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”プリオン病の二次感染予防“を
通して洗浄・消毒・滅菌を考える

久田友治

琉球大学医学部附属病院
 手術部 久田 友治

はじめに

「ヤコブ病の消毒をせず手術 新たに3件」 との新聞報道があった。脳外科の術後で、その 患者がクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)と 判明するまでの間に、CJD の原因物質に対す る“特別な消毒”をしないまま別の患者に同じ 器具を使用したケースが、6 年間に3 件あった のである。厚労省は、器具に残存した「異常プ リオン」による2 次感染が否定できないとし て、同一器具で手術を受けて存命中の45 人に 事情を説明して経過を観察するよう、手術をし た医療機関に求めた。

CJD 自体が稀(100 万人に1 人発症)であ り、手術器具を介した2 次感染は更に稀であろ う。しかし、数例ではあるが手術器具を介した 感染が報告されており、硬膜や角膜移植による 感染や変異型CJD もある。先の報道に関連し て、厚労省から「手術を介するプリオン病の二 次感染予防」の通知があったので、その紹介を したい。

ハイリスク手技と“特別な消毒”

通知では先ず、「ハイリスク手技」が定義さ れた(表1)。「ハイリスク手技」は、脳外科だ けでなく、眼科、整形外科領域にも及ぶ。「ハ イリスク手技」に用いられた手術器具に対し て、現時点で推奨される処理方法が示された (表2)。プリオンは生物ではなく、タンパク質 なので“処理方法”と称されたと思われる。表 2 で先ず強調されているのは、“適切な洗浄”で ある。“適切な洗浄”によって10-4 までプリオ ンを減少できるとされる。“適切な洗浄”には ウォッシャーディスインフェクター(WD :図 1)を使うことが望ましい。WD は端的に言っ て自動皿洗い器である。熱水で洗浄するので消 毒薬が不要で全自動で乾燥まで行え、用手洗浄 が不要なので職員への血液暴露がなく、また、 WD の洗浄力は用手洗浄に優るようだ。使用し ていない施設には導入の検討を是非勧めたい。 ところで、“適切な洗浄”の前の消毒・滅菌は 避けなければならない。何故なら、消毒薬や滅 菌の熱で細菌や蛋白質等の汚れが固着して消 毒・滅菌が難しくなるからである。

図1.

図1.ウォッシャーディスインフェクター

表1.ハイリスク手技(一部改変)

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脳神経外科手術(硬膜、下垂体、神経節を切開、 穿刺、接触する手技)
眼科手術(視神経または網膜に関する手術)
眼窩手術・網膜硝子体手術
整形外科手術(硬膜、神経節を切開、穿刺、接触する手技)

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表2.具体的な処理方法

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1)適切な洗浄+3 % SDS3 〜 5分 煮沸洗浄
2)ウォッシャーディスインフェクター
 (アルカリ洗浄剤: 90 〜 93℃)洗浄
 +プレバキューム式高圧蒸気滅菌 134 ℃ 8 〜 10分
3)適切な洗浄剤で洗浄
 +プレバキューム式高圧蒸気滅菌 134 ℃ 18分
4)軟性内視鏡、マイクロ手術器械など:適切な洗浄剤で洗浄
 +過酸化水素水低温ガスプラズマ滅菌

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ご承知のとおり、消毒とは目的に合わせて微 生物の減少を図ることである。例えば、手術時 手洗い後の外科医の手には102 程度の細菌が残 存している。滅菌とは全ての微生物を殺滅する ことであるが、ゼロにではなく、10-6 とされて いる。さて、プリオンは通常の消毒・滅菌に抵 抗性があり、前段の新聞報道の“特別な消毒” として1)2)3)4)があり、これにより10-3 の減少 が得られるようだ。即ち、“適切な洗浄”によ る10-4 と“特別な消毒”による10-3 を合わせ て、10-7(7-log10reduction)が得られる。

おわりに

近代外科の進歩は滅菌法や麻酔に支えられて 来た。洗浄・消毒・滅菌は医師以外の職員によ って担われ、外科医は私も含め術野に滅菌器械 が出てくるのは当然と思っているかもしれな い。これを機会に自施設の洗浄・消毒・滅菌に ついて思いをはせる必要がありそうだ。