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ゆるゆると生きて

運天啓一

運天産婦人科医院 運天 啓一

いよいよ還暦だねと最近いわれることが多く なったが、当の私はまったくその自覚が無い。 36歳という若さで開業し一人よがりの道をつっ 走ってきて後ろを振り返ってみると得たものと 失ったものとの乖離に驚かされる。久しぶりの 投稿の機会に近況を述べることで疎遠になりが ちな旧知の皆さんへの挨拶にしたいと思う。

仕事:北部病院産科の休止のため緊張感のある生活を強いられている。心なしか今まで無関心 を装っていた友人や患者さんまでもが周産期医 療の大切さと大変さを理解し始めたように思わ れる(?)。もうメルクマニュアルの読破は止 めてスカパーのケアネットを見た方が記憶力の 衰えた脳細胞には効率的だとわかった。

趣味:ギター9台、トランペット、アルトサッ クス、ドラムス、グランドピアノ、チェロ、シ ンセサイザーなど若い頃に憧れた楽器達がホー ルの中で所狭しと主人に触ってもらいたい気持 ちを抑えて待っている。しかし楽器のプレイヤ ーは遊びを放棄してコレクターになってしまっ た。若い頃に覚えた下手のけんか碁は健在で初 段レベルと言われているコンピューターと互戦 でやれ「勝った。負けたー」と真夜中に叫声を あげるのだが、もう家内はすっかり慣れてきた ようだ。貝殻収集には以前から目がない。なけ なしのこづかいはカラオケ代と収集代に消える のに、薄情な息子達が「お父さんが亡くなった らこのガラクタはゴミ処分するからね」と言う ので、そうおめおめと早死にする訳にはいかな い。好きな油絵は開業以来ひたすら描き続けて きた。分娩で拘束された日は絶好のチャンスだ った。当初は沖展、県展の入選が目標だった。 20年間も描いていたら馬鹿でもちょんでも自分 流の絵らしい絵は思い通りに描けるようになっ た。「ウーンやはり自分の絵は最高だ・・・」 と思う。ナーンちゃって。でもそのナルシーな ところが長続きできる原動力になっている。

ペット:ラボラドールレトリーバーの3歳のメ ス犬。先代の雑種犬にあやかって名前はモンロ ー。食い意地が悪く誰にでも尻尾を振る八方美 人(?)。内弁慶で大型犬のくせに蟻やゴキブ リなど自分よりはるかに小さく弱いものを見た らみさかいもなく吠えまくる臆病者。犬は飼い 主によく似るといわれるが私はそうは思わな い。産科医の浅知恵で早々と去勢した為の人 (?)格障害だと勝手に思いこんでいる。しか しなかなかの美犬だし大事な我が家の一人娘に 変わりは無い。

健康状態:30年間ジョッギングをやってきたせいか外来を休診した覚えが無い。お気にいりは 最近開通したナングスクに抜けるコースで、行 きは心臓破りの上り坂だが帰りは名護湾を眺望 する絶景に変化する。これが楽しみで、次は汗 を流した後の冷えたオリオンビールが待ってい る。多少メタボの傾向だが肉体は少しだけ無理 がきくみたいだ。しかし一方年齢とともに精神 的なストレスには打たれ弱くなり回復力は遅く なった。23年間のアクが少しずつ溜まってもう 無理がきかない年になったようだ。

夢:妻と一緒の海外旅行。スペイン、イタリ ア、フランスなど世界の古い文化にじかに触れ てみたい。それを絵の制作の糧にしたい。しか しこれもまた夢かな・・・。時々古宇利島の美 味しいウニ丼を食べに行くのだが、これが私流 の海外旅行だナーンてうそぶいている。県立の 産科の休止で中断した魚釣りもそろそろのんび りと始めたい。できたら沖釣りまでやりたい。

終わりに:私たち団塊の世代が一挙に老け込ん でいき、未曾有の高齢化社会になるという。学 園紛争の頃新しい時代には新しい船が必要だと 騒ぎまくったかつての若者達は少数派となり、 新たな価値観に翻弄され始めている。地球温暖 化のせいだろうか。少年の頃、2学期が近づい てくると親に叱られてあわてて「夏休みの友」 を仕上げたのが今では懐かしい。遠くでは長く て楽しかった「夏休み」の終わりを告げるオオ シマゼミのなぜか物悲しい鳴声が聞こえたあの 頃。ところが最近ではやっと十月になって鳴き 始めている。そろそろ毎年暖冬でもいいなーと 思う年齢になったが、こんな呑気な気持ちでは いられない季節感の乏しい時代になった。私の 産科医としてのアイデンティティーは社会とい うからくり時計のネジ一本みたいなものだ。た った一本のネジを完成させる為に膨大な時間と エネルギーを浪費し開業生活の出来事はあっと いう間に過去形となった。60年間の航跡を振返 りながら古船は静かに接岸した。巨大な黒い塊 がハーバーライトに照らされて赤錆びたいかり は今ゆるゆると降りようとしている。今宵はセ ンチな気分で、使い古されたLP 、BOBSEGERのAgainst the windを聴きながら眠れ ない夜になりそうだ。