理事 野原 薫
平成19 年度学校医講習会が平成20 年2 月 23 日(土)に日本医師会館で開催されました ので、報告します。この講習会の趣旨は、地域 医療の一環として学校医活動を円滑に行うため に必要な事項を習得するということで、日本医 師会が学校医向けに毎年、開催しています。詳 細な報告は日本医師会雑誌8 月号に記載予定で すので、ここでは要旨と印象記を報告します。
会長挨拶は岩佐副会長、学校保健会長挨拶は 内藤専務理事の代読でした。
講演1.は“最近の学校教育行政について” の演題で、講師は文部科学省スポーツ・青少年 局学校健康教育課専門官の岡田先生でした。昭 和33 年に学校保健法が制定され、当初は寄生 虫、トラコーマ、結核、う歯などが健康課題と なっていたが、近年では生活習慣の乱れ、いじ め・不登校などのメンタルヘルスケア、アレル ギー疾患の増加、性の問題行動、薬物乱用とい った健康課題が顕在化してきている。このよう な課題に対して「学校、家庭、地域社会の連携 の推進」を進めて対応するために「学校地域保 健連携事業」を発展させ、「子どもの健康を守 る地域専門家総合連携事業」を立ち上げている と報告されました。
講演2.は“特別支援教育と今後の課題”の 演題で、講師は埼玉県東松山市の坂本市長でし た。東松山市の市政は「ノーマライゼーション のまちづくりを基本理念として、障害のある人 もない人も、ともに生きるまちをつくる」、即 ち「分離から共生へ」を目指しています。国連 障害者権利条約をもとに、これまでの障害者を 分離して行う分離教育から障害者も健常者も一 緒に生活するインクルージング(共生)教育を 行うことを実践しています。障害者とは支援を 必要としている人のことで、乳幼児期は障害児 のいる保育園に保育士を加配し、更に経管栄 養、導尿などが必要な子どもには看護師も配置 した上で、障害者通園施設は閉園します。学齢 期は教育委員会が介助員制度を開始し、介助が 必要な障害児を受け入れた学校に、介助員を派 遣するシステムで、障害児の75 %が地元の学 校に通学しています。成人期では障害者就労支 援センターを開設し、多くの障害者を就職さ せ、暮らしの場ではグループホームを設置して います。24 時間、365 日対応の総合相談センタ ーを設置し、ホームヘルパーを常駐させている と話されました。本当にすばらしい理念で、市 長がやる気になればこのようなことができると いうことに感心させられました。
講演3.は“小児生活習慣病の予防”の演題 で、日本大学小児科准教授の岡田先生が講演しま した。肥満の原因は従来どおりの栄養問題と運動 不足ということでした。運動不足の解消に対して は安全性、コミュニケーションの面からも学校の 校庭を開放することは利点が多く、栄養問題につ いては食育を養護教諭、栄養教諭、学校医が参加 して行うことを提案しておりました。
午後は「学校におけるアレルギー疾患の管理 と支援−−今後の具体的取り組みの方向を探 る」と題してシンポジウムが行われました。
1)は“小児アレルギー科医の立場から”と 題して、国立病院機構相模原病院臨床研究セ ンターアレルギー性疾患研究部長の海老澤元 宏先生でした。平成19 年4 月に報告された 全国の公立小・中・高校の児童生徒のアレルギー性疾患の有病率は喘息5.7 %、アトピー 性皮膚炎5.5 %、アレルギー性鼻炎9.2 %、 アレルギー性結膜炎3.5 %、食物アレルギー 2.6 %、アナフィラキシー0.1 %となってい ます。現在、学校において十分なアレルギー 対策がとられてないため、委員会でアレルギ ー性疾患管理票(仮称)を医療機関・学校間 の連絡ツールとして検討中であると報告され ました。
2)は“皮膚科医の立場から”と題して、は っとり皮膚科医院理事長の服部瑛先生でし た。アトピー性皮膚炎への学校における具体 的取り組みは運動会での待機場所を日陰とす ること、水泳指導におけるプール使用後のシ ャワー浴の徹底、制服等の素材、長袖着用の 配慮などはおおむね配慮されているが、掃除 当番などへの配慮、温水シャワー浴、学校で の医薬品等の使用に関する取り組みなどにつ いてはなお十分ではなく、学校向け手引きを 作成中と報告されました。
