沖縄県医師会 > 沖縄県医師会の活動 > 医師会報 > 3月号

在宅療養支援診療所に関する講演会

今山裕康

理事 今山 裕康

  • 日 時:平成19 年11 月14 日(水)19 時半
  • 場 所:カルチャーリゾート フェストーネ

在宅医療推進の一環として平成18 年度の診 療報酬改定に伴い「在宅療養支援診療所」が新 設されました。現在、在宅療養支援診療所届出 は全国で約10,000 件、診療所の10 %程度で す。一方、沖縄県においては4 6 医療機関 (7 %程度)と進んでいません。これは診療所の 数(対人口比)が全国平均の約半分と少ないこ とに加え、在宅療養支援診療所の施設基準など 制度があまり認知されていないことが原因と考 えらます。そこで、在宅療養支援診療所の届出 が全国一である長崎市(18.7 %)において、在 宅医療に早くから取り組み、独自の在宅Dr. ネットを創設された長崎市医師会理事である藤 井卓先生をお招きし、在宅療養支援診療所の普 及を目的とした講演をお願いしました。

今回その講演内容を私がまとめ掲載すること になりました。

「在宅を支える医療ネットワーク〜長崎在宅Dr. ネット〜」

T.在宅医療の現状

死亡場所をみると、昭和26 年頃は90 %以上が 自宅でしたが、徐々に病院の割合が増加し、昭和 50 〜 55 年を境に自宅と病院が逆転して近年、 80 %以上が病院で死亡します。一方、厚生労働 省が発表した20 歳以上を対象とした「終末期医 療に関する調査等検討会報告書」によると、6 割 以上が終末期の療養先として自宅を望んでおり、現状と患者さんの希望が乖離していることが示さ れています。そこで、自宅で療養すること即ち在 宅医療が進まない要因を患者さん・家族の立場、 病院の立場、開業医の立場から考えてみました。

まず、患者さん・家族の立場から考えると、 第1 に在宅で何が出来るか分からないというこ とがあげられます。さらに制度面から考えると 医療保険で出来ること、介護保険で出来ること の区別が非常に難解になっています。第2 に訪 問診療・訪問看護等を誰に頼めばよいのか、誰 が引き受けてくれるのかといったことを相談し たいが、在宅医療の相談窓口が分からないとい うことがあります。

また、各方面とも情報不足であり、トータル 的に制度を理解し全てのことをひとつの窓口で 解決できる仕組みになっていません。第3 に患 者家族の在宅を受け入れる環境が不十分で、患 者家族の人的肉体的負担、精神的負担、経済的 負担といったことを含めての介護力・住宅事情 等の問題があります。

次に病院の立場からみると、在宅医療で何処 までのことが出来るか分からないことがあげられ ます。基本的に手術などを除けば、病院医療の ほとんどが在宅で可能ですが、どこのレベルまで かとなると、診療所のレベルに依存しているの が現実です。さらに連携・情報不足により、在 宅を引き受ける医療機関が分からないことが多 く、また退院に向けた共同指導、合同カンファ ランスなどの退院支援は行われていません。

最後に開業医の立場からみますと、外来併用 型診療所において日常診療を行いながら重症の 在宅患者を数多く単独で診るのは、心身共に大 きな負担です。現状のままでは在宅医療を希望 する患者さんを実際受け入れ、訪問診療を実施 する診療所は少ないと思われます。在宅医療を 日常診療の一部として無理なく行うためには、 開業医が大きな負担を感じることなく、訪問診 療を実施可能なシステム作りが必要不可欠です。

以上のように、それぞれの立場から在宅医療 が進まない事情が存在しています。

そこで、今後の在宅医療の動向について考え てみると、第1 に、平成4 年に訪問看護が導入 され、平成18 年に在宅療養支援診療所が創設さ れる等、医療保険における診療報酬ならびに介 護保険による介護報酬上で在宅医療がますます 重要視されていくと考えられます。第2 に平成 12 年に始まった介護保険は当初の見込みをはる かに超える利用があり、今後ますます利用者が 増えていくことが予想されます。第3 に先に示 した厚生労働省の調査結果から在宅医療・在宅 死の希望が60 %を超えています。現在は20 % 以下の在宅死がインフラの整備や在宅医療の普 及により増加してくることは明らかです。第4 に 厚生労働省の医療費適正化計画の中で、療養病 床削減と平均在院日数の短縮政策により病院で の長期入院が困難な状況となっています。

従って、在宅医療のニーズと在宅への移行は 今後ますます増大していくと考えらます。最終 的には、在宅医療が最善とは限りませんが、医 療を受ける方にとって選択肢の一つとなりうる 工夫が必要です。

U.在宅療養支援診療所について

ここでは、平成18 年4 月の診療報酬改定で 登場した在宅療養支援診療所について解説いた します。この制度を上手く利用することに少し でも参考になれば幸いです。

まず、在宅療養支援診療所の主な算定要件を まとめました。

24時間連絡可能な医師又は看護師の配置
24時間往診可能な体制確保
24時間訪問看護の提供が可能な体制確保
・緊急入院の受け入れ体制の確保
・他の保健医療・福祉サービスとの連携

