ぐしこどもクリニック院長
具志 一男
近年、鳥インフルエンザや新型インフルエン ザに絡んで、インフルエンザワクチンの接種者 が増えている。インフルエンザワクチンは、そ の有効性への疑問や副反応の問題から小中学生 への接種が中止になって久しい。流行しやすく、 大人も罹る事のあるインフルエンザに対しては マスコミも含め、国民の関心は高いようだ。し かし、子どもが主に罹る麻疹や風疹、おたふく かぜ、水痘などの予防接種に関しては、有効性 が高く、副反応も低い割りには接種率が低い。 大人でかかることが少ないため、マスコミなど も積極的には取り上げない。昨年春の麻疹の全 国的な流行で、麻疹の予防接種の関心は高まっ たが、最近では取り上げられなくなった。定期 接種ではないおたふくかぜや水痘などは、一般 には存在さえも知られていない。世界中の多く の国が採用しているが日本ではまだ承認が降り ていない予防接種も多い。さらに、ここ数年、 予防接種の仕方についての通達などの変更が相 次ぎ、現場での混乱に拍車をかけている。
平成16 年から毎年、3 月1 日から7 日までの 1 週間は、日本医師会、日本小児科医会、厚生 労働省主催で「子ども予防接種週間」を実施、 接種率の向上を目指している。
a.BCG:乳児の結核は進行が早く重症化しや すいため、6 ヶ月未満の接種が行われている。
b.DPT:ジフテリアと百日咳は乳児期の感染 で重症化しやすく、破傷風も基礎免疫がなけ れば幼児期でも重症化しやすいので、乳児期 の接種が大切である。
c.ポリオ: 1960 年代の予防接種導入後日本 では患者が激減し、1980 年を最後に野生株 によるポリオの発症は見られていない。世界 的にも減っているが、インドやアフリカの一 部に発生があり、予防接種を終了するにはい たっていない。
d.麻疹:沖縄県では、過去10 数年の間に2 〜 3 回の麻疹の流行があり、乳幼児を中心に10 余名の死亡例があった。有効な治療法のない 麻疹では、発症したら対症療法が主になる が、平均で一人約16 万円の治療費が必要と なる。単独ワクチンの場合、患者一人の治療 費は、22 名分の接種費用となる。2001 年の 小流行時の県内のサーベイランス報告数は、 1,343 名であり、1 年間の出生数を15,000 名 とすると、その治療費は、約2 年分の接種費 用に当たる。
世界中ではワクチンによる制圧が行われ (190 の国と地域のうち、160 ヶ所はすでに2 回接種:世界的にはおたふくかぜと風しんワ クチンも加わりMMR が普通)、南北アメリ カ大陸やヨーロッパでは、地元の患者がほと んどなく、外国から持ち込まれる麻疹が主に なっている。アメリカ合衆国では、年間60 〜 80 名ほどの患者が報告されているが、そ のほとんどが、外国から持ち込まれている。 その中で多い国は、中国と日本で、他の国か らも日本は、麻疹の輸出国というレッテルを 貼られている。
日本でも平成18 年4 月から、麻しん・風 しん混合ワクチン(MR)が使用され、1 歳 代と5 〜 6 歳(就学前年)の2 回接種となっ た。しかし、その時点での小学1 年生以上の年代は2 回目の接種が保障されず、年長児の 免疫を高める手立ては取られなかった。平成 19 年春、関東を皮切りに全国的な高校生、 大学生の流行、休校騒ぎがあった。修学旅行 生がカナダで発病し、社会問題・国際問題と もなった。
e.風疹:約40 年前に沖縄で大流行があり、 400 名近くの先天性風疹症候群の児が生ま れ、その子たちのために、聾学校・盲学校を 数年間増やさなければならなくなった。その 後、国内で女子中学生に予防接種が行われる ようになったが、風疹の流行及び先天性風疹 症候群はあまり減らず、幼児への接種によ り、地域での流行を減らす方向へとなった。 最近の親の年代が、40 年前の先天性風疹症 候群の児よりも若くなり、学校保健でも取り 上げないのか接種の必要性を痛感している親 は少ない。
f.日本脳炎:新しいワクチンができるまで積 極的勧奨の差し控えとなっているが、豚のウ イルス抗体価はまだまだ高く、いつ感染が起 きてもおかしくないのが現状だ。現在のワク チンでの接種も希望者には定期接種として継 続している。但し、市町村からの連絡がな く、積極的勧奨の差し控えどころか、情報を まったく与えていない。新しいワクチンは、 来年から使用開始になる見込みだが、対象年 齢から外れれば、定期接種とはならない。接 種もれのこどもたちには、市町村に代わって かかりつけ医が勧奨する必要がある。
g.流行性耳下腺炎(おたふくかぜ):耳下腺 や顎下腺の腫脹だけでなく、髄膜炎(10 名 に1 名)や難治性難聴(1,000 名に1 名)の 合併症がある。心筋炎による心停止の症例も ある。大人になってから罹るときついからと いって子どものうちに罹らせようとする年配 の方もまだ多く、子どもたちにとってもリス クのある病気であることを広く知らせる必要 がある。
h.水痘:空気感染する。普通の免疫力のある 子どもたちでは重症化することは少ないが、 髄膜炎を起こすとほとんどが障害を残す。ア シクロヴィルにより、重症化は防げるが、帯 状疱疹の可能性は残る。米国では、年間2 〜 30,000 名の発症しかなく、数十年後の帯状 疱疹患者数の差は歴然であり、それに対する 医療費にも差が出てくる。抗がん剤治療の患 者や移植患者では帯状疱疹は大問題であり、 よけいな治療や予防が必要となる。
i.インフルエンザ菌b 型(Hib)ワクチン:小 児の細菌性髄膜炎を防ぐ目的で、すでに世界 中の半分くらいの国で定期接種となってい る。今年から日本でも使用可能になるが、ま だ定期接種となっておらず、4 回の接種で3 万円程度の自費となる。
平成20 年4 月から中学1 年生と高校3 年生 の年代に5 年間追加の接種が定期接種として行 われることになった。しかし、これまで予防接 種が行われていなかった年代であり、学校生活 との兼ね合いで平日、日中の接種は容易ではな い。集団接種という選択もあるが、個別接種に しても、接種勧奨など学校現場の協力も必要で ある。
日本の予防接種の仕方は、少しずつ改善して いるが、世界的に見るとまだ不十分で、予防で きる病気に罹っている児がまだまだたくさんい る。感受性者(感染症に対して抵抗力のない 者)が多ければ流行が起きるので、今後は既存 の定期接種の接種率の向上だけではなく、おた ふくかぜや水痘、Hib ワクチンの予防接種も早 期に定期接種化するよう、医師会として要望す る必要があるのではないだろうか。