3)は“眼科医の立場から”と題して、吉田 眼科院長の吉田博先生でした。アレルギー性 結膜炎の治療としてまず、抗アレルギー点眼 薬を開始し、更に低濃度ステロイド点眼薬を 追加することがあり、人工涙液によるセルフ ケアも役立っています。春季カタルでは抗ア レルギー薬、ステロイド点眼薬、シクロスポ リン点眼薬を使用し、プールに入るときには ゴーグルをつけることを勧めており、プール からあがったら人工涙液による洗眼を行うと 報告されました。
4)は“耳鼻咽喉科医の立場から”と題し て、幸芳耳鼻咽喉科医院院長の島田和哉先生 でした。学童の耳鼻咽喉科的疾患は副鼻腔炎 からアレルギー性鼻炎へと変わってきてお り、アレルギー性鼻炎と水泳との関連、鼻疾 患と学業との関連を報告されました。
平成19 年度母子保健講習会が平成20 年2 月24 日(日)に日本医師会館で開催されました ので、報告します。この講習会の趣旨は少子化 が進展する現状を踏まえ、地域医療の一環とし て行う母子保健活動を円滑に実践するために必 要な知識を習得することで、詳細は日本医師会 雑誌8 月号に記載予定ですので、ここでは要旨 と印象記を報告します。
今年度のメインテーマは「子ども支援日本医 師会宣言の実現を目指して− 2」で、プログラ ムは下記の通りです。但し、当日は東北新幹線 が止まったために副会長、講師の到着が遅れ、 プログラムが一部、変更となりました。
講演1)は“医学・医療の品格”の演題で、 講師は東北大学名誉教授で宮城県対がん協会会 長の久道茂先生でした。品格とは広辞苑による と品位と同語で、人に自然に備わっている人格 的価値です。日本の医療は医師不足による病 院・診療科の閉鎖、医療事故と医療訴訟、科学 者の不祥事、市場経済主義による格差の助長、 医療の品格の低下により崩壊しており、品格を 論じることにより医療崩壊を防ぐ手立てに寄与 することを話されました。フランスの医師フー フェラント著の「自伝・医の倫理」を紹介し、 医師のマナーの重要性を話され、長崎大学医学 部の教育理念から「医学を学ぶ、科学を学ぶ、 そして人を学ぶ」、更に良医とは「高貴な志、い ざとなったら命の危険をかえりみないで患者を 救う医師」の持論を紹介されました。また医療 崩壊(患者・医師関係の崩壊)の根源は医療従 事者側の品格ばかりではなく、市場経済主義に 迎合した「患者様」という呼び方、医療に経済 至上主義を求めること、更に患者、地域住民、 行政や議会の品格も論じる必要がある。最後に 大学医学部・附属病院へ社会的責任とリーダー としての品格を育てる期待を述べられました。 よりよい医療の構築には医療提供者ばかりに品 格を求めるだけではなく、患者側にも品格を求 める必要があることにとても共感を得ました。
講演2)は“子どもの脳を守る”の演題で、 講師は国立病院機構大阪医療センター副院長山 崎麻美先生でした。山崎先生は小児脳神経外科医の女性医師で、虐待による頭部外傷の増加、 胎児期水頭症の出生前診断及び治療、小児脳腫 瘍などの子どもの死と向き合う緩和医療、更に ママさんドクターの復職支援などを具体的に話 されました。
シンポジウムは「母子の心の健康を求めて」 のテーマで、4 人のシンポジストの講演があり ました。1)は“「キレる」脳:セロトニン欠乏 脳”と題して、東邦大学医学部統合生理学教授 の有田秀穂先生でした。「キレる」現象に関連 の深い脳領域は前頭前野腹外側部で、この部位 が衝動的攻撃行動を制御する役割で、この部位 におけるセロトニン伝達機能の障害(セロトニ ン欠乏脳)が指摘されており、この衝動的攻撃 行動が他者に向けられるとキレる行動になり、 自己に向けられると自殺となる。セロトニン神 経を活性化させる二大要因はリズム運動(呼 吸・歩行・咀嚼)と日照(太陽光)で、IT 社 会で運動不足、昼夜逆転の現代生活がセロトニ ン神経を弱らせている。また、セロトニン神経 の発達は6 歳頃までが重要で、母と子が一緒に リズム運動、短時間の日光浴、スキンシップを 行うことが重要だと話されました。2)は“妊 産婦のメンタルヘルスの理論と実際〜ハイリス ク者の早期発見と育児支援における医療チーム の役割〜”と題して、九州大学病院精神科神経 科特任准教授の吉田敬子先生でした。出産後の 母親の育児の障害、特に産後うつ病について質 問票による検出の実際を示されました。