を正しく理解 し、安心して手術が受けられる環境づくりに邁 進します”をスローガンに、一般市民の方々に 麻酔科学の飛躍的な進歩とそれに伴う安全性の 確立、並びに麻酔科医の周術期の役割をご理解 いただけるよう、その啓発に努めているところ です。これから手術を受ける予定の方、麻酔に 関して不安や疑問はありませんか? 痛み(ど の様な痛みでも構いません)でお困りの方はい ませんか?是非、お近くの麻酔科へ相談に訪れ てはいかがでしょうか?

以下の麻酔科のサイトへアクセスして近くの 病院の麻酔科をお訪ね下さい。

日本麻酔科学会 認定病院(沖縄県内)
 http://www.anesth.or.jp/cgi-bin/hospital/hsp_search.cgi?A=47

沖縄県麻酔科学情報(琉球大学医学部麻酔科のHP です)
 http://ryukyuanesth.com/