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フランスの夏

辺土名仁

みどり耳鼻咽喉科 辺土名 仁

“緑蔭”という言葉には、人それぞれ映画、 写真、体験などから様々なイメージを持ってい ると思う。私には、大木の葉陰でハンモックに 揺られながら昼寝をする光景や、高い街路樹の 下でベンチに座り、冷たい飲み物を飲んでいる イメージが湧いてくる。街路樹がぴったりの 国、フランスの夏について述べてみたい。

今から約20 年前、小生はフランスのパリに 留学、いや“遊学”した。また開業後も、夏休 みに家族旅行で2 度ほどフランスを訪れた。何 度訪れても、フランス全土の緑の豊かさには感 動させられる。元来、農業国であるので当たり 前といえば当たり前だが、首都パリですら、高 い街路樹に囲まれて自然と一体化した美しさが 感じられる。マロニエとプラタナスが街路樹と して植えられているが、その高さは5 〜 6 階建 てくらいの高さまで達している。両木ともヨー ロッパや北米が原産であり、夏には緑蔭、秋に は枯葉で街を彩ってくれる。“ブルバール”と 呼ばれるメインの通りには両端に街路樹が等間 隔で植えられており、通りが長く広いだけに壮 観である。通り沿いには必ずと言っていいほど カフェがあり、赤や緑のシェードが街路樹とマ ッチしてまさに絵になる。ある日、髭をたくわ えた太ったおじさんが、グラス一杯の赤ワイン とフランスパンだけで優雅に昼食を取ってい た。昼下がりの通りを眺めるその姿は映画の一 コマのようであった。中位の通りの“アヴェニ ュー”では、道の両端に街路樹が並んでいた り、広い中央分離帯にびっしりと植樹されてい たりする。特に後者の場合、夏になると緑の葉 が重なり合って、空も見えないぐらいである。 通りの入り口から向うの端を眺めると、まさに “緑のトンネル”という感じである。通り沿い のカフェで“プレッション”と呼ばれる生ビー ルや冷えたレモンジュースの“シトロン・プレ ッセ”などを飲みながら、みどりの葉陰を眺め るのは気持ちがいい。中央分離帯のベンチで幾 重もの葉陰に押し潰されながら“エヴィアン”、 “ヴォルヴィック”などのミネラルオーターを 飲むのもよい。小さな通りの“リュウ”にはさ すがに街路樹はなく、見えるのは路上駐車の列 とアパートの窓だけである。しかし通りの角に は小さなカフェやレストランがあり、疲れた足 を休めることができる。私の子供達は“ディア ボロ・マント”という、ミントを炭酸で割った 緑色の飲み物が大好きだった。何となく大人に なった気分なのであろう。ちなみに日本のアイ スコーヒーなるものはパリにはなかった。

フランスの夏は6 月1 日から始まる。5 月31 日の夜から翌朝にかけてパリ市内のあらゆる道 路、広場、アパート等から色々な音楽が聞こえ てくる。この音は午前2 時であろうと午前4 時 であろうと変わらない。熟睡する時間帯でもあ り困ったものだが、警察への通報などは全くな い。翌日ラボの同僚に尋ねると、その日から夏 が始まるのでパリ中が音楽で喜びを表している との事。この日はどんなにうるさくしても、誰 も文句を言わないとのことであった。夏の始ま りをルールで決め、皆で喜び騒ぐのは、私にと って新鮮な感覚であった。この一晩のお祭り騒 ぎだけで、年間日照時間の少ないヨーロッパで の、人々の太陽への憧れが分かるというものだ。 パリジャンの求めるのは“3S”と言われてい る。それは、Sun、Sea、Sex である。3S の頭 にSun が来るのは、やはり太陽への憧れの象徴 であろう。夏はバカンスシーズンの始まりでも ある。9 月半ばまでの3 ヶ月あまりを国民全体 が太陽を求めて、南仏、地中海諸国、国外へと旅立って行く。国民は法定で3 週間以上の夏期 休暇を取得できる。法律で決まっているので、 これを守らないと企業は何万ユーロという罰金 を科せられる。日本人からすればうらやましい 限りである。小さなレストラン、ブティックや ギャラリーなどは完全にシャッターを下ろして 休業する。真夏のパリに残るのは、バカンスへ 出かける金がない貧乏人か、交代制で残る職員 かと言われるぐらいである。その代わり、外国 からの旅行者でパリの真夏は混雑する。人間の 入れ替えと考えればよい。南仏へのバカンスは 高速道路を利用するのが一般的だが、週末のニ ュースを見ると、高速6 号線が渋滞30km など と報道される。まるで日本本土の盆や正月の帰 省ラッシュと同様である。車一杯にバカンス用 の荷物を積んだり、自転車を屋根に積んだりし て、ノロノロ運転する渋滞の列が延々と続いて いる。ツール・ド・フランスでも見られるよう に、自転車で野山をツーリングして自然を満喫 するのが好きな国民性である。しかし、バカン ス期間が個々で異なるので、パリへの帰省ラッ シュは全くと言うほど聞かれない。

初夏に郊外の田園地区を訪れると、収穫前の 小麦畑が一面に広がり、ベージュのじゅうたん のようである。“麦秋”とはよく表現したもの である。近くの森の濃い緑と小麦色とのコント ラストが何ともすばらしい。また黄色のひまわ り畑も延々と続いており、映画“ひまわり”の 映像がパリ郊外に普通の姿で広がっている。セ ーヌ川やロワール川を上流へ旅すると、川の堤 に白樺の木が並んでいたりする。さすがに北国 だと感じさせる並木だが、地元では女の子が生 れると記念に植樹しておき、嫁入りの時に伐採 して持たせる習慣があったらしい。白い木肌に まつわる美しい話である。

フランスの初夏はまさしく緑の燃える美しい 季節です。街路樹も森も畑も全てが輝きます。 “緑蔭”に身を委ねながら、ゆったりと流れる 時間の中で、自然を体感するのは実に気持ちの よいものです。この“すがすがしさ”を感じて いただければ幸いです。

サン・ジャック大通り

サン・ジャック大通り

ルネ・コティ通り

ルネ・コティ通り