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世界禁煙デー(5/31)に寄せて
〜無煙社会に向けての小児科医の役割〜

池間尚子

敬愛会ちばなクリニック小児科
池間 尚子

はじめに

今年2 0 0 8 年の世界禁煙デーのテーマは “Tobacco-Free Youth”です。ニコチン依存 症は“pediatric disease(小児科疾患)”とさ れていますが、それは患者の多くが10 代の小 児期に喫煙を開始し、喫煙開始年齢が若い程ニ コチン依存症になりやすく離脱しにくいためで す。また、喫煙は受動、能動にかかわらず、母 体の中にいる胎児にまで取り返しのつかない健 康被害を及ぼします。子どもたちの現在と未来 をタバコの害から守ることは、私たち大人の急 務のはずですが、無煙社会実現には程遠いのが 現実です。実は私自身、タバコ問題に関心を持 ち何か行動しなければと考えるようになったの はごく最近のことで、実践については全くの初 心者です。経験豊富な先生方が多数いらっしゃ る中で分不相応で恐縮ですが、今後のエールも 込めて、無煙社会に向けての小児科医の役割に ついて考えてみたいと思います。

無煙社会実現のためには小児科医の努力が 不可欠

1900 年20 歳未満の喫煙を禁じた「未成年喫 煙禁止法」が制定され、100 年以上の間未成年 者の喫煙は法的に禁止されてきました。しかし、 10 代の約半数(男子56 %、女子44 %)が喫煙 を経験したことがあると答えています。喫煙経 験前の子どもたちに徹底した喫煙予防教育を行 い、未成年喫煙者の早期発見・早期治療を行え ば、ニコチン依存症患者や200 を超えるといわ れる喫煙病による死亡や後遺症を劇的に減少さ せることができるはずです。そこで、私たち小 児科医の出番です。小児科医は、日夜子どもた ちとその保護者と向き合っています。つまり、子どもと保護者の両方にアプローチできるチャ ンスが与えられています。さらに、2006 年日本 小児科学会により「小児科医は子ども達が成人 するまで見守ります」という提言がなされ、小 児科医が10 代後半の子どもたちの健康問題に積 極的に取り組む事が求められていますので、不 幸にして喫煙を開始してしまった子どもたちの 禁煙指導や治療も、小児科医の役割の一つと言 えます。喫煙の一次、二次、三次予防全てに関 われる小児科医は、無煙社会の実現のために欠 かせない存在だと思います。

小児科医の役割

小児科医として実践できる事を考えてみたい と思います。

1.日常診療の中で〜主に受動喫煙について

厚生労働省の定義では、受動喫煙とは「室内 又はこれに準ずる環境において、他人のタバコ の煙を吸わされること」です。「他人のタバコ の煙」(環境タバコ煙)は、4,000 種類以上の 化学物質を含み、強力な発癌物質であると同時 にさまざまな健康被害をもたらします。子ども たちへの被害は、母体の受動・能動喫煙により 出生前から始まります。胎児期の曝露は、胎児 期の成長発達を阻害して流産や早産、低体重出 生などを増加させるだけでなく、肺機能低下や 発達遅滞、ADHD などの神経行動学的問題、 肥満の助長など、出生後の健康状態や成長発達 にまで悪影響を及ぼすことが分かってきていま す。さらに出生後曝露により、乳児突然死症候 群や気道感染症、中耳炎、喘息などが、子ども たちに襲いかかります。このような被害から子 どもたちを守るために、日常診療の中で出来る事を挙げてみたいと思います。

1.診療室あるいは待合室にタバコの害につ いてのポスターやパンフレットを置いて、 情報を提供する。

2.初診時問診で、家族内や周囲の喫煙者の 有無や環境タバコ煙に接する可能性のある 場所への立ち寄りの習慣などをたずねる。

3.肺炎や喘息、中耳炎に罹患した子どもたち の保護者には、タバコと病気の関連につい て伝え、喫煙者がいれば積極的に禁煙を勧 める。また、喫煙所はもちろん、禁煙でな いレストランなど受動喫煙の被害にあう可 能性の高い場所へ近寄らないよう指導する。

診療の中で喫煙を話題にするよう心がけてい ますが、保護者の反応はさまざまです。母が喫 煙者の場合など嫌な顔をされることもあります が、「今度父親を連れてきたら話をして下さい」 と言われる事もあります。しかし、限られた診療 時間内での指導には限界があります。来院とい う折角のチャンスを逃さず十分な禁煙指導を行 うためには、看護師の協力や内科禁煙外来との 連携など、体制を整える必要があると思います。

2.小児喫煙者への禁煙支援外来の立ち上げ

能動喫煙している子どもたちは加害者である と同時に、最も深刻な被害者です。喫煙開始が 若年であるほどニコチン依存症になりやすく治 りにくく、さらに親となって次の世代に健康障 害を残す危険性もあります。そこで当クリニッ クでは、日本禁煙学会認定指導者(喜納美奈子 看護師、清水隆裕医師)の指導と協力を得て、 小児禁煙支援外来開設を計画しています。ニコ チン依存症の禁煙は、ヘロイン中毒者のヘロイ ンからの離脱と同じくらい困難だと言われてい ます。また、若年者が禁煙に成功するまでに は、平均7 回の禁煙失敗歴があるそうです。子 どもたちの禁煙を成功させるためには、粘り強 く支援を継続することが不可欠で、その方法を 検討中ですが、地域からの要望もあり、できる だけ早く体制を整えたいと考えています。

3.地域の中での禁煙活動へ

無煙社会の実現には、地域との積極的な連携 が不可欠だと思います。例えば、乳幼児健診で保 健所と協力して、親に対する教育や喫煙者への禁 煙指導、地域の禁煙外来への案内などを行った り、学校医として教育機関と連携して、子どもた ちへの防煙教育や学校とその周辺の無煙化に協力 することなどです。また、母親学級やその他あら ゆる機会を捉えて、子どもの能動・受動喫煙に対 する社会全体の関心を高める啓蒙活動も重要で す。とは言え現実的には、目の前で明らかに未成 年と思しき少年が煙をくゆらせる姿を見かけて も、声をかけることも出来ません。まずは私たち 自身が、日頃から地域の中で禁煙活動ができるよ う、十分な知識とスキル、実行する勇気を身につ けて行く必要があると思います。

おわりに〜タバコ問題、そして「思春期診療」

ここまで、タバコ問題について初心者なりに 考えてみました。

最後に「思春期診療」について付け加えさせて 頂きたいと思います。私は以前、国立成育医療セ ンター総合診療部思春期診療科に勤務していまし た。「思春期」というごく若い時期に引き起こさ れた身体的・心理的・社会的健康障害が、その後 の長い人生の健康状態を左右するだけでなく、次 の世代へ危険を及ぼす可能性があることに気づか され、その影響の大きさに愕然としました。思春 期の子どもたちはチャレンジ精神や独立心に富ん でいる一方で、危険を認識したり自分の行動の結 果や影響を予測する「認知機能」が未熟なため、 人生の中で最も危険な行動を起こしやすく後遺障 害も引き起こしやすいといわれています。海外で は、小児科医を中心とした総合的なチームで診療 を行う「思春期診療科」が、小児科の一分野とし て確立されています。このタバコ問題を足がかり にして、医療・保健・教育などの多分野が連携し て、飲酒や不適切な性行動など思春期の危険行動 全般にかかわる体制を整備する一助として行けれ ばと思います。