外来併用型の診療所はもちろん、在宅医療に 特化した診療所でさえ単独の診療所が前述の算 定要件を充たし、在宅療養支援診療所の体制を とることは困難と考えられます。

一方で、診療報酬改定では在宅医療推進のた めに在宅療養支援診療所に関連する診療報酬は 重点配分されています。それは次のとおりです。

○在宅療養支援診療所がそれ以外の保険医療機関より高い評価となるもの

  • 1)連携退院時共同指導料
  • 2)緊急往診加算
  • 3)在宅ターミナルケア加算
  • 4)在宅時医学総合管理料

○在宅療養支援診療所以外では算定できないもの

  • 1)在宅末期総合診療料
  • 2)施設入所者の終末期における訪問診療

在宅医療推進のために診療報酬上でも在宅療 養支援診療所は優遇されていますが、その施設 要件が厳しいために普及していません。

現在、在宅療養支援診療所の届出は少数で、 多くの診療所が届出を行っていません。その主 な理由は日医総研の調査によると以下のような ものとなっています。

・24時間往診が可能な体制を確保できない
・24時間連携を受ける医師又は看護師を配置できない
・24時間訪問看護の提供が可能な体制を整備できない

やはり、24 時間の体制がネックになってい ることがわかります。

さらに他の施設との連携が困難な理由(日医 総研)としては

・訪問看護ステーションの担当者をよく知らないので頼みにくい
・医療機関の担当医をよく知らないので頼みにくい
・ケアマネージャーをよく知らないので頼みにくい

等で、いわゆる圧倒的な情報不足とコミュニケ ーション不足が存在することが明らかです。

このような中で長崎市医師会として会員の診 療所が在宅療養支援診療所として登録するため にとった対応は2 つあります。まず病診連携に 関連して、長崎市医師会の病診連携委員会にて 討議し、医師会長名で中核病院に対し支援病院 (届出連携医療機関)としての対応を依頼する 文章を送付したことです。結果として支援病院 として登録することを承諾したそうです。次 に、訪問看護ステーションとの連携に関し、訪 問看護ステーション連絡協議会と協同で連携に 係る覚書の内容を検討したことです。さらに 24 時間対応の訪問看護ステーションとの間で 連携に関して覚書を取り交わすことで連携推進 を会員に通知を行ったそうです。

V.長崎在宅Dr.ネットについて

1)はじめに

長崎在宅Dr.ネットは在宅医療に関心のある有 志の医師が集まり、医師が対応できないという 理由で自宅に帰りたい患者さんが帰れないこと がないようにするには、どのようにすればよいか ということからこのシステムを考えました。

その一方で、在宅医療に特化して頑張るので はなく、普通に診療所で外来診療を行っている 医師が、無理なく在宅医療を出来るようなシス テムを目指しています。特定の人が、献身的に 24 時間燃え尽きるまで頑張るのではなく、在 宅医療で重症の方でも普通の診療所の医師が少 し頑張れば継続でき、また多くの医師が参加で きることを目指しています。

2)長崎在宅Dr.ネットの考え方

1.「在宅医療を希望する方が、医師が対応で きないという理由で自宅に帰れないことが ないようにする」

・・・24 時間365 日の対応

2.「自宅で療養できるだけでなく、入院中に 受けたのと同様の医療を在宅でも受けられ ることを目指す」

・・・研修会・勉強会の実践

3.「医療・介護・福祉等と連携し、最適な在 宅医療を提供する」

・・・在宅ネットワークの構築

1 に関しては、少なくともこれくらいの意気 込みがある仲間を集めたいと考えています。

3)在宅療養を希望する患者さんを、多く受け 入れるためには?

グループ診療のシステムを作ることで解決で きると考えました。(在宅医療に特化した診療所 でなく、外来併用型診療所として対応する為に)

具体的には在宅医療を単独で行うのではなく、有志の医師が集まり、診診連携(つまり主 治医・副主治医制)・病診連携を通じてのグル ープ診療を行う。

結果として病院・患者さんにとっては在宅医 療の受け皿となり、開業医にとっては相互協力 により個々の医師の負担を軽減することが可能 と考えました。

大事なことは患者さん側にとって常に安心し て訪問診療を依頼できるシステムを構築するこ とを目指しました。(24 時間365 日対応の実践) ・・・結果的には平成18 年度より始まった在 宅療養支援診療所としての対応できるシステム を平成15 年より構築し実践していることにな っています。

4)Dr.ネットの発足と参加医師

1.主に長崎市内で在宅医療に熱心な医師 (13 名)を集め「長崎在宅Dr.ネット」 を発足。・・・平成15 年3 月

2.参加医師(連携医)の条件

  • 1)24時間365日対応可能(対応する意欲があること)
  • 2)電子メールでの連携可能であること

Dr.ネットのメンバー構成を以下のように規 定しました。

  • 1)連携医 :訪問診療に関わる(原則として 複数の主治医・副主治医制)
  • 2)協力医 :専門性を持ち必要に応じて往診を 行う(眼科、皮膚科、精神科など)
  • 3)病院医師:病診連携に関わり、専門的な相 談に応じる。

