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クーハンからの転落事故

小濱守安

沖縄県立中部病院小児科
小濱 守安

クーハンとはフランス語で、取っ手の付いた 大きな柔らかい手編みのかごのことであり、ベ ビーキャリーまたはキャリーバッグなどとも呼 ばれる。我が家にも長男が生まれた時、友人よ り頂いたが使い勝手が悪くいつの間にかなくな ってしまった。首のすわらない小さな赤ちゃん を連れて外出する際に用いられているようであ るが、クーハンの使用に関連した事故が散見さ れる。本来、中世フランスでは農作業の間、か ごの中に赤ん坊を入れて寝かしていた様であ る。日本でも数十年前までは田植え時や刈り入 れ時の農村では藁で分厚く編んだおひつ入れの ような器(つぐらまたは、えじこともいう)の 中に赤ちゃんを寝かせていたという1)。中世ヨ ーロッパではゆりかごとかごはほぼ同義と考え られていたようで、かごには赤ちゃんを固定す るひもを通すための穴があいていた。ヴィクト リア時代には、生後間もない赤ん坊を入れる藤 で編まれたほろ付きバスケットは携帯用ベッド であり、当時の雑誌には「持ち運びに便利で、 テーブルやソファ、ベッドの上にも置くことが でき、乗り物にも持ち込むことができ、さらに ひざの上にも不都合なく置くことができる」と 紹介されている2)。アメリカではもっと手の込 んだ作りの「藤製で、しっかりした脚が付いて いて日よけが付けられる型の保育器」が好ま れ、かごの外側は幾重にも重ねられたスカート 状の布で覆われ、リボンやひも飾り、レース、 ひだ飾りで装飾が施されていた。もはや携帯用 ベッドではなく、生まれたばかりの赤ん坊を友 人や家族に見せるための、手の込んだ作りの披 露用の乗り物であった2)。1980年代のフランス の育児書では、Couffin(クーハン)という名 前で赤ちゃんを入れて運ぶものとして、車の中 では後部座席にクーハンを背もたれと平行にお いて中に赤ちゃんを入れ、そばに母親がすわり かごを支えなさいという記載がみられる。日本 ではまさに赤ちゃんを運ぶ道具として、レース の飾りのついたほろの付いたかわいいクーハン を「寝ている赤ちゃんをそっと運べます」と宣 伝している。1999年の国民生活センター報告に よれば7年間に44件の事故があり、頭蓋骨骨折 が7件であったという。著者らの施設でもクー ハン使用に関連した事故23例を経験した。頭 蓋骨骨折6例、環軸椎亜脱臼1例、鼻出血3例、 擦過傷・裂傷3 例であり6 例が入院となった。 いずれもクーハンを使用していなければ防ぎえ た事故である。受傷機転は(1)赤ん坊をかご に入れて移動している時に手が外れ落としたも のが10例、(2)クーハンに赤ちゃんを入れ座席 に寝かせていて、交通事故や急ブレーキにより 車内へ落ちたもの4例、(3)車の乗降時にクー ハンが引っかかり落としたもの4例、(4)クー ハンに子供を入れたままテーブルの上におき、 落ちたもの4例、(5)手がすべりクーハンごと 落としたもの1例であった。症例を紹介する

症例1:母親がクーハンに生後2か月の赤ちゃ んを入れて外出した。帰宅後クーハンの中で寝 ていたので、食卓テーブルの上に置いて家事を 始めた。2 歳の兄が赤ちゃんを見ようとクーハ ンを引っ張り床に落としてしまった。児の後頭 部が腫脹し、頭頂骨骨折で入院となった。

症例2:7 ヶ月の男児。助手席でクーハンの取っ手にシートベルトを通してクーハンを固定し ていた。居眠り運転で追突事故を起こした。衝 突の勢いで、児はかごから飛び出しダッシュボ ードにぶつかり、床に落ちた。口唇裂傷、鼻出 血を認めた。

症例3:生後5ヶ月の男児。後部座席でクーハ ンの中に寝かせていた。車から降りる時に、ク ーハンが車のドアにぶつかり、持ち手が一部外 れ、クーハンが傾き児が約50cm下の路上に転 落した。右頭頂骨に陥没骨折を認めた。

症例4:産科退院時に、クーハンに寝かせた新 生児を母親が祖母に渡そうとした時にクーハン を持っていた手が滑り、新生児が床に落ち頭蓋 骨を骨折した。

クーハンの取扱説明書には、生後4ヶ月未満 の乳児を乗せて持ち運ぶことを目的とした手さ げ式のものであり、首がすわった乳児や、寝返 りができる乳児には使用しないこと、自動車に よる移動用には使用しないこととなっている。 事故に遭遇した症例の多くは、その取り扱いに 問題があると思われた。古来日本では生後100 日目のお宮参りまで新生児の外出は控えられて いた。生後100日にもなると乳児は首も坐り抱 っこをしていても安定感がある時期となる。首 のしっかりしていない乳児は不要不急の外出は 控えるのがよい。やむなく外出する場合、保護 者の腕の中で抱っこされた状態で保護するのが 一番安全である。車中では後部座席で後ろ向き に装着されたチャイルドシートの中で固定され 保護されるべきである。

赤ちゃんを連れて出かけるときかごに入れて バッグのようにぶら下げて移動することは、危 険である。「かご」感覚で不用意に気軽に扱っ てしまい、中には我が子がいる事を忘れてしま う。母親もクーハンの中に哺乳ビンやおむつ、 着替え、母親の持ち物などを入れている場合も ある。実際赤ちゃんが入ったクーハンを前後に 振り、赤ちゃんを落とした例や、トートバッグ のように肩にかけてずり落ちてしまった例もあ る。赤ちゃんをつれて移動している時につまず き転びそうになったとき、ほとんどの親は抱っ こをしていれば我が身が傷ついても、こどもを 守ろうとする。しかしクーハンに入れて移動し ている時に、つまずき転びそうになったときに 瞬間的にクーハンの中の子どもを守れるという 行動がとれるだろうか。多くは我が身を守るた め手にもっているクーハンを離してしまうので はないだろうか。クーハンに赤ちゃんを入れる と相当の重量となることから、父親が持つこと が多いと思われる。父親へもクーハンの危険性 を周知徹底させることも必要である。乳児早期 から使用できるチャイルドシートの中には赤ち ゃんを寝かせたままクーハンのように取り外し てクーハンのように運べる機種もあり、外来受 診時にチャイルドシートごと連れてくる親もい る。繰り返すが歩いて移動するときは抱っこが 一番安全である。クーハンの取扱説明書による と使用できる期間は首がすわるまでのほんの数 ヶ月である。事故の発症機転や赤ん坊に対する スキンシップの点からもクーハンの使用は差し 控えるべきであると考える。


参考文献
1)上笙一郎:子育てこころと知恵−今とむかし−。赤ち ゃんとママ社、2000
2)田甫桂三監訳:子どもの時代。学文社、1996.
3)市川光太郎:新生児・乳児早期の転落事故。ペリネイ タルケア2000;19:378-382.
4)岩永知久、藤本保:キャリーバッグ(クーハン)から の転落事故。小児科;44:181-188.