禄寿園 金城 國昭
老健施設に勤務して十四年が過ぎた。前歴は 産婦人科医。本土復帰前の昭和四十四年、三十 五歳で開業、当時は医療機関も少なく、それな りに患者さんもいて日夜診療に奮闘した。昼夜 を分かたぬ分娩も苦にならず多くの新生児が誕 生した。ところが五十半ばを過ぎたころから夜 間の分娩立会いが億劫になり、体力、気力の限 界を感じ「そろそろ潮時だ」との天の声が聞こ えるようになり、自ら「開業定年」を宣言して 閉院した。時に五十八歳。その後、老人医療な ら少しは役に立てるのではと一年ばかり、K 老 人病院で勤務(研修)の後、S 老健施設の施設 長を経て、R 園に転じ現在に至っている。
知っての通り老健入所者の大半の方は後期高 齢者で多病、前医からの処方持参薬が多い。老 健医として入所時にまず手がけるのは必要最小 限の薬剤に整理することである。適切にカット すれば食欲も出て問題行動も少なくなり。ADL が向上して「元気高齢者」に変身されたケース を多く経験している。300 年前、益軒先生も 「病の災いより薬の災い多し」と養生訓で述べ ている。高齢者に限って言えば卓見だと思う。 それと介護報酬は「マルメ制度」であり、むや みに他科受診をさせてはならないとの運営規定 があり(監査の対象)、専門外の疾患でも教科 書や文献を頼りに治療をしているのが現状であ る。(勿論、必要があれば専門医に紹介してい る)。言うなれば「老健医」は最近しきりに話 題になっている「総合医」的な資質が求められ ているわけで、今後は一定の研修の後、各科の コモンディシーズに対応できる「老健認定医」 の制度を作ってはとの意見も出始めている。
それにしても「老健施設」ではやたら会議や 文書作成業務が多い。加えて入所者だけではな く、通所利用者(当園は定員70 名)も診なけ ればならない。国の人員基準では利用者百名に 医師一名となっていて、医療度の重い入所者が 増加しつつある昨今、常勤医一名で多くの業務 を担当するのは実情にそぐわないと思う。せめ て「五十対一」とすべきである。
さて、現在の職場R 園には元小生医院で産声 を上げた二人のナースがいる。赴任して間もな いころ、二人揃って「その節はお世話になりま した」と挨拶に来たときはびっくりした。「あ の時の赤ん坊か…」と立派な成人女性になった 二人を眺めながら握手したときは実の娘達のよ うで感激した。
今日も二人の「愛娘」達から「施設長、もっ としっかりしてください」と叱糟励されなが ら施設内を動き回っている。「老健医」は楽な 稼業ではない。