おもろまちメディカルセンター
久保田 徹
長引く咳にたいしてどのように診断していま すか?
漫然と鎮咳薬を処方してはいませんか?以下 の定義の慢性咳嗽では、我が国の三大疾患を考 慮して診断治療にあたれば、9 割以上の治療成 功率があるとされています。
ガイドラインを参考に、具体的な診療方法 を、提案してみます。
【咳嗽の定義】
日本のガイドラインでは持続期間により、3 つに分けます。
今回は、原因疾患が比較的単純な慢性咳嗽を 中心に述べたいと思います。慢性咳嗽は、 「咳嗽が唯一の症状として8 週間以上持続し、 胸部単純X 線検査やスパイログラフィーなど の一般検査や身体所見では原因を特定できな いもの」です。ポイントは、8 週間以上持続 する場合は感染症そのものが原因となること は、きわめて少ないということにあります。
【症状持続期間と感染症による咳嗽比率】
日本呼吸器学会「咳嗽に関するガイドライ ン」(2005)
【湿性咳嗽と乾性咳嗽】
湿性咳嗽は、痰を喀出するための防御反応と して二次的におこりますが、乾性咳嗽は咳嗽そ のものが病的に発症する一次的なものです。
乾性咳嗽の発症機序は以下の2 つです。
【慢性咳嗽の頻度】
三大疾患は、我が国では、咳喘息、アトピー 咳嗽、副鼻腔気管支症候群で、この順に頻度が 多いとされています。その他、慢性気管支炎、 胃食道逆流症、2 疾患による咳嗽、間質性肺 炎、ACE 阻害薬による咳嗽があります。
【慢性咳嗽の診療方法】
プライマリ・ケアレベルでは治療的診断を主 体とすることになるものと思われます。
以下に、3 つの診療方法を提案します。
1.病態を把握する一部の検査を利用する場合 (理想的)
○病歴と身体所見
咳の持続期間、乾性か、湿性か。後鼻漏、 鼻汁、咳払いの自覚症状の有無と喫煙歴。ア レルギー疾患の既往や家族歴。深夜早朝の喘 鳴、咳による睡眠障害。ACE 阻害剤の服用。 身体所見では、副鼻腔炎を示唆する咽頭粘膜 の敷石状の発赤や後鼻漏の有無。頸部聴診で 強制呼気時に聴かれるウィーズ。心不全や間 質性肺炎での肺底部のファインクラックルや その他の異常所見。
○胸部X 線写真の確認
○血液検査のオーダー
白血球数(分画で好酸球増多の有無)、 CRP、血沈など
○5%高張食塩水・気管支拡張薬ネブライザー吸入
胸部X 線写真で結核が疑われる所見が無い場合に行います。
○喀痰採取
グラム染色、エオジノステイン(外注の細 胞診で代用可。肺癌の保険病名が必要です。 好酸球か好中球主体のいずれかで、アレルギ ー性(咳喘息、アトピー咳嗽)・非アレルギ ー性(副鼻腔気管支症候群、慢性気管支炎) の気道炎症を区別します。上記の5 %高張食 塩水・気管支拡張剤の吸入では半数以上で喀 痰採取が可能となる印象です。好酸球が認め られれば、咳喘息かアトピー咳嗽のいずれか の可能性が高まります。
○治療的診断
慢性咳嗽の定義をみたし、湿性で鼻関連症 状があれば、副鼻腔気管支症候群を疑い、マ クロライド(エリスロマイシン400mg 分2) を処方します。
乾性の場合は、気管支拡張薬吸入にて咳嗽 が改善すれば、咳喘息と診断し、吸入ステロ イド(フルタイド)と持続型の気管支拡張剤 (セレベントもしくはホクナリンテープ)を処 方します。気管支拡張薬吸入が無効であれば 咳喘息を完全に否定せずに、アトピー咳嗽を より疑って、抗ヒスタミン薬(ジルテックな ど)と持続型気管支拡張剤(ホクナリンテー プなど)を処方します。ただし、咳がよくな れば、持続型気管支拡張剤だけを一時休薬す るように患者に指示します。その後に咳の増 悪が起こることが明らかなら持続型気管支拡 張剤を再開してもよいと説明しておきます。
○慢性咳嗽の治療的診断には、患者へのしっか りとした説明が重要です。なぜなら、治療無 効を経て診断に至る仕組みの診療ですから。 マイナス転じてプラスになることを必ず伝え ます。
原因は主にアレルギー性(咳喘息とアトピ ー咳嗽)と鼻(副鼻腔気管支症候群)、胃食 道逆流3 つにほぼ限定されること。そのうち 咳喘息だけが、治療せずに放置すると数年で 30 %がゼーゼーする気管支喘息になってしま うので、しっかりと診断した上で、咳嗽が落 ち着いた後も数ヶ月間は辛抱強い治療継続 (吸入ステロイドやロイコトリエン拮抗薬) が予防に重要であることをお話しします。
