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妊婦HIV 抗体検査事業について

沖縄県妊婦HIV 抗体スクリーニングの現状

佐久本薫

琉球大学医学部器官病態医科学講座女性・生殖医学分野
佐久本 薫、青木 陽一

はじめに

沖縄県のHIV 感染者/AIDS 患者は、平成19 年末の厚生労働省エイズ動向委員会の報告1)に よると、HIV 感染者が24 人、AIDS 患者が7 人で合計31 人であり急速に増加している(図1)。これまでで最も多い数であり、人口当たり の感染者数は東京都に次いで沖縄県が第2 位で ある。爆発的な増加に繋がるのではないかと関 係者は、深刻に受け止めている。HIV 感染者 /AIDS 患者は男性同性愛者が多く、そのコミ ュニティーへの働きかけが必要である。拠点病 院で外来通院している患者も相当な数になり、 病状の安定した患者は分散して管理する必要が でてきている。一般の人への波及や妊娠合併例 も出現してくることが危惧される。一方、日本 全国のHIV 感染妊婦は増加しており、厚生労 働科学研究「周産期・小児・生殖医療における HIV 感染対策に関する集学的研究」班(主任 研究者:和田裕一)の報告によると、平成19 年度の新規報告数は43 例で、これまでの累積 HIV 感染妊娠数は503 例に達している2)。この ような現状から、妊婦HIV 抗体スクリーニン グに対する沖縄県による公的補助事業が平成 15 年度から開始されている。全国的にも5 つの 自治体(平成15 年12 月時点で秋田県、茨城 県、群馬県、埼玉県、沖縄県。青森県、千葉県 は行っていたがその後中止)でしか行われてお らず、画期的な事業である。沖縄県医師会では 沖縄県からの委託を受け、妊婦HIV 抗体スク リーニングの業務を代行してきた。今回、県医 師会事務局に代わって、平成15 年からの妊婦 HIV 抗体スクリーニングの実施率を算出し、若 干の考察を加えて報告する。

図1.

妊婦HIV 抗体スクリーニング実施数、実施率

沖縄県の補助事業を委託された沖縄県医師会 事務局による集計から、5 年間の妊婦HIV 抗体 スクリーニング実施数、実施率を算出した。実 施数は事務局に公的補助の申請された実数であ り、県のホームページに示された出生数(年度 ではなく年)で除して実施率を算出した。

表1 に5 年間の妊婦HIV 抗体スクリーニング 実施数、実施率を示した。平成15 年度からの 各年度の実施率は80.9 %、77.2 %、81.3 %、 82.6 %、86.0 %であった。図2 に5 年間の推移 を示したが、ほぼ横ばいで推移している。5 年間の出生数は82,477 人で妊婦HIV 抗体スクリ ーニング実施数は67,316 件、平均実施率は 81.6 %であった。公的補助が実施されている割 には低い値と考えられる。関係者は、90 %以 上を期待していた。81.6 %に止まった原因が、 スクリーニングを勧める産科医の側にあるの か、妊婦が検査を拒否したのかは明らかでない が、著者の経験からは妊婦のHIV 抗体検査へ の感心は高いことから産科医がより積極的にス クリーニングを勧めて実施率を上げる必要があ ると思われる。報告書に記載された偽陽性/陽 性の数は32 例(0.05 %)であった。偽陽性の 数は二次検査(確認検査)の結果も反映してい る可能性もある。著者が把握している限りで は、この中から真のHIV 感染者は出ていない。

図3 に厚生労働省班研究(和田班)で行った 全国産科病院へのアンケート調査のデータから 沖縄県の妊婦HIV 抗体スクリーニング実施率 を示した2)。和田班の報告によると、沖縄県の 平成18 年度の抗体スクリーニング実施率は 92.2 %であったが平成19 年度は73.3 %に低下 したことが指摘されていた。しかし、今回の調 査では平成19 年度の実施率は86.6 %で過去最 高値であり、実施率の低下は認められなかっ た。和田班の調査はアンケート調査であり、1 年間の分娩数と妊婦へのスクリーニング実施率 を大まかに答えてもらうもので、限界があるも のと考えられる。

表1.
図2.
図3.