九州大 学病院では精神科的障害がみられたり、その既 往歴がある妊婦を母子メンタルヘルスクリニッ クの対象とし、産科と精神科の合同チームによ り支援、更に小児科や保健福祉行政との連携を 行っていると話されました。3)は“子どもの 社会力を育てる”と題して、筑波学院大学学長 の門脇厚司先生でした。社会力とは人が人とつ ながり、社会を作る力、そしてよりよい社会を 作ろうとする意欲と構想力と実行力です。1960 年以降、他者への無関心、愛着、信頼感の欠如 など、「他者の取り込み」不全がみられるように なり、「社会力の衰弱」が現れるようになりまし た。結果としていじめ、不登校、無気力、自 殺、自傷行為、薬物依存、うつ病、ニート、引 きこもり、児童虐待、ゲーム中毒、ネット中毒 などの非社会化の昂進と蔓延が起こり、心寂し き人々の増加と潜伏化しました。社会力はヒト の子が先天的に備えている高度な対人関係能力 (他者との応答能力)をフルに稼動させること で、そして多様な他者(とりわけ大人)との相 互行為を重なることで、培われ育まれます。子 どもと母親の社会力を育てるには、地域を親密 圏(コミュニティ)にする、すなわちできるだ け子どもと大人が日常的に交流し、協働する場 や機会を多くする、また学校の教育に親も地域 の大人たちも積極的に参画し、学校を地域に取 り込むことが重要と話されました。現代社会の 行過ぎた個人主義や他人任せが社会力の減退に 繋がっていることを痛感させられました。4)は “子どもの心に出会うとき”と題して、大正大 学人間学部臨床心理学教授の村瀬嘉代子先生で した。児童福祉施設における参与的調査研究を 通して、多くの子どもが存在をそのままよしと 受けとめられることや基本的信頼感を持ちたい と渇望しており、きめ細かな配慮に裏打ちされ た全体性のある日常生活を基にしたキュアとケ アを必要としていると話されました。
印象記
かみや母と子のクリニック小児科 神谷 鏡子
平成19 年度 学校医、母子保健講習会に参加して
毎年のことかもしれないが、平成20 年2 月23、24 日と東京駒込の日本医師会館で連日行われ た。1 日目は学校医講習会で「特別支援教育と今後の課題」について埼玉県東松山市の坂本市長 (ちなみに自称?埼玉の若大将)が、障害を1 つの個性としてとらえ、障害のある人もない人も地 元の学校でともに学び育つことによって、相互理解し、助け合って生きていく「共生社会」を目 指して、今までの分離教育から共生教育へのステップアップとして、就学時支援委員会を廃止し、 本人、保護者の希望と就学相談調整会議での相談の結果、希望の地元学校への入学というもので した。去年は小中学校での介助員が39 人、今年は19 人の就学児に対し50 人の介助員を予定して いて、介助員の質の向上や親とのトラブルの研修会も開き勉強しているとの報告、さらに成人期 の福祉面でも障害者福祉支援センターを開設し、障害者の一般就労を推進し、約3 年間で110 人 の障害者が一般就労しているという事実。そのパワフルな講演と熱心さに感心した。今時、熱血 という言葉は流行らないが、熱血市長そのものであった。
もう1 つは「小児生活習慣病の予防」を日本大学医学部の岡田先生が、小児メタボリック症候 群の診断基準、思春期の肥満の80 %は成人肥満に移行し、動脈硬化などの血管性病変は早いと 10 代前半で始まり、思春期肥満の43 %に動脈硬化病変が存在する。若ければ大丈夫ではない。小 児生活習慣病は栄養問題と運動不足に集約され、沖縄では全国平均より肥満児の割合が高く、即 急な食育の教育や適正なクラブ活動や身体活動の活性化に努めなければならない。シンポジウム は今年から始まるアレルギー疾患管理指導について、海老澤先生が学校でアナフィラキシーショ ックについてエピペンの重要性と今後の課題、学校との連携などのお話だった。2 日目は母子保 健講習会であり、前日からの春一番の突風の影響で新幹線が運転停止になり講演の講師の先生方 が到着せず、到着した順番で講演会があった。午前はちょうど最近読んだ「子どもの脳を守る」 の著者である山崎麻美先生で、もと小児科医であり、その後小児脳神経外科として活躍され、虐 待による頭部外傷の増加、ゆさぶられっ子症候群、虐待の鑑別の難しさ、水頭症などの出生前診 断、脳幹部脳腫瘍の子の緩和医療、女医の労働条件改善、ママさん医師の復職支援に取り組んで おられた。