○約一週後(胃食道逆流症では2 〜 4 週後)に 効果判定のため再来とします。
再来時に咳スコアが(治療前の咳のひどさ を10 点としたら)何点かを聞きます。スコ アが半分以下なら有効(患者が満足している ことが前提です)と考えます。また、気管支 拡張剤を治療的診断として処方した場合、そ の効果をたずねます。気管支拡張剤の中止に より再悪化があれば、咳喘息と診断し、吸入 ステロイドと持続型気管支拡張剤を処方しま す。その後は症状が落ち着いた時点で、吸入 ステロイドを残して辛抱強く通院してもらい ます。
○治療的診断が無効の場合
胸部CT や喀痰細胞診、抗酸菌を含めた細菌学的検査を行い、他の原因疾患の検索を行 うのが理想的です。患者に、治療的診断にて 効果が無い場合は、精査も必要である事を前 もって話しておきます。その時点で専門医へ 紹介してもよいです。もし、患者が精査を希 望しない場合は、2 疾患の合併を考慮した、 治療の上乗せを行います。報告によると 12.1 %に上記3 大疾患に胃食道逆流症を加え た組み合わせがあります。例えば、咳喘息と 考えて、吸入ステロイドを使用してもなかな かよくならない場合に、胃食道逆流症として の治療(プロトンポンプ阻害薬)を加えて2 〜 4 週間みます。これで咳嗽が消失してくれ ば咳喘息の治療(吸入ステロイド)を止めま す。症状の再発があれば、咳喘息と胃食道逆 流症の合併であったことが治療後診断となり ます。
2.治療的診断が有効か無効かで段階的に治療 する場合(中庸)
上記1の方法の下線部位を省略します。
3.治療を優先させる場合(現実的)
初診から
★持続型気管支拡張薬:咳喘息を想定(セレ ベント、ホクナリンテープなど)
★ロイコトリエン拮抗薬:咳喘息を想定(キプ レス、シングレア、オノン)あるいは吸入ス テロイド(フルタイドなど)
★ヒスタミンH1 拮抗薬:アトピー咳嗽を想定 (ジルテックなど)
★マクロライド:副鼻腔気管支症候群を想定 (エリスロマイシン400mg/日)を処方すると 初回治療で9 割の方に効き、名医と呼ばれる かもしれません。もし効果がなければ胃酸逆 流症の治療(プロトンポンプ拮抗薬)を加え ます。咳が改善した後に、一薬剤ずつ、数週 間ごとに中止してもらいます。もし再発があ れば、中止薬剤と対応する疾患が考えられま すので、来院してもらう約束をします。咳喘 息に対する治療(ロイコトリエン拮抗薬もし くは吸入ステロイド)を一番長く最後まで続 けるように患者さんを、その理由とともに支 援します。咳喘息としての治療期間は3 〜 6 ヶ月を目安としてください。咳喘息であれ ば、将来の気管支喘息への移行を減らす治療 になるものと思われます。非専門の先生は、 これでもいいのではないかと思います。
【遷延性咳嗽: 3 〜 8 週未満】
2 つに分けられます
1.非感染性疾患(上述の慢性咳嗽の原因疾患)
2.感染性疾患(かぜ症候群後遷延性咳嗽、感染症そのもの、慢性気道感染症)
≪かぜ症候群後遷延性咳嗽≫
遷延性咳嗽では、一番頻度が高く、かぜ症状 が先行し、3 週間以上続く乾性咳嗽です。自然 軽快傾向にあり、慢性咳嗽の原因疾患に当ては まらない場合に考えます。気道過敏性の亢進が 考えられています。中枢性鎮咳薬、ヒスタミン H1 拮抗薬、麦門冬湯が有効とされます。
≪百日咳≫
欧米の報告と同様、我が国でも3 週間以上の 咳嗽の約2 割が百日咳です。典型的症状は、上 気道炎症状が先行して後、咳き込みで夜目覚め る、発作性の咳、咳が止まらずに息苦しい、咳 き込み後の嘔吐です。患者の周囲に長引く咳の 人がいる場合は強く疑った方がいいです。詳細 は省きますが、血清診断法があります。マクロ ライド系抗菌薬は発症から3 週間以内でないと 有効性は証明されていません。しかし、周囲 (ワクチン未接種の小児やハイリスクの人)へ の感染を防ぐ意味での除菌療法は発症後6 〜 8 週間を経ても妥当と考えられています。
他の原因疾患としてマイコプラズマ肺炎、ク ラミジア肺炎、頻度は少ないですが、気管支結 核などがあります。