公的補助の継続について

一般に成人が、HIV に感染しても免疫機能が 低下してAIDS を発症するのに数年から十数年 かかると言われている。しかし、研究班の報告 でも母子感染が成立した新生児は、適切な抗 HIV 療法を行うのが困難であり、早期に発症し 予後は極めて不良である。本邦ではHIV 感染 妊婦に対しては抗HIV 療法(最近では一般に 行われる多剤療法HAART)と陣痛発来前の帝 王切開術、抗ウイルス薬の点滴静注、新生児へ の抗ウイルス薬の予防投与、母乳保育の禁止が 推奨されている3)。この方法を行うことにより、 母子感染をほぼ予防できることが報告されてい る。この予防を行うためにも妊娠初期に妊婦全 員にHIV 抗体スクリーニングを実施すること が重要である。

妊婦HIV 抗体スクリーニング事業を通して、 わが国、沖縄県のHIV 感染者/AIDS 患者の現 状、適切な予防法と治療法、国、県、保健所な どの行政の取り組み、母子感染の予防法につい て、産科医が妊婦へ直接説明、啓蒙できる機会 が有ることが重要である。また、妊婦というひ とつの集団をスクリーニングすることができ、 その結果からHIV 感染の一般家庭への拡大を 推量することができることも重要と考える。

補助事業が開始された平成15 年度の補助額 は1,500 円であったが、徐々に減額され平成20 年4 月からは1 件当たりの補助額750 円となっ た。予算の関係で致し方ない実情があると思う が、過去に青森県において、3 年間継続した公 的補助を中止したところスクリーニング実施率 が30 %台に急落したことがある。できる限り沖 縄県の公的補助が継続される事を期待したい。

諸事情から沖縄県による公的補助が中止され る可能性があると考えられる。その場合でも、 妊婦HIV 抗体スクリーニングの意義を十分に 理解し、検査実施率が低下することがないよう に、産科・周産期に関わる関係各位にご努力を お願いしたい。

妊婦HIV 抗体スクリーニングの実施手順

図4 に妊婦HIV 抗体スクリーニングの実施手 順を示した。現在沖縄県のほとんどの施設で H I V - 1 、2 抗体とH I V - 1 抗原を検出する ELISA 法が行われている。この検査では、陽 性の中にウイルスに感染していない偽陽性が出 てくることを認識する必要がある。妊婦では偽 陽性率が上昇することが山田、塚原らによって 報告されている(平成16 年度報告書)。一次検 査で20 名の陽性者が出た場合、真の陽性者 (二次検査で陽性)はそのうち1 名であると報 告されている。産科医は沖縄県のHIV 感染者 /AIDS 患者の急激な増加の現状と母子感染が 成立した場合の児の予後が不良なこと、検査で 偽陽性がでることがあるため、一次スクリーニ ング陽性が即HIV 感染を意味するものではな く、二次検査(確認検査)を行う必要があるこ と、真の陽性者(HIV 感染妊婦)は適切な治療 が受けられること、母子感染予防の方法がある とこを検査前に充分説明しておくことが重要で ある。平成19 年6 月に厚生労働省より全国自 治体主管、日本産婦人科学会へ出された通達に も検査前および検査後のカウンセリングを十分 に行うこととプライバシーの保護に十分配慮するよう記述されている。近日中にエイズ予防財 団が作成した妊婦検査に関わる医療従事者向け の「妊婦HIV 一次検査実施マニュアル」が配 布されることになっている。

図4.

まとめ

公的補助が施行されてから5 年間の妊婦HIV 抗体検査実施率は81.6 %であった。県医師会 では県に代行してこの事業を推進してきた。大 きな成果を上げたものと考える。県全体のHIV 感染者/AIDS 患者は増加しており、いずれ HIV 陽性妊婦が経験されることが考えられる。 適切な母子感染予防を行うためにもスクリーニ ングが大切である。今後も沖縄県の公的補助が 継続されることを希望するとともに、産婦人科 医による妊婦抗体スクリーニングを徹底して実 施することが重要である。

謝辞:補助事業の集計をして下さった沖縄県医 師会事務局山田愛里様に心より感謝申し上げま す。また、県医師会の事業報告としてコメント をいただいた補助事業の担当理事金城忠雄先 生、医師会誌の紙面を割いて下さった広報担当 理事の先生方へ深謝致します。

本稿の要旨は、第106 回沖縄県医師会医学会総 会(平成20 年6 月8 日)において発表した。

参考文献
1) 厚生労働省エイズ動向委員会報告2007 年12 月、
http://api-net.jfap.or.jp/aids/aids_Frame.htm
2) 平成19 年度厚生労働省科学研究費補助金エイズ対策 事業「HIV 感染妊婦の早期診断と治療および母子感染 予防に関する基礎的・臨床的研究」班(主任研究者: 国立病院機構仙台病院副院長 和田裕一)報告書、 2008.
3) 塚原優己、今井光信、松岡 恵、他: HIV 母子感染 予防対策マニュアル第5 版、平成19 年度厚生労働省 科学研究費補助金エイズ対策事業「HIV 感染妊婦の早 期診断と治療および母子感染予防に関する基礎的・臨 床的研究」班・分担研究「わが国独自のHIV 母子感 染予防対策マニュアルの作成・改訂に関わる検討」班 (分担研究者:国立生育医療センター周産期診療部産 科 塚原優己)編、2008.
 本文中に引用した班研究の成績と内容は過去の研究報告 書に詳述されている。各年度の報告書を参照されたい。