シンポジウムでは、「キレる脳」と題して、有田秀穂先生が前頭前野におけるセロトニ ン伝達機能障害を指摘し、きれる人間と軽欝の蔓延により大人の社会人の暴行件数の増加、自殺 者の増加。これは現代の生活習慣に原因があると考えパソコン漬け、昼夜逆転の生活がセロトニ ン神経を弱らせる為であり、それを活性化される3 つの鍵は@リズム運動、A日照、Bタッピン グタッチであると結論しておられた。同感である。妊産婦のメンタルヘルスの理論と実践は九州 大学病院の吉田敬子先生が、妊娠中からハイリスク群を母子メンタルヘルスクリニックに受診さ せ、育児母子支援をしていくというものであった。さら筑波学院大学門脇学長が社会力について 講演しておられた。「社会力」とは人が人とつながり、社会を作る力、そしてよりよい社会を作ろ うとする意欲と構想力と実行力と定義し、1960 年くらいからの社会力の衰弱がいじめ、不登校、 無気力、自殺、薬物依存、うつ病、ニート、児童虐待など様々な問題を引き起こし社会力の再興 を目指して親、子ども、学校の社会力を育てようというものであった。
今回の2 日間は非常に充実した講演であり、今後の学校医、母子保健活動の参考になった。
印象記
長田クリニック 長田 清
学校医・母子保健講習会報告
2 月23 日、24 日に日本医師会館で行われた講習会に参加させて頂きましたので報告致します。 平成19 年度母子保健講習会のメインテーマは「子ども支援日本医師会宣言の実現を目指して」 で、小児精神科、小児脳神経外科、臨床心理学、基礎医学、社会学などの立場からの講演があり ました。「子どもの脳を守る」と題した講演で山崎麻美先生(大阪医療センター副院長)は、児童 虐待の発見に有用な知見や、水頭症児の治療および家族も含めたサポートについて話されました。 吉田敬子先生(九大准教授)は、マタニティーブルーの早期発見への問診票やネットワークの必 要性を話されました。社会的交流の乏しい母親では、育児支援チェックリストに記入することで 危険因子が明らかになり、対策が取りやすくなります。「子どもの心に出会うとき」で講演された 村瀬嘉代子先生(大正大学教授)は、心身に問題を持つ子や施設などに収容されている子ども達 や家族への援助はどうあるべきかということを、できるだけ子どもの目線で一緒に考えて触れ合 って行くことの重要さを力説されました。「キレる脳:セロトニン欠乏脳」の有田秀穂先生(東邦 大学生理学教授)は、子どもがキレやすくなっているのは、歩行や咀嚼などのリズム運動が減少 していることと、昼夜逆転生活で太陽光に当たる時間が少なくなっていると報告されました。
当日は春の嵐が吹き荒れて、電車、列車、新幹線が軒並みストップするという異常天候で、メ イン講演者の久道茂先生(宮城県対がん協会会長)の仙台からの到着が大幅に遅れましたが、最 後、ギリギリ3 時には到着され、おかげで貴重な講演を聞き逃さずにすみました。内容は「医学・ 医療の品格」(薬事日報社)という著書についての講演でした。「国家の品格」がベストセラーに なってから「〜の品格」という本はブームになっていて、17 冊ほどあるそうです。二番煎じでは あるが、それでも現在の日本の医学・医療の問題を憂い、失われつつある誇りを取り戻すために あえて、医学の品格の名前にこだわって出版されたそうです。その気概が強く伝わりました。ご 自身の疫学者としての経験、教訓も含めて科学者の倫理と論理、真の科学的研究とは何かを追求 し、また医師のマナー、人間性にも触れ、社会経済の仕組みの中での医者としての有りようなど についても広くお話されたので、非常に刺激的で有益な内容でした。一読の値打ちのある著書だ と思います。
最後に、講演者の1 人村瀬嘉代子先生は子どものこころを扱う第一人者であると同時に、日本 臨床心理士会の会長も務められ、県内でも多数活動しているスクールカウンセラーの元締め的な 存在でもあります。その村瀬先生をお招きして講演会を予定しています。6 月8 日(日)沖縄コン ベンションセンターにて、第31 回日本内観学会が行われますが、午後は公開講座(参加費1,000 円)となり「子どものこころの居場所」と題して特別講演をしていただきます。ご興味のある方 はご参加下さるようお願い致します。