結核予防会沖縄県支部長
大城 盛夫
1.世界結核デーとは
結核菌の発見者ロベルト・コッホが1882 年 ベルリン大学の学会で発表した日を記念して WHO(世界保健機関)が1997 年の世界保健 総会で正式に制定した日であります。
小渕恵三総理によって開催決定された2000 年沖縄サミットのときに、感染症対策沖縄会議 が沖縄コンベンションホールで行われました。 G8 各国代表のほかに、参加者は発展途上国の インドネシア、タイ、ブラジル、ザンビア、ケ ニアなど10 カ国、国連エイズ計画、WHO と 国際機関、国境なき医師団などのNGO が130 名参加しました。その席上で世界3 大感染症で ある結核、エイズ、マラリア対策に努力する具 体的目標達成のために、議長国である日本は 3,000 億円を拠出する、と決定し発表しました。
世界結核デーの目的は2050 年までに世界の 結核が重要な公衆衛生問題でなくなることを目 標にあげています。
2.沖縄の過去の結核
第二次大戦直後の沖縄ではマラリアの大流行 がありました。その後、結核の蔓延が大きな社 会問題となり保健所を中心として公衆衛生看護 婦(公看)が市町村に駐在して抗結核薬の投与 と患者の生活指導を行い、少ない予算と人材で 効果的な役割を果しました。
1972 年本土復帰後は、特別措置公費負担制 度と新薬リファンピシン導入によって、最近で は全国平均なみの結核罹患率に改善されていま す。しかし、年齢別には高齢者の結核の比率が 上がっており、沖縄の結核は油断ができませ ん。これは復帰以前の6 ヶ月ベット回転制入院 の基準が、年齢を制限し60 歳以下で治療効果 がみこまれる中等度進展例を対象とし、高齢者 や高度進展例は在宅治療とした制度と関係があ るものと私は考えています。
BCG 予防接種は行われていませんでしたか ら、小児結核は本土よりも多発していました。 BCG を本格的に実施したのは1967 年から中学 2、3 年が対象でした。
3.途上国からの移入結核例
最近、国立沖縄病院に緊急入院した外国人重 症結核の事例を、主治医の呼吸器内科仲本敦先 生のご了解をえて資料提供の協力をいただいて 紹介いたします。
インドネシアの漁師で49 歳男性。平成17 年 11 月に仲間二人で漁に出て遭難し漂流中を日 本のタンカー(三井商船)に救助されました。 11 月14 日に沖縄近海で海上保安庁のヘリコプ ターで救出され南部徳洲会病院へ搬送され入 院。脱水症状と高熱があり、胸部レントゲン写 真で空洞病変があり、喀痰検査で抗酸菌塗抹ガ フキー10 号と判明。ただちに国立沖縄病院へ 転院。レントゲン所見では右上肺野に空洞があ り両側肺に広範性結核病変の所見があり、連続 喀痰検査でやはりガフキー8 〜 10 号の塗抹陽 性の大量排菌で、結核菌PCR 陽性。東京から インドネシア大使館書記官が直ちに来院し、当 人を強制送還させたいとの希望をいわれました が、結核菌大量排菌の感染性患者で咳嗽があ り、航空機での移動は集団感染の危険が高いこ と、少なくとも2 週間は抗結核薬標準治療で確 実に服薬し症状をなくすることを説明。11 月 15 日からHREZ(ヒドラ、リファンピシン、エタンブトール、ピラジナマイド)4 剤併用療 法を開始。治療後は著明に症状改善し解熱、咳 嗽軽減。1 ヶ月後の12 月15 日退院しインドネ シアへ帰国することができました。
インドネシアの離島には結核を治療する施設 がないため、退院時に2 ヶ月分の抗結核薬を持 ち帰らせました。結核医療最終拠点の国立沖縄 病院が、稀なケースの外国途上国の重症結核患 者に対して病棟スタッフが精一杯の努力で国際 協力した事例です。体調が回復すると食欲旺盛 で他の患者食の残り物まで食べたり、言語が全 く通じないため琉球大学に留学中のインドネシ ア女性学生の来訪によってホームシックも柔ら いだ由。
4.途上国の結核対策
現在、世界人口の3 分の1 が結核に感染して おり、毎年800 万人もの人々が新に結核を発病 しています。結核菌喀痰塗抹陽性者数は390 万 です。そのうち9 割はアジア、アフリカを中心 とする途上国から発生しており、200 万人が毎 年結核死しています。
一方、HIV(エイズウィルス)の感染者数は 2000 年末現在3,610 万人にのぼり、その7 割 はサハラ砂漠以南のアフリカから発生し大きな 問題になっています。さらに、HIV により抵抗 力の低下した感染者は、HIV 未感染者の30 〜 50 倍も結核を発病しやすく、アフリカの結核 はHIV の流行と共に増加傾向にあります。
このような世界的結核危機の対策にWHO お よび各国政府のNGO が立ち上がって「ストッ プ結核(stop TB Initiative)」が発足し、世 界的課題として結核対策に取り組んでいます。
5.ストップ結核世界計画(2006 〜 2015)
この計画は2015 年までに世界の結核死亡率 を半減させ、2050 年までに結核が世界の公衆 衛生上の問題でなくなることをめざした長期的 な目標であります。
HIV による結核対策への影響はたいへん深刻 です。HIV 蔓延地域の結核対策において、結核 治療とHIV 治療の同時併用療法が始まってい ます。とくに多剤耐性結核を生じやすく、死亡 につながる大きな社会問題になっています。
日本でもJICA や結核予防会などを中心にス トップ結核パートナーシップが結成され、持続 的な結核対策活動が計画されています。このよ うなグローバルの視点から、昨年厚生労働省は 法改正し結核予防法は感染症法のなかに組み込 まれました。
6.新しい結核戦略に向けて
結核対策は歴史的転換期を迎えています。途 上国からの外国人集団就業者、経済弱者、ホー ムレス等貧困と結核は昔と変わりありません。 しかし、新しい抗結核薬は開発中であります。 また新しい技術として、クオンティフェロン (QFT)が実用化されました。特にBCG 接種 率98 %と全国一と評価されている沖縄では、 ツベルクリン強陽性者が結核発病予防として従 来「初感染結核」として6 ヶ月INH 単独治療 を受けたケースが少なくありません。しかし QFT で人型菌DNA を確認できなければツベル クリン強陽性者はINH 服薬する必要がなくな りました。これは、BCG によるツベルクリン 強陽性者を鑑別する新しい診断技術として注目 されています。医療従事者などハイリスクを鑑 別診断するのに有用です。以上世界結核デーに 因んで、最新の話題を記しました。その日の前 後に、結核予防全国大会が開催され、本年は新 潟県で開催されます。
(文献資料は、財団法人結核予防会発刊の複 十字誌数冊より引用いたしました。)