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肩関節周囲の外傷・疾患のプライマリ・ケア

福嶺紀明

豊見城中央病院 整形外科
福嶺 紀明

【はじめに】

外科系の救急外来において、肩関節周囲の外 傷や疾患は日常的によく遭遇するものです。時 として診断に苦慮し、初期段階で見落とす事が 少なくありません。そこで、念頭に置いて欲し い外傷・スポーツ障害と非外傷性疾患に分け、 それぞれの早期診断・プライマリ・ケアについ てコメントさせて頂きます。

【肩関節周囲の疾患】

肩関節周囲の外傷・スポーツ障害疾患

交通事故や転倒・スポーツでの外傷を契機 に、肩関節周囲の疼痛や挙上困難の訴えがある 場合に考えられる代表疾患としては下記の疾患 が挙げられます。

○骨折・骨端線損傷:鎖骨骨折、上腕骨近位 端骨折・骨端線損傷、肩甲骨骨折

○脱臼:外傷性肩関節脱臼・肩鎖関節脱臼・ 反復性肩関節脱臼

○その他:腱板断裂・関節唇損傷

肩関節周囲の非外傷性疾患

明らかな外傷のエピソードがないのに肩関節周 囲の疼痛や挙上困難が出現した場合に考えられ る代表疾患としては下記の疾患が挙げられます。

○骨・関節の疾患:変形性肩関節症・上腕骨 頭壊死・肩鎖関節症など

○その他:肩関節周囲炎・石灰沈着性腱板炎・ 肩腱板断裂など

○関節炎:リウマチ・痛風・偽痛風・化膿性肩 関節炎など

○頚椎・神経疾患:頸部神経根症・神経痛性 筋萎縮症

【肩関節診察時のチェックポイント】

○上肢の挙上が可能か?

○腫張、変形、圧痛点:どこが痛いか?

○創の有無:開放骨折ではないか?

○知覚、運動障害の有無:神経損傷を合併して ないか?

○橈骨、尺骨動脈の触知(左右差の確認): 血管損傷はないか?

○呼吸苦の有無:血気胸・気管損傷はないか?

○発熱の有無

【必要な検査とチェックポイント】

X 線

1.鎖骨骨折・肩鎖関節脱臼疑い:鎖骨2 方向 

〈ポイント〉

○小児では鎖骨を含めた上肢全体を撮影する。

○上位肋骨骨折・鎖骨近位端骨折・胸鎖関節 脱臼を見落とさないようにする。

○鎖骨近位端骨折や胸鎖関節脱臼が疑われると きは、Rockwood 撮影

(40 °尾側から胸骨柄部正面像)や胸部CT を行う。

2.上腕骨近位端骨折・肩関節脱臼・腱板断裂 疑いなど:肩関節2 〜 3 方向(正面・斜位・ Y ビュー)

〈ポイント〉

○骨折の有無や肩甲骨と上腕骨の位置異常の有 無を確認。

3.非外傷性疾患:肩関節2 方向(正面・軸位 or Y ビュー)

〈ポイント〉

肩甲骨・上腕骨の位置異常・変形・異所性 石灰化の有無を確認

CT

肩関節周囲の骨折で高エネルギー外傷(転 落・交通事故)による受傷機転が考えられる場 合は胸腹部・頭頚部の合併損傷を考慮して、 CT による評価を行う必要があります。

MRI

初診時に緊急でMRI を必要とする事はほと んどありません。

血液検査

多発骨折では貧血の有無を、化膿性肩関節炎 では炎症反応を確認します。

関節液検査・細菌培養検査

化膿性肩関節炎・偽痛風・痛風を疑った場 合、関節穿刺液を検査に提出します。

【疾患と治療】

1.鎖骨骨折(図1)、肩鎖関節脱臼、胸鎖関節 脱臼

図1

図1.鎖骨骨折と肋骨骨折(矢印)