5)在宅療養支援診療所の届け出状況

長崎在宅Dr.ネット81 %(全国平均約10 %、 長崎市約18 %)

6)Dr.ネットの在宅への受け入れの実際

1 .患者さんの紹介から主治医の決定(図1): 2 日以内を目標

  • 1)Dr.ネット事務局又はDr.ネット会員へ患者さんの紹介
  • 2)Dr.ネットのメール上で主治医を公募
  • 3)コーディネイターが中心となって主治医・副主治医を決定
    (コーディネイター:登録された医師の中から選ばれる)

2.主治医の決定から在宅まで

  • 1)退院前カンファランス(退院1 週間前まで を目標)
    =最も大きなハードル(図2)
    (参加者)患者・家族、在宅主治医・副 主治医、病院主治医、ケアマ ネージャー、訪問看護師、PT、 OT、MSW など
  • 2)ケアプランの作成、自宅の受け入れ態勢の 整備
  • 3)在宅開始時、主治医・副主治医で自宅訪問 (関係者すべての緊急連絡先のリスト作成)

<参考>

主治医:定期的に訪問診療

副主治医:必要に応じた往診と主治医不在時のバックアップ

協力医:ネット上他での相談に応じ、必要時には往診

病院医師:診療上の相談に応じ、再入院等への対応

図1

図1.主治医決定から在宅まで

図2

図2 退院前カンファランス

7)長崎Dr.ネットの実績

  • ○ Dr.ネットの在宅への受け入れは約4 年間で124 例
     (平成19 年2 月末現在)・・平成19 年
  • 10 月末現在では160 例
  • ○ 115 例中36 例(32 %)が生存、79 例 (68 %)が死亡
  • ○死亡例79 例中26 例(37 %)が在宅死
  • ○在宅死での平均在宅日数58 日
     *在宅への受け皿として充分に機能している。
     * Dr.ネットシステムの広がり
     長崎県下でも複数のDr.ネット開設(大村市、諫早市)し、稼働中。

長崎在宅Dr.ネットは長崎においては、市内 全体(45 万人都市)の在宅を支えるシステム として順調に機能しています。しかしながら、 このシステムがどの地域でもうまく機能すると は言えません。

在宅のネットワーク構築を考えるとき、どの 広さの地域を支えるか、又、その地域の特異性 (医療、介護、福祉を巡る環境や土地柄など) はどのようなものかを考慮して、その地域に適 切なネットワークの構築が必要と考えます。

全国的には在宅医療を支えるための様々な試 み、ネットワークが作られていますが、長崎在 宅Dr.ネットが一つのモデルとして他地域での ネットワーク作りに少しでもお役に立てればよ いかと考えます。

8)病診連携、在宅医療のネットワークを円滑 に行うのに大切なこと

1)仲間作り

 在宅に熱心な活動が出来る医師(少人数 でも)の集まりから始める。

 他職種と同等で信頼できる連携・仲間作 り長崎在宅ケア研究会、介護認定審査会を 通じた仲間作りが大きな働きとなった。

 お互いにメリットのある顔の見える連携 が必要。

2)信頼される連携

 信頼される対応の出来る事務局。依頼に 対する速やかな対応が必要。

3)認知のための努力

 病院(大学病院他)や介護支援専門員の 連絡協議会等に対する広報。

4)地域にあったネットワーク作り

 地域の規模、大学病院・基幹病院、診療 所等の状況に応じたネットワーク。

9)設立後の検討課題

1.会員の広げ方

 ・当初在宅に熱心な開業医に声をかけて入 会を勧誘、現在は会員の推薦にて入会。 平成18 年4 月より増加傾向。

2.医師会との関係

 ・医師会と独立した組織、又は医師会の下 部組織とするか?

 ・現在は医師会の部会(在宅医療)として の活動。

3.持続的な会の運営について

 ・運営経費(会費のみで運営可能か?)に ついて

 ・事務量の軽減・分散化・・・事務局の みに負担が多くならない方法を考える。 会費の値上げ。

4.NPO 法人化(現在申請中)

 ・持続的な運営を続けるための方法。

以上、当日配布された資料を基に、講演内容 をまとめました。

在宅医療の推進は今後ますます推し進められ るとともに、患者さんのニーズが多様化する中 で在宅医療のニーズも今後増えてくると思いま す。我々もそのニーズに対応できるように準備 しておく必要があると思われます。この講演で も強調されていたように、在宅医療をスムーズ に無理なくやっていくためのkeyword は「連 携」であります。病診連携、診診連携はもちろ ん他職種との連携が重要と考えられます。この 講演を機会に在宅療養支援診療所が増えること を願っております。