長田クリニック 長田 清
子年生まれなので、ねずみの物語は子どもの 時から興味を持っていました。小学生の頃は本 が好きでねずみに関する童話もたくさん読みま した。イソップ物語の『ライオンとネズミ』。 これはライオンに喰われようとしたネズミが言 葉巧みにライオンを説得して解放してもらい、 後に人間の網に捕らわれたライオンを助けると いう恩返しの話。イソップには他にも『猫に 鈴』『都会のねずみと田舎のねずみ』の寓話が ありましたね。そして中国のお話で『干支物 語』。神様が動物たちを集めて「元旦に新年の 挨拶を最初にしに来た者から順番に12匹を1年 ずつ大将にしてやろうと言いました。猫は遅れ て来たのでちゃんと聞いていません。ねずみは 猫に「2日目だよ」と嘘をつきました。そのお かげで十二支になれなかった猫はねずみを恨ん で今も追いかけまわしているという話には深く 納得したものでした。テレビで「トムとジェリ ー」のアニメをよく見ましたが、トムはいつも ジェリーを追いかけ回して取ろう(とろう)と しますが、徒労(とろう)に終わります。ねず みが勝ち誇るのですが、2匹の因縁を思うとト ムが哀れでした。
ところで大学院時代私は、大脳生理学の研究 室で動物実験に明け暮れていました。睡眠研究 のために、終夜脳波を測定したり、動物の脳の カテコラミンを測定していました。そのため動 物の脳に深部電極を差し込んでそれをソケット にまとめてセメントで固めます。シルクハット を被ったような形になります。リード線で脳波 計と接続して睡眠脳波が取れるようにするので す。来る日も来る日もラットの頭皮を剥いで頭 蓋骨に穴を空けていました。何十匹もそうやっ て実験して終了後には殺していました。
そんな中で、『ベン』という映画を見ました。 孤独な少年とネズミ一族のボスのベンとの心の 交流を描いた映画ですが、生きるためや復讐の ためにネズミの大群が人間を襲うシーンが幾つ かありました。動物との友情物語に感動した人 たちも多かったのですが、私は何せ動物殺戮、 特にラットをたくさん殺していますから、真っ 先に復讐されると思いました。映画『猿の惑 星』で人間が檻に入れられて立場が逆転してい ましたが、私は猿を扱っていないので(高価な ので買えない)それを見た時は平気でした。
しかしこの『ベン』 を見てから、夜一人で 実験室や脳波室に寝泊 まりすることが怖くな りました。夜動物飼育 室に入る際、一斉に彼 らの目が光ってこちらを見ると怖じ気づき、天 井や棚の裏、足下の道具の裏などに逃げたネズ ミが潜んでいないか用心するようになりまし た。強迫観念のように、ラットの大群が人を襲 うシーンを思い浮かべてしまうのです。不眠が ちになり、体がだるくなり、気持ちが落ち込ん できました。今で言えば映画の残酷シーンに精 神的ショックを受けてPTSD(心的外傷後遺 症)を発症したと言えるのかもしれません。
研究室で昼休みの雑談中に教授に話したとこ ろ、即座に慰霊祭をやろうと言われました。教 授も可愛がっていた実験用の猫が死んだ後でし たので、研究のためとはいえ、犠牲になってく れた動物の霊を弔いたいということでした。毎 年解剖実習用の献体遺族に対して、解剖学教室 を中心に慰霊祭をやっていましたが動物慰霊祭 はありませんでした。
早速その2 週間後の御 用納めの日にやることに なりました。器用な先輩 が材木を彫って慰霊碑を 作ってくれました。そし て私が指名で読経することになりました。実は 落語が好きで、『寿限無』の名前とか長いセリフを覚えるのが好きで、その延長で般若心経も 暗記していたからでした。花を飾って、線香を 立て鉦を鳴らして、研究室員10数名が並ぶ中、 私がお経を上げました。その後、先輩達から歴 代の犬や猫の思い出が語られて、亡くなった動 物の思い出話で楽しく歓談しました。そのこと で気が軽くなり、その後は悪夢やフラッシュバ ックに苦しむことはなくなりました。精神が睡 眠や体調に影響を与えるということを身をもっ て体験した最初のエピソードでした。
大学院を終えた後は臨床に転向して人の脳波 を撮るようになりマウスやラットを苛めること はなくなりました。そして今はパソコンに向か う時間が多く、朝7時からパソコンの電源を入 れ、メールチェックや原稿書きをして、朝9時 から夕方6時までの診療の間もずっと電子カル テに記録をつけています。診療後も11時まで講 演準備などでパソコンに向か っています。電磁波漬けの毎 日のせいか、最近もネズミの 夢で時々うなされます。
マウスが首に絡まってい る夢です。
お後がよろしいようで・・・チャンチャン♪