症状は鎖骨周囲の変形・腫張・疼痛・上肢の 挙上困難などです。小児の場合は訴えがはっき りせず、「腕を動かさなくなった」などの訴えで 親が連れてくる事が多い様です。治療は、鎖骨 骨折や肩鎖関節脱臼に対して鎖骨バンドまたは 三角巾固定・患部の冷罨・消炎鎮痛剤投与で す。翌日整形外科専門医の受診を指示します。 開放骨折、血気胸、神経麻痺や鎖骨下動脈損傷 を合併している場合は緊急処置を要するため、 救急病院へのコンサルトを行う必要があります。 特に鎖骨近位端骨折や胸鎖関節脱臼は高エネル ギー外傷によって起こる事が多く、胸腹部・頭 部CT などの精査を要する場合があります。

2.上腕骨近位端骨折(図2)・肩関節脱臼・ 外傷性腱板断裂

図2

図2.肩関節脱臼骨折

上腕骨近位端骨折・外傷性腱板断裂は中高年 者に多い疾患です。症状は肩関節周囲の疼痛・ 挙上困難です。転位の少ない骨折や腱板断裂の 初期治療は三角巾とバストバンド固定(図3)・ 患部の冷罨と消炎鎮痛剤投与で、翌日整形外科 専門医の受診を指示します。脱臼を放置すれば 上腕骨頭壊死や腋窩神経麻痺の危険性が高くな るため、早期の徒手整復を要します。徒手整復の方法としてはStimson 法(図4)が最も愛護 的であるため、整形外科医が到着するまで試み て良いかと思います。痛みによる筋緊張のため 整復困難な場合は関節ブロック・斜角筋間ブロ ックや、鎮静を行い整復します。全身麻酔下に 観血的整復術を要する事もあるため早急に整形 外科にコンサルトする必要があります。最も緊 急処置を要するケースは上記1 と同様です。

図3

図3.三角巾とバストバンド固定(文献2 より引用)

図4

図4.Stimson 法(3 〜 5Kg の重錘)(文献1 より引用)

3.腱板断裂・石灰沈着性腱板炎(図5)・肩 関節周囲炎・変形性肩関節症など

図5

図5.石灰沈着性腱板炎

これらは中高年者に多い肩関節の変性疾患で す。症状は夜間の強い痛み・挙上困難などで、 上腕外側を痛がる人が多いようです。石灰沈着 性腱板炎では激痛である事が多く、X 線で上腕 骨頭周囲に石灰が認められます。整形外科医以 外が、救急外来で関節注射を行う必要はなく、 治療は三角巾固定・患部の安静と消炎鎮痛剤投 与です。緊急性は無いため、翌日整形外科専門 医の受診を指示します。

4.スポーツによる肩の痛み

成長期における障害では上腕骨近位端骨端線 損傷(リトルリーガーズショルダー)、高校生 以上では関節唇損傷、腱板不全断裂などが考え られます。症状としては投球困難を、重症例で は挙上困難などが認められます。治療内容は三 角巾固定・患部の安静と消炎鎮痛剤投与です。 関節唇損傷であればMR 関節造影などの特殊な 画像検査を要する場合があるため肩関節専門医 の受診をすすめます。

5.化膿性肩関節炎を疑った場合

易感染性の患者や、術後または関節注射後の 医原性感染によって起きることがあります。症 状は発熱・肩関節周囲の熱感・発赤・腫張・疼 痛です。緊急手術を要する事もあるため、まず はX 線検査と血液検査を行い、整形外科専門 医の指示を仰ぐ必要があります。

6.頚椎・神経疾患:頸椎症やヘルニアによる 神経根症・神経痛性筋萎縮症

肩関節以外の疾患でも肩の痛みや挙上困難が 起こります。上記疾患を疑った場合はまず頚椎 のX 線(2 方向)を撮影します。治療は頚椎カ ラー固定と消炎鎮痛剤投与で、後日整形外科専 門医の受診を指示します。進行する麻痺が無け れば緊急性はありません。

【最後に】

救急の現場では大きな骨折にとらわれ過ぎ て、臓器損傷や小さい骨折が見落とされる事が あります。特に痛みの訴えがはっきりしない小 児や高齢者では骨折が見落とされて、重大な機 能障害を残す事もあります。早期診断と適切な プライマリ・ケアを行い、整形外科医に引き継 いで頂けたら幸いです。

参考文献
1) 山本龍二:図説肩関節Clinic MEDICAL VIEW P73 1999.
2) 石黒 隆:高齢者上腕骨近位端骨折の保存療法.-下垂 位での早期運動療法について-.MB Orthop.19(5) 119-127,2006.