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TGAを体験して

稲冨洋明

糸満晴明病院 稲冨 洋明

10年ぐらい前の話である。

ある朝いつものように目がさめた。朝7時で ある。毎日の日課で病院へ出勤するつもりで顔 を洗っていると、妻が「今日は出勤しなくても いい」と云う。「そんな馬鹿な、どうして」と 問うと、「今朝はK病院で脳のCTを撮ることに なっている。昨夜予約したでしょう」と云う。 「何を冗談云っているのか、本当に怒るぞ」と 云うと「昨夜のことは何も憶えていないの、大 変だったのよ」と云う。妻の話によると、実は 次のようなエピソードである。

私が夜開かれた県医師会の理事会から家に帰 り着いたのは、深夜の12時近かったとのことで ある。普段は遅くとも午後10時か10時半には 家に帰り着くのに、その夜に限って遅かったの である。しかも平素はすぐ風呂に入ってシャワ ーを浴びるのだが、その夜はそれもなく何かソ ワソワして少し落ち着きに欠け「今日は何曜日」「何の日だった」等と繰り返し聞くので、 「何を馬鹿云ってるの。今日は県医師会の理事 会のあった日でしょう。理事会は毎週火曜日に 行われる事になっているじゃない。冗談云うの もほどほどにしてよ」と答えたら、「ああ、そ うか、そうだったな」と納得したという。しか し、しばらくすると又、「今日は何曜日だった かな・・・・」と同じ質問を繰り返すので、こ れはどうもおかしいということで、救急当番病 院のK病院に連れて行き、翌朝の脳のCT検査 を予約したとの事である。そして脳のCTの結 果、特に異常はなかった。不思議なことに、私 には県医師会の理事会終了後、帰宅すべく車を 運転して医師会の門を出た後から翌朝目覚める までの出来事について、いっさい記憶にないの である。そこで先ず疑われるのが一過性脳虚血 発作(TIA : transient cerebral ischemic attack)である。しかしTIAに特徴的な症候の 一つである運動障害や感覚障害が無い。症状は 似ているが後遺症を残さず回復し、原則として 再発しない予後のいい一過性全健忘(TGA: transient global amnesia)ではないかと云う ことになった。診断の根拠として、見当識障害 を主体とした前向性健忘がみられる、同じ質問 を繰り返すこと、そしてそれらの症状が急激に 発症し翌朝には完全に消失していること等であ る。物の本によると、実際に発作中でも車の運 転や買い物をしたり、部品の組み立てや講義な どの比較的複雑な行為も出来ると書いてある。

TGAは発症の危険因子の一つとして、精神 的あるいは肉体的ストレスが考えられとの事で あるが、やはり医師会活動は何かとハードでス トレスの溜まるものである。今は医師会の仕事 から離れたので、これからはなるべくストレス を少なくし健康管理に充分配慮してやって行こ うと思っている。